私は接着剤か?

私はこの頃、

「俺って接着剤か?」

と思うことがある。何となく、人と人を繋いでいるようなのだ。

そう思うようになったのは、ラオス、カンボジアなど東南アジアの4カ国に日本の左官の技を伝えるために日本政府から派遣された野村 裕司さんを取材してからである。野村さんの話はこちらで読んでもらうことにして、これは取材のこぼれ話である。

年齢もあまり違わない野村さんとは、取材を通じてすっかり仲よくなった。こちらには、左官の技を究めた野村さんへの敬意がある。人柄も、

「この人は、絶対に悪いことは絶対にできない人だな」

と思わせてくれる。
共通の趣味もあった。落語である。しかも、彼の甥っ子は落語家で、記者時代に取材して記事にしたこともある三遊亭ぐんまである。
これだけ条件がそろえば、仲が良くならないはずがない。
イヤ待てよ、私は彼を尊敬しているが、彼は私をどう見ているのだろう?

ま、それはそれとして。仲よくなれば、私は酒に誘う、

「私、あまり飲めないんですよね」

といいながら、野村さんは付き合ってくれた。その酒席での話である。
どういう流れでそんな話になったのかは記憶にないが、刺繍作家・大澤貴代美さんの話になった。多分、野村さんの原稿を載せる「きりゅう自慢」で、ずっと前に大澤さんを取り上げ、いまでも親しくしている、などと私が口にしたのだろう。
野村さんの表情が変わった。

「えっ、大道さん、大澤さんと親しいのですか? 実は私、大澤さんに30年ほど憧れ続けているんです」

何でも、野村さんの先輩が、左官職で「現代の名工」に選ばれたことがある。その付き添いで表彰式の会場に行き、そこで大澤さんを見かけたのだという。その年、大澤さんも「現代の名工」になったのだった。

「いやあ、桐生にもこんなすごい女性がいたのか、と感じ入りまして。それ以来、大澤さんに憧れているのです」

同じ桐生市の住民なんだから挨拶に行けばいいじゃないですか。

「いや、それは恐れ多くて…」

と話が進めば、私がいうことは決まっている。

「じゃあ、一度大澤さんと飯を食いませんか?

である。

「えっ、できるんですか、そんなこと?」

できないことを私がいうわけはありません。

こうして、3人での食事会が開かれた。その席上のことである。大澤さんが仕事での悩みを口にした。

「実は、刺繍枠を作ってくれる職人さんがいなくて困ってるのよ」

刺繍枠とは、刺繍を施す布を固定するための木製の道具である。二重のリングになっており、その間に布を挟む。長持ちするとはいえ、消耗品である。在庫の刺繍枠が払底すれば刺繍ができなくなる。
だから大澤さんは

「この人なら」

と知る限りの人に、枠を作ってくれと頼み続けてきた。とことが、引き受け手がない。知人に桐生市内の建具屋を紹介され、

「灯台下暗しだった」

と喜んだものの、その建具屋が作ってくる刺繍枠は実用に耐えなかった。そんな悩みが、ふとこぼれたのである。

「えっ、あっ、だったら、私が知っている高崎の建具屋さんをご紹介しましょうか? 彼なら作ってくれると思うのですが」

こうして引き合わされたのが、高崎市の建具職人、高田年三 さんだった。最初は大澤さん、野村さんを私の車で高崎まで運び、面通しをした。この時の高田さんは、腕に自信があるからだろう、かなり高飛車だった。

「大澤さんがいわれるような刺繍枠を作れば、そうだね、一組15万円ぐらいになるかな」

そんな高田さんが変わったのは、桐生に来て大澤さんの刺繍作品を目にしてからである。作品を通じて、刺繍職人としての大澤さんに惚れ込んだらしいのだ。最高の職人には言葉を介さずとも通じるものがあるんだろうか?
以来、態度が一変した。刺繍枠の値段がずっと下がっただけではない。野村さんが企画して、桐生で食事会を開いた。参加者は私を含めて4人である。
この日、大澤さん、野村さんは高田さんにお説教を垂れた。そばで聞いている私ですら、

「そこまで言われたら頭に来るよな」

とハラハラしたのだが、高田さんは持ちこたえた。いや、お説教されることが嬉しいようにも見えた。

その飲み会から半月ほど経った3月4日、大澤さん、野村さん、私の3人は、高崎市の高田さんの工房を訪れた。刺繍枠の最終の詰めと、高田さんの仕事を見るためである。そして私たち3人は、桐生に戻ったら一緒に夕食をとろうと決めていた。

「私たちはそうするんだけど、高田さん、あんたも桐生に来て一緒に飯を食う?」

と聞いたのは野村さんだった。まあ、社交辞令のひとつだったのかもしれない。わざわざ高崎から桐生くんだりまで足を伸ばして夕食を食べたい人はいないはずだ。
ところが高田さんは

「うん、行くわ」

こうして私たちはその夜、桐生で酒を飲んだのである。あ、飲んだのは主に私で、野村さんが少し酒に付き合い、大澤さんと高田さんは一滴も飲まない。だって2人は飲めないである。

私という接着剤が、大澤さんと野村さんを結びつけ、その結びつきが大澤さんと高田さんの結びつきを産み出す。接着剤冥利につきる展開である。

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