2014
02.15

2014年2月15日 雪

らかす日誌

というわけで、今日はなんといっても雪である。

昨日の午前中に降り始めた。日中の雪で、勢いもそれほどなかったから車は普通に走ることが出来た。

「ま、途中から雨になるという予報だし、今回は先週みたいなことにはなるまい」

と甘く見ていた。
ひょっとしたら、甘く見られた雪が怒り心頭に発したのか、午後5時頃から急速に勢いが増した。みるみる降り積もった雪はやがて道路を覆った。午後6時を回ると、歩くのも難しいほどの量になった。

そして今朝。窓の外にあるウッドデッキの手すりに積もった雪を見てびっくりした。50㎝近くもある。こんな量の雪を見たのは、札幌以来のことだ。

いや、雪が降り積もっても、いつもの日常生活をしていたのなら

「よく降ったなあ」

と監視していれば済む。
ところが、昨日は特別なイベントがあった。
私にネットオーディの素晴らしらを伝授してくれた東京のSさんがやって来たのである。

この日の来桐は、前々からの約束だった。
音響関係の仕事している彼は、私のクリスキットの調整を申し出てくれた。加えて、

「せっかく行くのだから、LINNのネットワークオーディオの音を聞いて欲しい」

と、90万円近くもするネットワークプレーヤーを持参すると約束した。
こんな嬉しい話はない。トントン拍子に話は進み、彼の仕事のスケジュールと睨み合わせて、泊まりがけで桐生に来るのが14日だった。

無論、天気予報で不穏な気候は関知していた。ために、私は

「日程の組み直しもあっていい」

とメールを出した。Sさんから戻ってきた返事は、

「浅草まで行って、電車が動いてなければそうしましょう」

つまり、私より遥かに強気、というか怖いもの知らずで、昨日、浅草まで行く、電車が動いていたのでそのまま乗り込んでやって来たのである。

友が遠方より来る。楽しいことである。駅頭で出迎え、我が家に案内する。直ちにLINNのプレーヤーが使える状態になり、あとは早々と缶ビールの蓋を開けてビールを飲みつつ、音楽を聴きつつ、オーディオ談義を中心に人事百般を語り合い始めた、とご理解いただきたい。

時刻は6時を過ぎた。夕食の時間である。
遠方より来ていただいた友には、桐生の「美味かもん」を振る舞うのが私の流儀である。

「鰻にする? 洋食にする?」

イタリアンと決めて、いつも使っているタクシーを呼びにかかった。ところが、何度電話しても相手が出ない。時折話し中になるが、あとは15回、20回コールしても、誰も出ない。
訝りながら、それではと別のタクシー会社に電話をした。

「いやあ、車は全部出払っちゃって、1台もないんだよね。何時に迎えに行けるか分からないけど、それでもいいですか?」

なるほど、週末金曜日の夜。そこに加えてこの大雪だ。タクシー需要が爆発したらしい。もともと桐生のタクシー台数はたかがしれている。臨界点は極めて低い。
となると、タクシー利用は諦めるしかない。では、自分の車で? でもビール飲んじゃったモンね。それに、桐生の運転代行は、雪が降ると休業するんだよね。

「というわけで、申し訳ないけど緊急避難として、自宅隣のスパゲティー屋でいいかいな? そこなら歩いて行けるし」

Sさんの了解を得て、歩いて23歩ほどの隣のスパゲティ屋に向かった。着くと「営業中」の看板が掛かっている。ああ、良かった、これで晩飯にありつける。
と、ドアを開けようとした。ところが、鍵がかかっている。ドアが開かない。店内の照明も落ちている。
おいおい、どうしたことだ? 営業中じゃないのか?

ここで晩飯にありつかなかったら、車での移動が出来ないこの日、何処で晩飯が食えるんだ? 暗澹とした思いを抱きながら、勝手口に回ってみた。こちらには明かりが見える。
ドアを叩く。しばらく待つと、店主が出てきた。

「晩飯が食いたいんだけどさ」

「えっ、今日はこの天気で営業はやめたんですけど。店を開けたってお客さんが来るはずもないですから」

「いや、現にこうして客が来ているじゃない。それに、表には『営業中』の看板だって出ているんだけどなあ」

いわれればその通りである。降りしきる雪の中、タクシーも使えない夜に、外食しようなんて酔狂な人はごく少数派である。だから店を閉める。極めて合理的な判断である。
だけど、待てよ。この店が閉めているということは、他の店も閉めているっていうことだよなあ。だったら、俺たち何処で晩飯を食うの? 自宅には、そんな用意はしてないぜ。つまり、ここで見放されたら、悪くすると夕食抜き、良くても夕食はおにぎり、なんてことになってしまうのだ。
それは、いやだ!

という必死さが顔に出ていたのか。店主は

「ちょっと待ってください」

と店内に引っ込んだ。降りしきる雪の中に待つこと、約40秒。

「これが客になるかもしれない相手を遇する道か? 違うだろ!」

とイライラしながら待つ。

「それじゃあ、店を開きますから表に回ってください」

やっと入り込めた店内は、暖房が切れていた。ま、それはそうだろう。客を取らないのにコストをかけて室内温度を上げる必要はない。
寒々とした店内。しかし、習慣とは恐ろしいもので、私はいってしまったのである。

「えーっと、まず生ビール2つね」

寒かった。


食事を済ませて自宅に戻り、Sさんと12時近くまで話し込んで、布団に入った。
今朝目覚めたのは、2人とも7時過ぎである。まず、窓から外を見た。

「げっ!」

夜半から雨に変わり、希望的観測ではたいした量が残っていないはずの雪が、一面を分厚く覆っていた。右を見ても、左を見ても雪。唖然としながら新聞受けに新聞をとりに行くと、ゴム長を履いた足が、ほとんど膝近くまで雪に埋もれた。しかも、6紙取っている新聞が、1紙しか入っていない。配達が遅れている模様である。

