2024
05.24

私と朝日新聞 桐生支局の25 副市長人事を相談された

らかす日誌

亀ちゃんとの仲をもう少し書こう。

桐生着任早々の私を指して

「あの、朝日の大道とは呑まない方がいいぞ」

と部下であるお役人に言い放った亀ちゃんが、きっかけは忘れたが、いつの間にか私の飲み友だちになった。

2人差し向かいで呑んだのは、東京・原宿の魚料理屋「小菊」である。亀ちゃんの東京出張の日程に合わせて私も上京した。
「小菊」は「グルメらかす」に何度も登場したから、ひょっとしたらご記憶の方もいらっしゃるかも知れない。実に美味い魚を、しかも安価に食べさせる店で、私が大好きな日本酒「港屋藤助」はこの店で知った。優れた板前であったマーちゃんが若くしてこの世を去り、その兄が代わって包丁を持つようになってからは、たいした店ではなくなったが。

「東京・原宿に飛びきり美味い魚を食わせる店があるから、そのうちご馳走するよ」

と私が誘っての飲み会だったから、支払いは私である。といっても、その頃の朝日新聞には「社外連絡費」という名の交際費があった。記者生活のほとんどを会社の交際費なしで、つまりポケットマネーでの取材先との付き合いをしてきた私が、折角できた交際費を使わないはずはない。だから、支払いは朝日新聞である。2人で確か、1万円少々ではあったが。

桐生では、前出の元群馬大学学長、赤岩英夫先生を囲んで呑んだ。元群馬大学学長と現職の市長さんとの飲み会である。そんじょそこらの飲み屋は使えない。ために、会場はいつも桐生市内の料亭であった。
料亭といっても、築地、赤坂の料亭を想像していただいては困る。あのようなコスパが悪すぎる料亭はそもそも桐生では存在できる経済的基盤がない。それほど金持ちがいる、あるいは交際費をバンバン使える会社がある町では、桐生はないのだから、あとは推して知るべしである。部屋はあり、仲居さんもいるが、ま、家庭料理に少しばかり毛が生えた料理しか食せない飲み屋、といえばいいだろうか。いつも割り勘だったが、私のポケットから出て行くのは1万円ほどだったと記憶する。

なぜこのような飲み会が成立したのか。ある時、赤岩先生に聞いたことがある。

「それがね、亀山さんが県会議員をなさっていた折、私は群馬大学の学長でした。大学は県に様々なお願いをしなければなりません。どこにどう話したらいいのかうろうろする私を助けていただいたのが、当時の亀山県議だったのです。それ以来の仲なんですよ」

だからだったのか。赤岩先生は桐生市の様々な委員を引き受けておられた。亀ちゃんに恩義を感じるだけでなく、人間的に好ましく思っておられたようである。
そんな飲み会に、どうして私が加わるようになったのだろう? ま、赤岩先生は個人的に尊敬していたし、亀ちゃんとは酒が飲める仲になっていた、としか言いようがない。
楽しい飲み会だった。

その亀ちゃんから副市長人事についての相談を受けたのは、彼が3期目の市長になった頃だった。それまでは元県庁の役人が副市長として亀ちゃんを支えていたが、勇退するとのことであった。だから、新しい副市長が要る。

市の副市長については、私にはある構想があった。副市長2人制である。テレビで、三重県松阪市(だったと思う)がこの制度を採用していることを知り、これを見習えばよいと思ったのである。

なぜ副市長が2人必要なのか。副市長は2つの顔をもたねばならないからである。
1つの顔は、役人のトップとしての顔である。役人は法律や条令に通じていなければならない。市役所にどのような職員がいて、どんな仕事ぶりを見せているのかも知っておく必要がある。行政から見た市の課題も知っておかねばならないし、財政力をはじめとした市の市の実力もわきまえておかねばならない。いわば市職員全体を束ねて姿勢を進める旗振り役にならねばならない。市長になるのはおおむね政治家で、そのようなことにかかわって経験は少ないはずである。事務方のトップとして政治家である市長を補佐するのがこの顔である。

だが、役人には不得意なこともある。ゼロから何かを創り出すことだ。これまでとってきた政策、他の自治体の政策には詳しくても、自分のまちにいま必要な新しい方針を打ち出し、構築していく能力には欠けるところがある。だから前例踏襲、ほんの少しばかり前例に手を加えて新政策とする、ということに陥りがちだ。だから、もう1つの顔は、先頭に立って実質的に市を変え、育てることを引き受ける顔である。それには民間で実績を挙げた人を招く。桐生市なら、繊維関係のビジネスでたくさんの成功を重ねた人を招いて副市長になっていただく。

「いや、俺にそんな力があったら、『俺を2人目の副市長にしなよ』と言うところだけど、残念ながら新聞記者にはそんな経験も実績もないから、立候補はしないけどね」

そんな雑談を何度か交わしていたからだろうか。

「大道さん、次の副市長の人選なんだけどね」

と突然相談されたのである。

亀ちゃんには意中の人物が2人いた。定年退職した元部長と、現役の部長である。

『これまでの2期は県庁から副市長をもらってきたけど、今度は自前でやりたいんだ」

なるほど。ところで副市長2人制は?

「桐生にはそんなゆとりはないよ」

なるほど。2人制は無理か。
そこで、意中の2人である。どちらも頷ける人選だった。職員の信頼も厚く、彼らなら亀ちゃんをうまく補佐してくれるだろう。

「だけど、現役の彼はまだもったいないんじゃない? 市職員として働ける期間がまだ残っているわけだし、いま副市長になってくれって言われても困るんじゃないかな。彼は副市長として適任だと思うけど、定年になってからでもいいんじゃない?」

ということで、候補者は定年退職した元部長に絞られた。

「だけど、彼は引き受けてくれるだろうか?」

「あたってみたら?」

「うん……」

「わかった。俺が彼と呑んでみるわ」

「頼めるかい?」

市長のお先棒を担ぐ。新聞記者にはあるまじきことかも知れない。だが、桐生市をy堀yほい自治体にする手伝いなあrしてもいいのではないかと思った。ま、それでも

「癒着ではないか!」

と私を非難される方もあろう。それは甘んじて受けることにする。
自宅近くの酒場で、その元部長と酒を飲んだ。知らぬ仲ではない。彼の現役時代、数人のお役人と一緒に何度も呑んだことがある。

「や、久しぶり」

から始まった飲み会は、やがて本題に入った。

「というわけで、あなたが亀ちゃんの意中の人なんだけど、どう、やってみない?」

しかし、彼は頑なに首を振り続けた。

「俺もあなたが最適だと思うんだけどね」

と説得しても、首は横にしか振られなかった。

「どうしてさ?」

と追求すると、やがて重い口を開いた。その訳をここに書くのは忍びないので秘すが、

「この人は清潔だなあ

と私は感じ入った話であった。

翌日、その拒絶の理由を亀ちゃんに説明した。

「じゃあ、仕方がないね」

こうして、現役の部長が副市長になった。有能な職員で、いずれは副市長になってほしい人だった。彼は亀ちゃんの申し出を受けてきっぱりと職を辞し、副市長に就任した。彼とも呑み友達だったので、私が足繁く副市長室に遊びに行くようになったはいうまでもない。彼は立派に副市長という重責を果たしてくれたと思っている。