2023-06

津支局編

私と朝日新聞 津支局の17 恥ずかしいキャンペーン

いま横浜に来ている。この連載の参考にしようと昔の切り抜きを引っ張り出した。私が記者として初めて書いた記事が出てきた。日付は1974年9月7日。記者になって4日目だ。乗用車とバイク衝...
津支局編

私と朝日新聞 津支局の16 佐々淳行本部長

私が三重県警を担当した時、県警本部長は佐々淳行さんだった。警察庁のキャリア組で、普通なら三重県あたりの県警本部長になる人ではない。たまたま1975年、三重県で国体が開かれ、まだ過激...
津支局編

私と朝日新聞 津支局の15 飲酒運転

警察取材の華は汚職事件だろう。政治家、実業家、高級官僚など日頃権勢をふるって偉そうな顔をしているヤツらがお縄になる。東京五輪汚職でもそうだったが、そんな連中が捕まると胸がスッとする...
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私と朝日新聞 津支局の14 女子高生売春

三重県警を担当したのはちょうど1年間だった。この間の記憶は甚だ曖昧である。特に時間の前後関係がよくわからない。そのため、頭に浮かんだエピソードを前後不同で紹介する。「先日ガサを入れ...
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私と朝日新聞 津支局の13 線路のボルトが抜かれた。

久しぶりに三重県警の記者クラブに戻って数日後のことだったと記憶する。愛知県と三重県の県境あたりで鉄道の線路からボルトを抜き去る事件が起きた。どこかの新聞(読売、だったか?)が特ダネ...
津支局編

私と朝日新聞 津支局の12 高校野球の夏

津での署回りは1年半で卒業した。次は三重県警担当である。新聞記者2年生になった私は、同時に高校野球担当も命じられた。県警を取材しながら夏の甲子園大会に向けた三重県予選を全部取り仕切...
津支局編

私と朝日新聞 津支局の11 暇ネタの話

署回りとは、事件、事故を追いかけていれば済む仕事ではない。そもそも地方都市の津市、久居市で大きな事件・事故が発生する頻度は低い。では、暇な時には何をするのか。読書にいそしんでもよい...
津支局編

私と朝日新聞 津支局の10 入社式・新人研修

入社から7ヶ月たって、1975年度の入社式と新人研修があり、私も参加した。その年、朝日新聞に記者職で入ったのはわずか23人。この年も5000人から6000人は受験したはずだし、例年...
津支局編

私と朝日新聞 津支局の9 記者とは不届きな輩である。

署回り担当とは、管内で発生する事件、事故を取材して原稿にする仕事である。つまり、事件、事故が飯の種なのだ。憧れてなった記者である。できれば原稿は沢山書きたい。自分の書いた記事が活字...
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私と朝日新聞 津支局の8 支局生活

私が麻雀という遊びを覚えたのは津支局に行ってからである。大学時代に覚えたという人が多いようだが、私の学生生活にはそんな遊びをしている時間はなかった。日々の暮らしのためにアルバイトに...
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私と朝日新聞 津支局の7 子どもと遊ぶ

津で私は1度引っ越しをしている。最初に入ったのは、支局のHデスクが事前に探してくれていた部屋だった。台所と4畳半、6畳が一直線に並んで狭い。玄関を開けると向こうの端まで全部見えてし...
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私と朝日新聞 津支局の6 泥棒

ある日、津市の我が家に泥棒が入った。当時は3DKのアパート住まいだった。2階で、玄関を入るとダイニングキッチン、右に一部屋、ダイニングから奥に入ると6畳が2間。ダイニング右の一部屋...
津支局編

私と朝日新聞 津支局の5 恐るべきライバル

ある日、津署内をぶらついていたら署長室のドアが開いた。顔を出した署長が私を見て「大道君、ちょっと来ないかね」と招いた。何だ? 何故俺が署長に呼ばれる?署長とは酒を酌み交わしたことも...
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私と朝日新聞 津支局の4 レーダー探知機

初めて「特ダネ」というものを書いたのは、津で署回りを始めてしばらくしてからだった。まだ支局のランドクルーザーに乗っていたから、記者になって1ヶ月前後のことだと思う。苦手だったお巡り...
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私と朝日新聞 津支局の3 あんた、何学部?

人は変わる。誰でも変わる。それを進歩というか、堕落というかは評価する人の自由である。そして、私も変わった。あれほど毛嫌いしていたお巡りさんと、何となく仲良くなりはじめたのである。い...
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私と朝日新聞 津支局の2 大丈夫か、お前。本当に新聞記者なんかになれるのか? うぅぅぅ……。

研修最終日の夜、名古屋本社で I 社会部長たち数人が壮行会を開いてくれた記憶がある。立ったまま、乾き物を食べながらビールを飲む程度の簡単なものだったが、何故か覚えている。I社会部長...
津支局編

私と朝日新聞 津支局の1 名古屋本社で即席研修を受けました。

私の大学には、マスコミ学科などなかった。あったとしても、そもそも弁護士志望だった私が選んでいるはずはない。これまで学生であり、サラリーマンだった男に、突然新聞記者が務まるはずはない...
私と朝日新聞

私と朝日新聞 入社試験の6 9月1日に繰り上げ入社となりました。

西鉄を7月31日付で退職した。8月9日、横浜市の妻女殿の実家に近い産院で長男が誕生した。すでに無職の身になっていた私は、産院のかたい椅子で、その瞬間を待った。「初産なので、ちょっと...
私と朝日新聞

私と朝日新聞 入社試験の5 合格通知が思わぬ事態を招いた。

朝日新聞社から合格通知が届いたのは7月20日過ぎだった。2次試験で手応えを感じていたとはいえ、「これで俺は新聞記者だ!」と心から嬉しかった。2回目の受験の際、朝日新聞から新入社員募...
私と朝日新聞

私と朝日新聞 入社試験の4 fake information

私は単に頭がいいのか、狡猾と評した方が適切なのか、あるいは一言の元に狡い、陰険と切って捨てた方がいいのか。大卒者の採用を決めるペーパーテストを作成せよ、ととんでもない課題を与えられ...
私と朝日新聞

私と朝日新聞 入社試験の3 大卒採用担当に

実に困ったタイミングでの懐妊騒ぎである。思わず、「ホントかよ?!」とつぶやいてしまったのは私の本音であった。私は朝日新聞の記者になろうと決めた。ところがその年の入社試験に落ちてしま...
私と朝日新聞

私と朝日新聞 入社試験の2 40数日の戦い

昨日までは落ちることしか考えていなかった入社試験を、今日からは乗り越えるべき目標にする。ゼロからの出発とはこんなことをいうのだろう。入社試験の1次は一般常識と英語、それに作文だとい...
私と朝日新聞

私と朝日新聞 入社試験の1 若さ=馬鹿さ、である。

結婚生活が始まった。同時に朝日新聞の受験準備も進んだ。とはいえ、落ちるのを目的にした受験である。下手に一般常識や作文力、英語の読解能力を高めたら、入社試験に通ってしまう恐れがある。...
私と朝日新聞

私と朝日新聞 記者以前の12 不合格志願

困り果てた。私は朝日新聞の記者などになる気は全くない。しかし、私を朝日派米少年に押し込んでくれたことを始め、飛永さんには大恩がある。その飛永さんを裏切るわけには行かない。二律背反。...