2017
08.08

#13 或る夜の出来事 - 女をものにする17の Know How(2004年11月26日)

シネマらかす

逆玉の輿、略して逆玉は、未婚男性の理想である。資産家のひとり娘に見初められる。彼女の親があくせく働いて、時には人の道を踏み外して、ガッポリ貯め込んだ財産は、いずれ我がものとなる。
明日のパンを求めて嫌な上司に頭を下げたり、取引の成否を思い悩んで胃が痛くなったりする必要は、もうない。専業主婦の特権である三食昼寝付きの暮らしが、男の身で実現する。
その上、相手の女性が美人であれば、この世の幸せは、すべて我が手中にある。まわりの男どもが、みんな不幸に見える。馬鹿に見える。惨めに見える。矢でも鉄砲でも持ってこい! てな気分にもなる。

或る夜の出来事」は、男の理想を描いた逆玉物語だ。夢物語を描いて、1934年のアカデミー賞5部門(作品・監督・主演男優・主演女優・脚色賞)に輝いた。
ふむ。確かに、夢のような105分を楽しめる秀作である。70年の月日を隔てたいま見ても、流れに乗れば、それなりに楽しめる。だけどなあ……。
新聞記者のウォーンさん、なんでこの女に惚れちゃうんだろう、それって、あなたの主義主張と違うんじゃない?
なんて、引っかかったりすると、単なるコメディ以上のものには見えなくなって、

「5部門受賞ねえ……」

なんて、物思いにふけることになる。
まあ、時代を考えれば、当時のアカデミー賞の審査員は、恐らくほとんどが男性だったのであろう。男は、男の夢に弱いものである。

(余談)
オードリー・ヘップバーンの「ローマの休日」を見て、新聞記者になろうと決心した。
ずっと昔に読んだ本に、毎日新聞の記者が書いていた話である。現実に「記者」の肩書きを持っているのだから、この人、初志を貫徹したわけだ。偉いものだ、と思わず笑ってしまった。笑ったために、そのつまらない文章がいまだに記憶にある。同時に、こんな男が書いた記事など死んでも読むものかと思ったことも覚えている。
この人、職業は初志を貫徹したのだが、さて、いずれかの国の王族に連なる女性と恋に落ちることができたのかどうか。読者としては当然の疑問である。が、彼は巧みにも、その話題は避けていた。さすがに現役の記者、文章術が優れておる!

 いや、この映画を見ていた私は、物思いにふけってばかりいたのではない。

「なかなか、役に立つ Know How 映画ではないか」

とも思ったのである。何の役にたつかって? もちろん、逆玉の役に立つのである。まわりを見回して、逆玉なんてどこにも落っこちていなかったとしても、いま気になっている彼女の心を自分に向ける役には充分立つはずである。

題して、「或る夜の出来事」に学ぶ、How to be a モテモテ男、いざ、始まり始まり!

まず、この映画を見たことがない人のために、ざっと粗筋を。すでに見た方は、この部分は飛ばしていただいても、いっこうにかまわない。でも、それなりに面白く書くつもりだから、やっぱり読んだ方が得かも知れない。

ピーター・ウォーンは、ニューヨークの新聞社に勤める記者である。ところが、勤務態度が悪かったのか、出張先のマイアミでクビを言い渡される。彼は、たぶんクビの撤回を求めて、ニューヨーク行きの長距離バスに乗る。
エリーは、資産家(たぶん、銀行家)の典型的なドラ娘だ。たまたま知り合った飛行機乗りと恋に落ちた。が、クルージング中に父親に結婚を反対されると、乗っていた豪華船からザンブと海に飛び込んで逃亡を図り、恋しい飛行機乗りに会うため、やはりマイアミ発ニューヨーク行きの長距離バスに乗り込む。それは偶然にも、ウォーンと同じバスだった……。

(雑談)
今であれば、飛行機乗り = パイロットは、その高収入と相まって社会的地位の高い職業なのだが、当時は違ったらしい。この映画では、ペテン師なみの取り扱い受けている。

