2024
02.04

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の17 豊田章一郎はプロレタリアートか?_

らかす日誌

前回は、豊田章一郎経団連会長の発言を批判した記事について書いた。新聞記者には批判精神は是非ものである。
しかし、良いものを良いと認めるのも新聞記者には必要だと私は考える。今日は、豊田章一郎さんのちょっといい話から始める。

当時、大企業の不祥事が相次いでいた。損失補填の問題だったと思う。バブルに踊った日々の後始末のようなものだ。経済4団体は大企業の経営者の集まりである。日本の企業に蔓延する不祥事をどうしたら防げるのか。経済4団体の定例記者会見ではそんな質問が続いた。社内の監視体制を強化する、社員教育を徹底する。そんなありきたりの答弁ばかり聞かされて少々うんざりした。あなたたち、そんなこともこれまでやって来なかったの? そもそもその程度の事で不祥事を防げるの? そんな思いに駆られるばかりだった。

その日は経団連の定例記者会見だった。豊田会長を始め副会長らがずらりと顔を並べて、記者の質問を受ける。ここでも不祥事対策の質問が出て、ありきたりの答弁が続いた。
だが、豊田さんだけは違った。

「トヨタ自動車は車メーカーです。安全で快適な車を消費者の皆さんにお届けするのが使命です。そのために何をするか。組み立て工程を終えてラインオフした車を1台ずつ検品されるところもあるようですが、トヨタは違います。検品する必要がないように工程を組んでいます。そのためには全ての工程で、100%間違いなく組み立てて次の工程に渡さなければなりません。それができれば最終の検品は不必要になります。不祥事も、起きてから対策をとるのではなく、すべての工程で不祥事が起きないような会社にするしかないのではないでしょうか」

結果(ラインオフした車)を見て対策を考え、実行するのではなく、不祥事(不具合のある車)が出ないように仕事、工程を組み立てる。それが最大の不祥事対策である、というのが豊田さんの考えだった。

桐生に自動車整備工場を経営する知人がいる。彼によると、

「トヨタの車はいやになるほど壊れない」

恐らく、生産工程を終えた車は100%正常に稼働する車を作るのがトヨタ哲学なのだろう。その結果、故障知らずの車が出来る。その哲学を豊田章一郎さんは語り、それが最大の不祥事対策であるといったのである。
私は記事にした。珍しく、トヨタ自動車の広報マンに褒められた。

「大道さんはかつて、トヨタ自動車の担当でした。だから、トヨタのことをよくご存知だから豊田会長のあの発言の持つ意味に気が付かれた。いい記事を書いてもらいました」

このところ、ダイハツ、豊田自動織機など、トヨタ系列の企業で不祥事が続発した。豊田章一郎さんが亡くなって、トヨタ哲学もなくなったのだろうか。

ある日、文京区後楽1丁目のトヨタ自動車東京本社に豊田章一郎さんを訪ねた。約束の時間前についた私は、会長室のそばで待っていた。そこでばったり顔を合わせたのが、後にトヨタ自動車の社長になる張富士夫さんである。あいさつが雑談になった。

「大道さん、ちょっとお聞きしたいことがあります。トヨタ会長ですが、実は分からないことがあるのです。私たちは日々、様々な報告を会長に上げます。その場では会長は聞き役に徹してあまりご自分の考えを語られない。そうして何度か報告していると、突然『あれはこうした方がいいね』と、私たちが考えもしなかった方針を出されるのです。私たちが上げた報告を分析してその結論を出されていることは分かるのですが、なぜその結論になるのかが分からない。そして、会長がお出しになる結論は、ほとんど正しいのです。会長って、いったいどんな人なんでしょうね」

そんな話だった。なるほど、豊田章一郎とはそんな人なのか。そう思いながら、私が何となく持っていた章一郎像と重なるような気がして、私はこんな話をした。

「普通、頭がいいといわれている人は、Aという入力があった時、なぜBではなくCという結論になるかを論理的に説明できる人です。そんな人には沢山お目にかかりました。しかし、会長は入力Aがあったとき、突然BでもCでもなく、Dという結論をお出しになる。私たちにはなぜそうなるのかが分からないままです。だから、豊田会長を頭がいいという人はあまりいませんが、豊田章一郎という人の頭脳はきっとブラックボックスなのです。どんな部品でどんな回路が出来上がっているのか私たちには分からないのだけれど、その回路が多正しく作動していることは結果から分かる。そんな人じゃないんでしょうか」

豊田章一郎=ブラックボックス。大胆な仮説である。

「なるほどね。そう考えると会長の言動が、何となく理解できますね」

張さんはそういって下さった。

トヨタ自動車は千代田区紀尾井町にゲストハウス「紀尾井倶楽部」を持つ。財界担当記者は時折、このゲストハウスにお招きに預かった。そんなある日のことである。

テーブルが横一列に並んでおり、その一方に豊田章一郎会長以下トヨタの幹部、他方に記者連中が座って宴席が幕を開ける。その日、私はたまたま豊田会長と向かい合って座ることになった。
多分、記者の誰かが

『私たちブロレタリアートと違って、会長はブルジョアジーだから」

とでも言ったのだろう。トヨタ会長が突然、

「違いますよ。私はブルジョアじゃない。プロレタリアートですよ

とおっしゃったのである。聞いていた我々は瞬間、あっけにとられた。豊田家の御曹司がプロレタリアート? この人、社会学の基礎知識がないのか?
思わず私は突っ込んだ。

「どうして、トヨタ自動車の会長、経団連会長のあなたがプロレタリアートなんですか? ありえないでしょう!」

会長は気を悪くした風もなく、説明を始めた。

「親父(トヨタお堂社の創業者、豊田喜一郎氏)が死ぬ時に私を呼びましてね、言うんです。『申し訳ないが、お前には何も残してやれなかった。残してやれたのは仕事だけだ。よろしく頼む』ってね。私は親父が残した仕事を一生懸命やってきました。働かなければ生きていけない。それってプロレタリアートでしょ?」

いや、違うと思うのですが……。

「だって会長は名古屋市では八事に、東京では赤坂に豪邸をお持ちじゃないですか。プロレタリアートには死んでももてない家ですよ」

私はどちらにも夜回りに行ったことがある。

「ああ、家ですが。あんなものを残してくれたんで、毎年固定資産税が大変なんです。といって売るわけにもいかないし、仕方なく持っていますけど」

そう来るか。

「奥様は三井家の方でしょう。三井家はプロレタリアートに娘を嫁がせたりしませんよ」

これにも真顔で、トヨタ会長は答えた。

「たいしたことありません。三井家といっても端っこの三井家で、食い詰めていたのでかわいそうになってもらっただけです」

…………。もう弓につがえる矢がなかった。この人、どういう人だ?

「酒の勢いでの冗談で、会話を楽しんでおられたのだろう」

とその時は思った。
しかし、いま、

「豊田さんは、真面目に自分はプロレタリアートであると思っていたのではないか?」

と考えている。

この不思議な人は2023年2月14日、97歳で霊界に入られた。冥福を祈る。