2024
04.20

私と朝日新聞 朝日ホール総支配人の24 朝日新聞の給与体系の話

らかす日誌

「朝日新聞の企業年金が欲しければ、毎月14万9000円を納めよ」

という通知が突然来たのも、総支配人時代だった。定年まで確かあと4年ほどを残すようになった時期である。
朝日新聞に企業年金があることは知っていた。しかし、仕組みについては全く知らなかった。そうか、これから毎月お金を積み立てなければ企業年金はもらえないのか。
公的年金だけでは定年後の暮らしは苦しかろう。企業年金はいただきたい。だが、毎月14万9000円! そんな金、ないぞ! まだ住宅ローンが残っている。教育ローンも残っている。親不孝な3人の子どもは、揃って私立大学に行った。長男などは、

「お前、大学は国立だろ?」

と聞いたら

「国立? ダサいよ」

と言ってのけ、1浪して私立大学に進んだ。長女は国立音大附属高校から国立音大に進んだ(私はこれを「こくりつおんだい」と読んで、「へー、国立の音楽大学があるんだ!」と思っていた)。次女は青山短期大学からファッションの専門学校である。ある時、3人の1年間の授業料を計算したら、300万円を超えた。夏冬のボーナスを全額注ぎ込んでも、まだ100万円近く足りない!
こうして我が家のローンは膨らむだけ膨らみ、定年間近だというのに返済が続いていたのである。蓄え? 無論、ない。毎月の給与の手取額はすべて、日々の暮らしに消えていたのである。それなのに毎月14万9000円? 無理だろ!

呆然としていた。私は企業年金を受給できないのか? わが老後の暮らしはどうなる? 食うや食わずの暮らしをせねばならないのか?

春が来た。私の何が認められたのか、同時に昇格の通知が来た。いや、認められたのではなく、単なる年功序列による昇格だったのかもしれない。
それまでの私は、3級職であった。3級職とはわかりやすくいえば部長職である。朝日新聞は3級職の上に準2級、2級、1級と職階がある。1級は社員としては最上級である。それより上となると、役員ということになる。

やがて給料袋もきた。これまで、5級=課長級、4級=部次長級と昇格して3級になったのだが、昇格しても手取額は

「たったこれだけ?」

というほどしか増えなかった。中でも、部長級の3級からは時間外手当がなくなり、部長手当(という名前だったとも思う)が出る。蓋を開けてみると4級時代の時間外手当とほぼ同額で、ほとんど手取りは増えなかった。だから、

「今度もそんなものだろう」

と思いながら開けて驚いた。大幅に所得が増えていたのである。そう、企業年金をもらうために毎月積み立てねばならない額とほぼ同額、手取りが増えたのである。

「助かった!」

それから1年ほどして、今度は2級になった。またまた給与が増えた。それも3級⇒準2級になった時とほぼ同額の増え方である。喜び、驚くと同時に腹がたった。課長級、次長級、部長級と進んだ時は、給与は雀の涙ほどしか増えなかった。それなのに、この増え方は異常ではないか? 準2級からこんなに給与が増えるのを知っていたら、定年が間近に迫ってからでなく、もっと早く準2級、2級になっておけばよかった! 上司にゴマをスリスリしておけばよかった。そうすれば、我が家の暮らしはもっと楽だったのに……。
それに、2級でこの給与だから、これが社員としては最高の1級になったら、いったいどれだけ増えるんだ?

私は、給与が増えたことを素直に喜ばず、その異様な増え方から朝日新聞の体質を読み取ろうとする人間であった。この給与体系はゴマスリ人間大量生産型ではないか? 盛んに上司に擦り寄っていたあいつは、あいつは、あいつは、この給与体系を知っていたのではないか?
しかし、1級職の給与はどれほどあったのか? 1級になれなかった私には永遠に知ることができない数字である。

給与に関しては、もう1つ想い出がある。総支配人時代のことである。
ホールの副支配人は4級職であった。つまり部長職の1つ下である。彼はホールのために汗を流してくれた。Eric Claptonのコンサートを見るのに研修費を引きずり出してくれたのも彼である。朝日建物管理に出向中の問題女性の異動先を探してくれたのも彼である。池坊の活け花と音楽のコラボコンサートを開く企画を立て、何度も京都に出張してくれたのも彼だ。私は大いに助けられた。その彼は私より少し年上で、従って私より早く定年を迎える。

「ねえ、3級に昇格しておいた方がいいんじゃない?」

ある日、彼にそう話しかけた。

「あ、いいですよ、私のことなんか。ええ、私は今のままで十分です」

彼は高卒で朝日新聞に入った。その分、昇格が遅れていた。

「だって、3級職になっておくと退職金も違うはずだよ。俺の力であなたを3級にできるかどうかわからないが、とにかくやってみるからね」

私は担当役員に訴えた。彼を3級にして欲しい。実に真面目に、よく働いてくれています。
私の根回しが効いたのかどうか、彼は無事3級に昇格した。そして、初めての給料日。

「大道さん」

と彼が話しかけてきた。

減っちゃったんですよ、給料が。時間外がなくなって部長手当でしょ。時間外手当の方が多かったんですよ」

!!

とすれば、私が3級になったとき、多少は給与が増えたというのは間違った記憶だったか?

「えっ、ごめん。俺、何だか余計なことをしちゃったの?」

「まあ、退職金で埋め合わせできるでしょうから、気にしないで下さい」

朝日新聞の給与体系は、そのようなものであった。