 たまたま長距離バスで乗り合わせた小生意気な娘が、父親に指名手配されている富豪の娘であることを知ったウォーンは、彼女の恋の逃避行を独占記事にまとめて自らの復職の決め手にしようと、彼女と行動を共にする。しばらくは嫌な新聞記者vs.単なる記事のネタ、にすぎなかった2人が、いつの間にかお互いに惹かれ合うようになるのだが、そのまますんなりと収まっちゃうところへ収まっていては面白くもおかしくもない。事態は二転三転して……。

さて、ここから何を読み取るか。

 【出会い】
男と女の始まりは、まず出会いである。こいつは、偶然に任せるより手がない。同じ学校や会社に通っていたのも偶然、旅先で会ったのも偶然、電車で見かけたのも偶然、街でナンパしたのも偶然である。そこで行き会わなかったら、ナンパするチャンスもなかったのである。
男と女はこのような宿命のもとにある。してみると、ウォーンとエリーがたまたまマイアミ発ニューヨーク行きの長距離バスに乗り合わせたのも、不思議ではない。従って、偶然が彼らの運命の歯車を噛み合わせてしまったことから学ぶものは、とりあえず皆無である。
注意すべきは、あなたは貴重な出会いをたくさん捨ててきたのではないか、今でも捨て続けているのではないか、という程度である。

 【きっかけ】
偶然同じ場所に居合わせても、きっかけがないと、2人の距離は縮まらない。この2人のきっかけは、泥棒が作ってくれた。
長距離バスは、時折休憩する。食事やトイレのためである。その休憩時間、エリーは持ち金のほとんどを入れた鞄を盗まれてしまう。ウォーンが気づいて泥棒を追いかけるのだが、逃げられた。エリーには4ドルしか残っていない。ウォーンは、自宅に電話をしたらどうだ、運転手に話してみろ、とアドバイスする。が、エリーは冷然と言い放つ。

“I don’t want it reported.”
(連絡なんてしてほしくない)

思わず、

“That’s ridiculous.”
(アホちゃうか)

と口走ったウォーンは、だが、まあ、信じられない反論を受ける。

“Can you understand English? Would you please keep out my affairs? I want to be left alone.”
(あんた、言葉が分かるの? 邪魔しないでよ。独りにしておいて)

逃亡中のエリーから見れば、すべては余計なお世話なのだ。そっとしておいてほしい。あんた、人のプライバシーに泥足で踏み込もうなんて、何様のつもり?
一方のウォーンから見れば、絵に描いたような恩知らずである。このクソ娘、と怒鳴りつけたくなるところだろう。
だが、一方が他方に、迷惑や怒りなど個人的な感情を持つことは、2人の間の距離を縮める。要するに、この時はじめて、2人はお互いを意識したのである。

Know How その1:無視されるより嫌われろ。

【いたずら】
それまで2人が座っていたのは、最後部の2人掛けの席だった。泥棒騒ぎが終わって先にバスに乗り込んだウォーンは、前と同じ席に座る。遅れて乗車したエリーはお節介ウォーンを避け、別の席に座りこんだ。ところが、臨席の太っちょ男がすぐにいびきをかき始め、そればかりか、やがて大きな体がもたれかかってくる。エリーは仕方なく、ほかで唯一あいているウォーンの隣に移る。
ウォーンは、寝たふりをしながら一部始終を見ていた。そして、エリーが移動を始める直前、エリーが座るはずのシートの上に自分の左手を投げ出す。
いたずら、だ。ひょっとしたら、エリーの可愛いお尻が我が手に乗るかもしれないとの期待もあったかな?
ま、セクハラと騒ぐ人もいようが、数時間前の気まずい空気を、こんないたずらでかえす。なかなかの男である。
翌朝、エリーはウォーンの肩にもたれかかって眠っている。手はウォーンのスーツの襟をしっかりと握りしめている。ひょっとしたら、前夜のセクハラ未遂の余禄かもしれない。

