2024-01

東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の13 新年1面企画を書けと命じられた

私が記事審査室員になったのは10月。半年の約束だから、翌年3月までのおつとめだ。そう思っていたら、11月末頃、経済部長から呼び出された。「君、大道君、すまないが、新年の1面企画に加...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の12 記事審査室に異動になった

「大道君、記事審査室に行ってくれないか?」と経済部長に言われたのは、ウイークエンド経済のデスクを務めて1年近くたった頃だったと思う。記事審査室とは、日々の朝日新聞の記事を審査する部...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の11 あの日は忘れられません

朝日新聞社のコアタイムは、9時〜17時、10時〜18時の2本立てだった。職場の実情に応じて、どちらかを選ぶ。というのが立て前だが、編集局には通用しない。どれほど働こうと働くまいと、...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の10 デスクという仕事

①ウイークエンド経済編集部にはデスクが2人いて、週替わりでフロント面を担当した。②ウイークエンド経済は土曜日の夕刊に掲載される。原稿の締め切りは土曜日午前中である。③新聞記者とは、...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の9 2冊の本が届きました

先日Amazonに注文した栗原さんと赤池さんの本が届いた。「お医者さんの食卓」(朝日新聞社)と「ものづくりの方舟」(講談社)である。「お医者さんの食卓」はあとがきによると「この本は...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の8 山本夏彦さんのこと

ウイークエンド経済時代の話を書いている最中に、「ウイークエンド経済」を論じた文章にぶつかった。再読を始めた山本夏彦さんの著作、「愚図の大いそがし」という本である。そのものズバリ、「...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の7 タクシー運転手を殴ったヤツがいた

おかしなウイークエンド経済部員がいた。いや、おかしいというのは私の主観である。他の人から見たらおかしくはないのかもしれないし、本人はいたってまともだと思っているに違いない。だが、私...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の6 十読しても分からない原稿と格闘した話

栗原さんと赤池さんは私が発掘したコラムニストである。当然私が担当する。毎週締め切りまでに原稿を受け取り、必要があれば直しを入れ、商品になる原稿にして紙面化する。とはいえ、お2人の原...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の5 「ものづくりの方舟」の話

栗原さんを初めて訪ねたのと並行して、私は赤池学さんとも会った。I 編集長に渡された「メルセデス・ベンツに乗るということ」という本を読み終え、彼の文章に惹かれた。机の前で正座し、姿勢...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の4 「食楽考」は素晴らしいコラムだった

次は「食」である。八重洲ブックセンターで私は、これは、と思える2、3冊の本を買った。その中に書名は忘れたが栗原雅直さんの本があって、実に面白かった。しかし、奥付を見ると栗原さんは精...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の3 コラム欄の新設を命じられた

当時のウイークエンド経済の編集長をIさんといった。東大卒。私などとても及ばないほど頭のいい人ながら、出世欲は極めて薄い、尊敬に値する数少ない先輩だった。「大ちゃん」とある日呼びかけ...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の2 初めての老眼鏡を買った

人の記憶とは不思議なものである。古いことはよく覚えているのに、新しくなると徐々に記憶が混乱してくる。そしてある時点から再び記憶が鮮明になり、その先は再び想い出がぼやける。そんなこと...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の1 妻女殿が入院した

さて、3度目となった私の東京での仕事は、悲惨な話から始めなければならない。私が東京に帰任した直後、妻女殿が入院されたのである。膠原病の症状が急激に悪化したのだ。私の車を使ったのか、...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の70 朝日新聞の珊瑚礁事件

申し訳ない。またまた「2度目の東京経済部」に舞い戻った。書きわすれていたことを思い出したのである。朝日新聞が激しいバッシングにあった「珊瑚礁事件」である。思わずバッシングと書いてし...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の69 ウイークエンド経済ではこんな記事も書いたのです

そろそろ「ウイークエンド経済」におさらばしようと思っていたら、「ああ、こんなこともやったな」という記事が切り抜きから現れた。ご紹介したい。1つは1990年7月2日に、東西ドイツの通...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の68 宮路年雄という人

足繁く、とまではいわないが、私は結構頻繁に城南電機を訪ねた。宮路社長がいればすぐに社長室に入って雑談を始めるが、たまに社長が外出中のことがある。そんな機会を重ねるうちに、事務方の女...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の67 城南電機は安い!

「ビジネス戦記」は、いわゆる聞き書きで作り上げる。私たち記者が取材先から話をうかがい、取材先に成り代わってその話を原稿に起こす。もちろん、どんな話から始めるか、話の流れをどう構成す...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の66 宮路社長を我が家にお招きした

宮路社長にはよくご馳走になった。「お返しを」といっても、応じてくれる人ではない。飲んだ後の支払いは必ず宮路社長だった。これはいけない。取材先と仲良くするのは記者のイロハだが、ご馳走...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の65 防弾仕様のロールス・ロイスが中古車になった

城南電機、宮路年雄社長のロールス・ロイスの話を続ける。「お父さん」と私に声をかけてきたのは、確か長男だった。「城南電機の社長さんはロールス・ロイスに乗ってるんだよね」ほう、私は息子...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の64 ロールス・ロイスの後部座席に乗った

そんなことを繰り返しながら、だが、私と宮路社長の仲は急速に接近した。どうやら私は宮路社長のお眼鏡にかなったようだった。「大道(ダイド)さん、飲みに行こ」そんな誘いを何度も受けた。行...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の63 宮路社長を記事にした

家電品の価格のからくり、流通の問題は是非記事にしたいテーマだった。どんな仕組みがあるから販売店によって小売価格が違うのかを暴露したメディアは、私が知る限りそれまでなかった。それを書...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の62 城南電機の宮路年雄社長に会った

この頃私は、家電製品の価格のからくりを知りたくて仕方がなかった。同じメーカーの同じテレビで、量販店と町の電気屋では価格が違う。そりゃあ、小さな町の電気屋と量販店では売れる台数が違う...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の61 カタログ、というコーナー

「カタログ」というコーナーも、ウイークエンド経済の定番だった。故花森安治氏を真似たわけではないが、商品を自分たちでテストしてその結果を記事にしようというのである。聞くところによると...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の60 桝谷英哉さんにコラムの連載をお願いした

クリスキットの桝谷英哉さんにコラムの執筆をお願いしたのも、ウイークエンド経済だった。もちろん私が話を持ちかけ、了解を頂いて始めた。桝谷さんはクリスキットを設計した人である。自分で作...
東京経済部編・2回目

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の59 「マイポケット」の話

ウイークエンド経済の紙面はフロント面だけではない。ほかにもいろいろな趣向があった。その1つが「マイポケット」である。著名人に財布の中身を入口にして経済観念を語って貰おうという主旨だ...