朝食はアジの干物、塩鮭、下仁田ネギと豆腐のみそ汁、キャベツ、ニンジン、ピーマン、モヤシの野菜炒め、ノリ、白菜の漬け物、というメニューにした。

「で、Sさん、10時過ぎの電車で帰るっておっしゃってたけど、これ、電車動きますかね?」

NHKを見る。新幹線、両毛線をはじめ、あちこちの路線が止まっている。

「JRですら止まるんだから、東武鉄道は望み薄だと思いますけど」

Sさんは今日、東京に仕事がある。だから10時過ぎの東武で戻る予定だったのだが、これでは予定もへったくれもない。

「ま、焦っても仕方がないので、食事が終わったらシャワーを浴びてください。話はそれからということで」


「太田まで行けば、電車が動いているみたいですね」

スマホで検索してたSさんがいった。であれば、太田まで行けばいい。タクシー会社に電話をする。昨夜に引き続き誰も出ない。

「いやあ、太田まで行けばといっても、タクシーは相変わらずだめみたいだし、行く手段がねえ……」

そんな話をしていて、ふと思い出した。
そういえば、桐生市の元有力者O氏は、スタッドレスタイヤをはいた車を持っていたのではなかったか?

「ああ、そうなの。だったら、俺が太田まで送ってやろうか?」

この底抜けの人の良さは、O氏の最大の美点である。だから、O氏に誘われると断り切れなくなることが多いのだが、とにかく、ここは地獄で仏様にお会いしたようなありがたさを感じてしまった。やや太り気味の仏様であることは、この際無視する。

10時過ぎ、O氏は車で我が家まで来てくれた。私も乗り込み、その車でSさんを、結局は館林まで送って自宅に戻ったのは昼過ぎのことだった。

O氏、感謝は必ず形にして表すから、待っててね!


実は、もうひとつ問題が残っていた。
1ヶ月前後の入院を言い渡されていた我が妻女殿が、何故か

「2週間で退院していいわ」

と通告され、今日がその退院日であった。
このような急変は2つの原因しかありえない。

・治療がことのほかうまく進んだ。
・治療しても快癒の見込みがないと判断された。

ま、それはいいとして、妻女殿は退院を大変にこころまちにされていたようである。確かにイヤな旦那がいる自宅ではあるが、病院よりは自宅の方が居心地はいいだろう。何しろ、自宅に戻れば、イヤな旦那は無視しておけばいい。
であるからして、本日は午前10時頃Sさんを新桐生駅まで送り、その足で前橋日赤に妻女殿をお迎えにあがるはずだった。そこへこの雪である。

「これ、迎えには行けないわ」

「うん、分かってる。だから、自分で退院してどっかホテルに泊まるから」

この人、事態の深刻さが分かっていない。何しろ、前橋は記録に残る118年で初めての大雪である。積雪量は73㎝。車で移動できる環境ではない。

「ということだから、ホテルのいくのは無理である。こんな日だから新しい入院患者もいないはず。病院に泊めてもらえ」

不満たらたらながらも、本日の妻女殿は我が提案に従われた。大雪がもたらした珍事である。

で、O氏の力を借りてSさんを東武の駅まで送ることにしたのはそのあとである。国道50号を走って館林に行く途中、これならスタッドレスタイヤさえあれば前橋まで行けそうだと考えた。話すと、O氏は車を貸してくれるという。

「というわけだから、車を借りて迎えに行くから、退院の用意をして待ってろ」

と妻女殿に電話をしたのはいうまでもない。
ところが、である。予想も出来なかった返事が戻ってきた。

「いいから。私、今日は病院に泊まるって決めたから、来なくていいわよ」

わけが分からん。あんた、一刻も早く病院を出たかったんじゃないのか? うちの妻女殿の頭の中の構造はどうなっているのか? 永遠のミステリーである。


あれやこれやで、私のスケジュールがすっかり狂った。
今日は朝Sさんを駅まで送り、その足で妻女殿を前橋日赤までお迎えにあがる。つまり、今日の夕食は妻女殿がお作りなる。
だから、今日の夕食用の食材は買いそろえてなかった。

「くーっ、冷蔵庫を開けても何もないぜ。晩飯、どうする? この雪じゃ外食も出来ないし、仕方ない、長ぐつをはいて隣のスーパー、ベイシアまで歩いて買い物に行くか」

現実にゴム長を履いてベイシアに足を向けたのは午後3時半過ぎであった。歩いて300歩ほどの距離とはいえ、分厚く雪が積み重なった道を歩くのは楽ではない。一歩一歩踏みしめるように歩いて

「えっ!?」

閉まってる。ベイシアが閉まってる。照明はすべて落ち、店内に人影はない。

「俺、晩飯、どうしよう……」

結局、朝食用に買ってあったアジの開きを焼き、3分の2ほど残っていた豆腐と下仁田ネギ、春菊で湯豆腐をつくり、トマトを切った。

「他にないかなあ」

と冷凍庫をひっくり返していたら、鯛のカマが2つ見つかった。これも焼いた。

で、妻女殿は明日ご帰宅になる。が、我が家の駐車場は雪に埋もれ、車の前にはうずたかく雪が残る。車通りの多い道に出ればノーマルタイヤの我が車も走れると思うが、わずか5m先にある「車通りの多い道」まで出られるかどうか。

妻女殿には

「というわけだから、俺の車が出せなかったらタクシーで帰ってこい」

といってある。
明日はタクシーは走っていると思うのだが……。

雪に振り回された1日であった。