2023-09

北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の11 札幌では風邪をひかず、東京で風邪をひいた話

何度か東京に出張した。そのたびに、人の感覚の不思議さを思った。札幌は大都会だと言われる。しかし、東京から札幌に転勤して、初めて見る札幌の街は田舎じみて見えた。ビルが低い。まだ根雪が...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の10 道内経済面

仕事の話を続けよう。道庁を担当して半年ばかり過ぎたころ、私は「道内経済面」を立ち上げた。上からの要請だった。1985年、日本経済がバブルに突っ込もうとしていた時期である。これからは...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の9 「お車代」を押しつけられた話

まだ道庁担当だったから、札幌赴任から半年もたっていない時のことである。北海道の自民党が集会を開いた。そんなもの、記事になるはずはないのだが、なぜか記者クラブに案内が来た。記者席を用...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の8 厳冬の峠道

あれは選挙の取材だった。季節は真冬。厳寒期の2月だったと思う。私は池田ワインで有名な池田町に取材に行く必要ができた。取材先に電話を入れる。明日の朝来てくれという。よかった。締め切り...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の7 炭鉱の閉山が相次いだ

私が札幌にいた1985年から87年という時期、北海道は不況のどん底にあった。造船が振るわない。製鐵がダメ。石炭はエネルギー源の王の座から追い払われて長く、林業も不振。「道内経済を立...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の6 耳の穴にウイスキーを注ぎ込まれたヤツがいた

Muの話を続ける。ある朝、Muは私の顔を見るなりいった。「Ma、あいつはひどいヤツだよ」聞けば、前夜、彼らは札幌の繁華街、すすきのに飲みに出た。かなり酔ったMuがソファで横になって...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の5 衆参同日選の惨劇

前回ご登場いただいた、政治部から来たデスクをMuという。私の着任時は、政治部から来たデスクはFuさんであった。ところが、1986年の衆参同日選挙が確実になったころ、北海道支社の編集...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の4 自民党道連からクレームが来た

横路知事がらみのの話を続ける。1987年、横路知事は再選を目指して道知事選に立った。私は知事選取材グループに編入された。まず、必要なのは情勢判断である。札幌市内を取材して回る。その...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の3 函館にて

横路知事に同行して、函館に行ったことがある。知事が函館の若手経営者と懇談する。その会合は公開で行うので取材をどうぞ、というわけだ。札幌から函館への移動は国鉄を利用した。さて皆さん、...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の2 一村一品運動

実は、札幌以降のことはほとんど記憶に頼るしかない。そのころから自分で書いた記事の切り抜きをサボり始めたからだ。そのため、時系列が頭の中で混乱している。よって、これからはエピソード主...
北海道報道部編

私と朝日新聞 北海道報道部の1 ああ、札幌

札幌のことは、「グルメらかす」で書いたことがある。これからの記述は、あの時書いたこととダブることになる。であれば、わざわざ「グルメらかす」に飛んで頂く手間を省くため、あの時の原稿を...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の19 タートルネックが目をつけられた

ほぼ週1のペースで柔道を楽しみ、時にはおかしな釣りに出かけ、取材をして特ダネで1面トップを飾る。考えてみれば、東京本社で発行する朝刊は1年間で360ほど(休刊日が増えたから、よく分...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の18 国と地方の上下関係を如実に見て、でも記事にできなかった話

役所内を廊下トンビする。官庁担当記者の毎日である。聞き出したい話を持っている官僚氏、暇そうな官僚氏のそばへ寄って取材をしたり、雑談をしたりする。雑談は大切で、滅多にないことだが、相...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の17 私の記事、朝日新聞の紙面で褒められていました

建設省担当時代を思い出すため、当時の切り抜きを見ていて、1つの記事が目にとまった。「デスク手帳」とあるから、私が書いた記事ではない。それなのに、何故私のスクラップ帳にある?不信に思...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の16 吉永小百合さんと昼飯を食った話

新聞記者にも、ほんのちょっとした役得はある。私が経験した役得は、どうでもいいような会話から始まった。2×4工法の住宅で著名な三井ホームは私の担当企業だった。当時、三井ホームは、コマ...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の15 入社試験用作文の指導をした

私を柔道に引きずり込んだ I さんは面倒見のいい先輩だった。恐らく人脈も広く、早稲田大学の後輩たちとの付き合いもあったのではないか。ある日、1人の早大生が建設省の記者クラブに I ...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の14 キーボードにミスタッチをしても地球は爆発しない!