Know Howその 2:馬鹿とセクハラは使いよう。

【媚びない】
次の休憩時間、30分後の出発を告げる運転手に、ドラ娘のエリーは

「数分遅れる」

と言い残してバスを降りる。金持ちって、世間知らずで高慢な、嫌なヤツらなのだ。予告通り集合場所に戻ると、当然のことながらバスは出発した後。アホ娘のわがままより、ほかの乗客を優先させた運転手は健全な常識の持ち主である。
そして、ウォーンだけが待っていた。といっても、エリーに心惹かれて待っていたのではない。エリーの父親の差し金で、新聞の1面をデカデカと飾っていたエリー逃亡の記事を見て、独占記事を書こうと思い立ったのである。なにせ、バスで隣に座っていた女がエリーなのだ。こんな棚からぼた餅のチャンスは、滅多にあるものではない。
でも、あのドラ娘は、本当に資産家の娘エリーなのか? 記事を書くには確認が欠かせない。

エリーの大きな写真が載った新聞を示しながら、ウォーンは、あんたが結婚しようとしている飛行機乗りは最低の男だから、次のバスで家に帰った方がいいと話しかける。確認のための取材とも気付かず、エリーは反応した。

「あなた、父に知らせる? 賞金がもらえるわ。黙っていてくれたら、私がお金をあげる」

ヤッホー! 確認はとれた。このドラ娘は間違いなくエリーだ。スクープは我がものである。
それはいいのだが、この小娘の態度は何とも気に食わん。この女、何を考えてんだ? 憤りに駆られたウォーンは、思わず仕事を忘れてしまう。

「結構だ。思った通りだ。甘やかされて何でも金で買いたがる。金で片が付くと思っているんだ。『謙遜』という言葉を知っているか? 人に頭を下げたことなどあるまい。偉ぶるのはよせ。素直になったらどうだ。心配するな、キミの金には興味がない。君たち金持ち一族にもな」

貧乏人の僻みかもしれない。ただ単にむかついただけかもしれない。だが、この啖呵の切り方は、カッコいい! 思わず拍手を送りたくなる。
でも、一時の衝動に身を任せながら、冷静になればウォーンは新聞記者である。そう言い残してエリーを置き去りにしたウォーンは、すぐに電報を打ちに行くのだ。宛先はニューヨークの新聞社。
エリーを見つけた。でも、お前の所に記事はやらん。
自分をクビにした新聞社へのアピールである。
ん! ウォーンはカッコいい男なのか、たんなる記者馬鹿なのか?
いやいや、我々の目的は逆玉に乗る Know How の習得である。エリーの目に映ったウォーンだけ見ていればよろしい。そう、カッコいい男としてのウォーンである。

Know How その3:女の馬鹿さ加減は、きっちりと叱り飛ばす。

【やせ我慢】
再び同じバスに乗り込んだ2人は、別々のシートに席を取る。エリーの隣に座った男はドンファンを気取っているのか、すぐにエリーに話しかけ、口説きにかかる。男を撃退したのはウォーンだ。

「おい、そこをどけ。女房の隣に座りたいんだ」

ガードマン役をみごとに果たしたウォーンは、エリーとの仲を修復することに成功する。そしてその夜、最初の山場が来る。豪雨で橋が冠水してバスが渡れず、近くのモーテルで1泊せざるを得なくなるのだ。
2人の持ち金は、ウォーンが20ドル、エリーが4ドル。節約のため、ウォーンは同じ部屋で止まることを迫る。いやがるエリーに、ウォーンはいう。

 「君に妙な下心はない。単なる記事のネタだ。飛行機乗りに合わせてやる。その代わり、独占記事を書かせろ」

ま、ほんとうに下心がなかったのかどうかは、この際関係ない。それでも逃げ出そうとするエリーを、こんどは脅す。

「今すぐ君を父親に引き渡すぞ」

なるほど、新聞記者とは飴と鞭を使い分ける人種らしい。
こうして相部屋で一夜を過ごすことになるのだが、ウォーンは部屋の真ん中にロープを張り、毛布をつるす。

「こいつはジェリコの壁だ。ヨシュアがラッパを吹いて壊した壁より薄いが、俺はラッパを持っていない」

何度聞いてもほれぼれする台詞である。
キリスト教にあまりなじみのない我々にはわかりにくいが、ジェリコとは死海の近くにある町。旧約聖書のヨシュア記によると、この町を守っていた厚い城壁が、七人の祭司の角笛と,民の鬨(とき)の声で崩れ落ちた。
深い教養がないと、ちょっと口にできない台詞なのである。
そしてウォーンはその夜、ラッパを吹かなかった。ジェリコの壁は崩れなかったが、エリーがウォーンに対して築いていた心の壁は、この一夜でないも同然のもとなった。

