2024
02.06

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の19 豊田経団連会長の追い出しコンパ その2

らかす日誌

追い出しコンパ当日。

私が提案し、私が企画し、私が動き回って実現した宴会である。進行役も当然私の仕事になる。
追い出しコンパ、別命送別会の決まりものは、送別の辞である。ここは記者クラブに巣くう記者たちが、それぞれの豊田さんを送別する思いを語らねばならない。だが、

「お世話になりました。これからもお元気でご活躍下さい」

などという決まり切ったあいさつは面白くない。願い下げである。そこで一計を案じた。記者連中にプレッシャーをかけてやる。

「えー、それでは右回りで送別のあいさつをしてもらいます。そこで皆さん、あいさつとは知性の表れであることを意識してあいさつして下さい。知性のないあいさつほど退屈するものはありません。聞く人がハッと驚く、ずしんと胸に落ちる、思わず赤くなる、そしていつまでも記憶に残る、そんなあいさつです。突然のことでありますが、そういう知性と思いがこもったあいさつをお願いします」

といったのには訳がある。朝日新聞経済部の送別会でのあいさつは、実にがこぼれ落ちるようなスピーチが続くのが定例なのである。
兵隊からデスクに昇格して異動する部員の送別会での、ある部員のスピーチはこんなものだった。

「あなたは原稿が下手でした。もっと文章を勉強しろ、そのために毎日ノートに天声人語を書き写せ、と私がアドバイスしたら、あなたは実直に毎日天声人語を大学ノートに書き写しましたね。いやあ、やるもんだ、と思って見ていました。ところが、どれほどそれを続けても、あなたの原稿はちっとも上手くならなかった。そのあなたが、記者が書いた原稿を直すデスクになる。おめでとう。おめでたついでに1つお願いがあります。記者が書いた原稿に手を入れようなどということは考えないで下さい。それさえできればあなたは名デスクになります。お願いします。記者の原稿には絶対に手を入れないで下さい」

日比谷高校—東大という、当時では最高の学歴を持ったA記者がデスクに昇格する時の送別会でのことである。聞きながら、

「すごいことを言うものだ」

と感心した。人間関係が薄ければ、単なる誹謗である。しかし、2人の間に信頼関係が築かれていれば、ブラックユーモアを交えたアドバイスになる。

そんな部署で長年、いくつもの送別会、時には私の送別会に出ていた私は、記者クラブが実行する送別会でのスピーチが全くつまらなかった。砂糖をまぶし、それだけでは足りずに上から蜂蜜をたっぷりかけたような甘ったるいスピーチを聞かされるのはつまらなかった。私がつまらないのだから、送られる当人もつまらないに違いなく、そんなスピーチが心に残るはずはない。
そう考えて私は記者連中にプレッシャーをかけたのである。

結果は、というと、あまりたいしたことはなかった。やっぱり相変わらずのあいさつが続いたように記憶する。ということは、私の定義から言えば、当時の財界担当記者には知性がなかったということになる。

と書きながら、さて、私が「知性」が詰まったあいさつをしたかとなると、自信がない。それどころか、どんなあいさつをしたがあまり記憶にないのである。
確か、最初は豊田さんを貶めたはずだ。恐らく

「こんな取材で夜回りに言ったら、こんな返答しか出て来なかった。この人、頭は大丈夫かと心配した」

と話し始め、

豊田章一郎=ブラックボックス論

で締めくくったのではなかったか。自己評価をすれば、私にも知性はなかった。

私が勝手に決めた記念品贈呈も無事終わり、盛況のうちに追い出しコンパは幕を閉じた。

そうそう、もうひとつ書いておかねばならない。会計である。
カルロスとは1人1万2000円で話をつけておいたことはすでに書いた。そうすると、お招きした豊田章一郎さんの飲食代と記念品代を加えると、記者1人の負担は1万5000円ということになった。

財界の記者クラブに所属する記者たちが、自主的に豊田さんを送別したのである。会社に請求できる性格の金ではない。私を含めて多くの記者はポケットマネーで支払ったはずである。

「多くの記者」と書いたのは、例外を目撃したからだ。追い出しコンパが終わって数日後のことである。記者クラブで

「おばちゃん、1万5000円の領収書を切って」

という男がいた。天下のNHKの記者だった。ん、1万5000円? それに、記者クラブが出す領収書?
確認はしていない。しかし、金額がピタリと一致するところを見ると、どうやらこの男は送別会の費用を会社に請求するらしい。おいおい、NHKという会社は、記者クラブの領収書で交際費が出るのか? そう思いついて、私は唖然とした。そんなのってありか?! こいつ、小遣いが足りなくなると記者クラブの領収書で会社から金を引き出しているのではないだろうな。
それとも、1万5000円にいくらか上乗せした請求書を依頼しなかった分だけ、まだ良心が残っていたということか。

NHKでは昨年、自分たちの飲み食いの金を取材費だと騙して不正請求した社会部の記者がいたことが明らかになった。まるで初めてことのように報じられたが、

「おばちゃん、1万5000円の領収書を切って」

を目撃した私は、同じことがずっと前から、NHKの経済部にもあったのに違いないと思っているのである。