建設省には省内誌があった。誌名は忘れたが、そこから声がかかった。「大道さん、何か原稿を書いて下さい」建設省は取材先である。むげに断るわけにはいかない。だからとりあえずは引き受けたも...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の13 お上意識

土地・住宅問題に関わる記事を沢山書いたからだろうか、住宅局の官僚諸氏とはすっかり仲良くなった。廊下トンビをしていても気が楽である。「大道さん、ちょうどいいところに来た。ちょっと寄っ...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の12 大道なら記事にしてくれるのではないか?

さて、そろそろ仕事の話に移ろう。住宅問題は社会問題であるだけでなく、相変わらず私の個人的問題でもあった。晴れの東京勤務になった。であれば首都圏に家を持ちたい。だが、給与明細書を見れ...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の11 建設省の担当になって柔道を再開した話

通産省を1年担当すると、私は建設省担当を命じられた。それまで経済部に建設省担当はいなかったが、何故か私が露払いを命じられた。通産省は担当記者は3人だったが、建設省を担当する経済記者...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の10 天下りをしない官僚

Saさんは私が通産省担当になった当時、貿易局総務課の課長補佐だった。東大卒が掃いて捨てるほどいる通産省で、珍しく京都大学法学部出身。大学3年で司法試験に合格した。羨ましくなるほどの...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の9 釣り仲間

「東京経済部の3 またまた引っ越しました」で書いたように、のちに横浜市鶴見区の義父の敷地に家を建てる私であるが、通産省担当のころはそんなことは考えてもみなかった。もっぱら「首都圏で...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の8 バッティング

通産省担当になって、夜回り取材はほぼ習慣となっていた。昼間は通産省内を廊下トンビして取材(議論も含めて)し、記者会見に出て原稿を書いてFAXで経済部に送り、夜になれば近場で軽く酒を...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の7 IBM産業スパイ事件

とんでもない事件が起きたのは、私が通産省担当になって3ヶ月もたたない1982年6月のことだった。何でも、日立製作所と三菱電機の社員が、IBMに対して産業スパイを働き、逮捕されたとい...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の6 方針原稿

さて、私は通産省担当としてどんな仕事をしたのか。スクラップをめくると、マクロ経済の動き、その中での通産省の役割などほとんど知るはずもない私でもそこそこ記事は書いていたようだ。その程...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の5 質問をしろ!

「大道君、君は記者会見で質問してるかね」夜の遅い時間、会社の経済部に顔を出した私に話しかけたのは、Haデスクだった。何でも私の大学の先輩だと、誰かに聞いたことがある。驚いたことに、...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の4 通産大臣たち

私が通産省担当になった1982年4月、時の首相は鈴木善幸氏だった。通産大臣は安倍晋太郎氏である。凶弾に倒れた安倍晋三の父だ。聞くところによると、安倍通産相は元毎日新聞の記者だった。...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の3 またまた引っ越しました

ちょっと脇道に逸れる。私の住まいである。浦安に引っ越した我がファミリーは、しばしば横浜市鶴見区にある妻女殿の実家を訪ねるようになった。名古屋時代は年に数回だったが、いまは1時間も車...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の2 通産省という役所

東京経済部で最初の担当は通商産業省(現経済産業省)であった。2度の石油危機を乗り越えて、日本経済は目覚ましく成長していた。Notorious Miti(Ministry of In...
東京経済部編・1回目

私と朝日新聞 東京経済部の1 浦安というところ

前回、「一路東京を目指した」と書いたが、実際に目指したのは東京を通り抜けた浦安市である。転居先は朝日新聞の社員寮で、当時、浦安にある公団のマンションの部屋を新聞社で借り上げ、家族持...