とりあえず、HPの改修作業が一段落した(2026.2.11)

ご無沙汰した。
といっても、病にふせっていたわけでもなく、どこかの女にうつつを抜かしていたわけでもない。ひたすら取り組んでいたのである、AIのジェミニ君と協力してのサイト改修に。

実は、これまでご報告していなかったが、いま私は3つのサイトを管理している。1つはこの「らかす」である。2つ目は、「きりゅう自慢」というサイトである。桐生市の不動産会社「アンカー」のHPの一部で書き続けている。この改修に血道を上げていた。

「きりゅう自慢」は、私が当面の桐生残留を決めた2016年、どうせ残るのなら多少はこの町の役に立たねばならないが、私にできることは取材して文章にまとめることだけである。だったら、常日ごろ感じていた

「桐生人が自慢する桐生と、私が評価する桐生」

を原点に何かを書いてみるかと考えた。自分の町を考えるには、よそ者の視点は欠かせない。町おこしには、よそ者・馬鹿者・若者が必要だといわれる。その「よそ者」になってみようと思ったのだ。あんたたちが考えているような町ではないのではないか、桐生は? と桐生市民に問いかけ、あわせて市外の方に桐生に関心を持ってもらうきっかけになれば、と考えたのである。
自発的な発想だから、どこからも収入があるはずはない。だが、老後の時間潰し、大げさに言えば、私という人間が確かにここで生きているという痕跡作りになってくれるのではないか。

そんな話を、親しくなった不動産会社・アンカーの川口社長にした。すると、予期せぬ反応があった。

「だったら大道さん、わが社のHPでやってくれませんか。些少ですが原稿料はお支払いしますから」

自前のサイトでやれば無収入である。それどころかサーバーのレンタル料など、金は出る一方である。そうか、原稿料をいただけるか。
そう思って書き始めたのが「きりゅう自慢」である。

これまで「らかす」でこのいきさつを紹介しかったのは、保守的な県民性を配慮してか、川口社長も

「元朝日新聞記者が書いていることは伏せて」

と言われたからだ。だが、この「きりゅう自慢」の一部が2024年、「桐生を紡ぐ」という本になった。この本の前書きで、この連載を始めたいきさつ、本になるまでの過程を書かざるを得ず、しかも著者として私の名が出ている。もう、「きりゅう自慢」の著者が元朝日新聞記者である私であることを隠す必要はないだろう。

記録を辿ると、最初の原稿を公開したのは2017年10月4日である、それからほぼ毎週、1本ずつ原稿を公開してきた。すでに400本を超える原稿を公開してきた。これが可愛くないはずはない。
ところがこれまで、「きりゅう自慢」のサイトは、デザイン性がほとんどなかった。「きりゅう自慢」で検索すると、近着の原稿がずらりと縦に並ぶ。そこからどれかの原稿を読もうにも、メニューが整っていない。実に、付き合い方が難しいサイトだったのである。だったら、「らかす」を改修した勢いで、「きりゅう自慢」も改修するしかないではないか?

その作業に朝から寝るまで没頭し、とても「らかす日誌」を書くゆとりはなかった。その間。不愉快な衆議院解散があり。不愉快な結果があった。ま、野党が負けるべ串手負けただけが、「きりゅう自慢」の改修に没頭する私は、

「こんなことで、日本はどこに行っちゃうんだ?」

という不安な思いを抱えながら、作業に没頭していたのである。

できることなら、この文をお読みいただいた方々は、一度「きりゅう自慢」をみていただきたい。
そこには、かなりまじめを装った私がいる。勝手気ままに書いている「らかす」との差をご賞味いただければありがたい。

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