2017年9月16日 オリンピック

らかす日誌
LIMA, PERU - SEPTEMBER 13: Paris Mayor Anne Hidalgo, IOC President Thomas Bach and Los Angeles Mayor Eric Garcetti react after the confirmation of the tripartite agreement which awards Paris and LA with the Olympic Games of 2024 and 2028 during the 131th IOC Session - 2024 & 2028 Olympics Hosts Announcement at Lima Convention Centre on September 13, 2017 in Lima, Peru. (Photo by Buda Mendes/Getty Images)

3連休だが、雲行きがおかしい。
桐生は朝からどんより曇り、気温が上がらなかった。3時半頃車で出かけたら、23℃に設定したエアコンから暖気が出てきた。涼しいというより、が近づいた感すらある。そのうち雨が降り出すのだろう。

というあいにくの天気だが、なんといっても3連休。満を持して家族でお出かけになった方も多いのだろう。下手に雨にでも降られなければいいな、と願う。

という私には、このところ連休の実感がまるでない。まあ、平日であれ休日であれ、仕事があれば取材に出かけ、人と会い、酒を飲み、原稿を書く。仕事がなければ自宅で好きなことをする。まるでリズム感のない暮らしといえる。

今日は市内のとある企業をお訪ねした。ひょっとしたら仕事をしただけるかもしれない先である。社長、社長室長と1時間強お話をし、引き上げてきた。さて、私に適した仕事を見いだしていただけるかどうか、あとはご連絡を待つしかない。私はまな板の上の鯉のようなものなのだ。

そして午後は、パソコンに向かってせっせと原稿の移設作業にいそしんでいる。やっと2009年7月1日の日誌まで移し終えた。まだまだである。
ここまで作業をして、

「へえーっ」

と思える反応を受けた。
いま移行作業をしているのは、8年も前の私の日誌である。頻繁に顔を出す幼き日の敬樹、瑛太の活躍ぶり、2人に振り回される私を再確認しながら、

「お読みいただく読者などいらっしゃらないだろうなあ」

 「これは私の備忘録代わりだよなあ」

などと割り切ってマウスとキーボードを使っているのだが、中にはおかしな方がいらっしゃる。昔の日誌をお読みいただいているのである。

古い日誌を読んでいただくには、まず「らかす日誌」をクリックしていただく。そうすると、日付が新しいものから出てくる。古い日誌を読むには画面をスクロールしなければならず、加えて表示に時間がかかるため、しばらく待たなければならない。
それだけの手間をかけて私の8年前をお読みいただく。奇特な方、といえばいいのか、ありがたい読者と表現すべきなのか。

いずれにしても、一人孤独に移設作業をする私にとっては、励みになる反応である。

あのー、ついでに、その方々にお願い申し上げたい。「シネマらかす」や「グルメらかす」も覗いていただけるとありがたいのですが。なかでも「シネマらかす」は、移設作業をする際、原稿に間違いがないか点検するために読んでいるだけなのに、かつての自分が描いた拙い文章に過ぎないのに、時折、涙腺がゆるんできた代物であります。ご高覧いただければ幸いである。

ところで。
東京後のオリンピック開催都市が2つもまとめて決まった。2024年、28年はパリとロサンゼルスで開かれる。不思議な決まり方だが、朝日新聞の解説を読んで我が意を得た。

立候補を辞退する都市が多いのが理由だというのだ。
つまり、このところ、とりあえず立候補はしたが、開催費用が多額に上ることが見えてくると、とても負担に耐えきれないと降りてしまう都市が増えているというのである。
開催都市がなければオリンピックは開けない。2024年の開催地に立候補して、これまで降りなかったのがパリとロサンゼルスである。であれば

「2つとも逃がすな!」

というので、2都市まとめての開催地決定なったというのだ。

馬鹿な話である。
回を重ねるごとに派手になり、開催地に多額の負担を強いるオリンピック。金がかかるから、開催地は多くのスポンサー企業を募り、世界中のテレビから多額の放映権料をとる。そうしなければ開催費用が回収できないからだ。いや、それでも回収しきれず、多額の負担を地元の納税者に強いねばならない。だから多くの都市がオリンピックの開催を諦める。

アマチュアスポーツの祭典といわれたオリンピックが、いつの間にか商業化した。そこへの批判は根強いが、いま起きているのは、商業化しても開催できないほどオリンピックが膨れあがったという、漫画チックな出来事なのである。

こんな、化け物になってしまったオリンピックを、我々は必要とするのだろうか?

少なくとも私は、オリンピックなど必要ないと思う。それぞれの競技で、それぞれの世界大会を開けば、アスリートたちの挑戦は続く。世界一強いアスリートになりたい、世界一速いランナーになりたい。世界一高く、遠くまで飛びたい。そんなアスリートの夢は、オリンピックなど存在しなくても実現できるはずである。金まみれのオリンピックなどなくなった方が、はるかに純な心で世界のトップを目指せるのではないか?

とまでいわなくても、商業化したオリンピックは、商業化したがために、お金が回らなくなった瞬間に命脈を絶たれるはずだ。その端緒が、立候補都市の立候補辞退であり、2都市まとめての開催地決定である。

商業化しすぎたオリンピックの、終わりの始まりがやってきた。自壊が始まった。私は今回のニュースをそう受け止め、一人喜んだのである。

しかし、マスメディアはオリンピック批判に弱腰である。本質的な批判をすると、オリンピック報道から閉め出されると恐れるのだろうか? あんたの局には中継させないと閉め出されるのが恐いのだろうか?

かつても今も、政治はスポーツを利用する。ナチスが開いたベルリン大会は、オリンピックの本質を世界に示したはずだ。そして、近代オリンピックは政治に加えて資本も利用するようになった。要は金儲けの手段におとしめたのである。参加する選手たちはひょっとしたら純粋なのかもしれない(金メダルが打ち出の小槌になっている現状を見ると、そうとばかりもいえないと思うが)。だが、政治や金から見れば、選手など単なる材料に過ぎない。アスリートたちはいつまで「素材」でいることに満足し続けるのだろう?

そろそろ、オリンピックの本質に目を向けた方がいい。

東京オリンピックまであと3年。思えば、これも、歴代の東京都知事たちの政治の具としてもてあそばれてきたのではないか? オリンピックに絡む多くの企業に、大きなビジネスチャンスを振りまいているのではないか? そしてメディアは、口にしない様々な思惑から、オリンピックの本質に目を向けていないのではないか?

そんな気がして仕方がないのである。

アイキャッチ画像は朝日新聞デジタルからお借りしました。

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