Know How その4:とにかく、何としてでも一夜をともにせよ。

Know How その5:ともにしても、その場では本能に身を任せず、やせ我慢でもデブ我慢でもいいから、清浄な夜を過ごせ。

Know How その6:教養を磨け。

【共犯関係】
翌朝、エリーの父親の命に従って、探偵がモーテルの捜索に来る。エリーにとっては絶体絶命の危機だが、ウォーンの知恵で切り抜ける。夫婦を装い、探偵の前で喧嘩までしてみせるのだ。
犯罪とまでは言えまい。しかし、2人が力を合わせて探偵を欺罔する。エリーとウォーンは、こうして同じ側に立って世間と戦う人間になる。これほど急速に2人の距離を縮める状況はほかにないはずである。

Know Howその 7:2人で犯罪を。

【Touch】
探偵を撃退した2人は、喜び合う。そして、だらしなく見せるためにはずしていたエリーのブラウスのボタンを、ウォーンがさりげなくとめてやる。敵の目をかいくぐった成功体験に夢中になっていたエリーが、ウォーンの手が自分の胸元で動いているのに気がついていたか、いなかったか。そこは分からない。が、そんな2人は、もう立派な恋人同士である。

Know Howその 8:距離感が縮まったら、さりげなく体に触れよ。Love is touch(John Lennonの「Love」より)なのである。

【冷たいそぶり】
途中でバスを降りた2人は野宿する羽目に陥る。エリーは富豪のお嬢様である。野宿など初めての経験であろう。腹が減った、怖い、服が皺になる、と様々にダダをこねる。こいつはチャンスだ。女は自分を委ねてみたい相手にしかダダをこねないものである。さて、ウォーンはこのチャンスをどう生かしたか。

 「(空腹は)気のせいだ」

 「(空腹だし、怖いなんて)両方同時なんてありえない」

 「とんだ女と関わったものだ」

 「(服が皺になるのなら)じゃあ、脱げ」

 「勝手にしろ。とにかく黙ってろ!」

ダダをこねつつ甘えかかるエリーを、頭ごなしに突き放すのである。
だが、突き放すだけではうまくない。突き放しながらウォーンは、食料の調達に出かける。近くの畑から、ニンジンを引っこ抜いてくるのである。が、エリーは生のニンジンなんて食べない。なんとも扱いにくい女なのだ。それでもウォーンは、

「明け方は冷える。これを使え」

と、自分のトレンチコートをエリーに渡す。その瞬間、2人の顔がニアミスを起こし、思わずキスしそうになるが、思い直したウォーンは立ち上がり、たばこに火をつける。

「どうしたの?」

と訝るエリーに、ウォーンはいう。

「君のことを考えていた」

エリーは、もうウォーンに惹かれている。思わず嬉しそうに、

「本当?」

と聞くのだが、ウォーンはいう。

「何で、そう身勝手で気まぐれなんだ?」

いやー、しびれる台詞ではないか。

Know How その9:時には冷たくあしらえ。

Know How その10:必ずリカバリーショットを放て。

Know How その11:時に冷たく、時に温かく、そのリズム感とブレンド具合が決め手なり。

【少年の心】
この映画のヒッチハイクシーンは、映画史に残る名場面なのだそうだ。しかし、我々にとってそんなことはどうでもよろしい。あくまで、この映画を Know How ものとして読み解くばかりである。
では、このシーンに何を読み取るのか。
金がなくなった2人は、ヒッチハイクで旅を続けようとする。ウォーンは、こいつは任せておけと見得を切り、ご丁寧に、3種の手の振り方まで披露する。ヒッチハイクの本を書く計画すら持っていると豪語する。まるで少年である。
で、意気揚々と道ばたに立つのだが、通る車、通る車、ウォーンの合図に応えてブレーキを踏んでくれる車は1台もないのだ。ウォーンはまるで道化である。
代わって、エリーが登場する。彼女は、女性の武器を惜しげもなく使う。そう、スカートをたくし上げるのである。
みごとに止まった車に乗ってウォーンはいう。

「本を書くのはやめた」

Know Howその 12:大人になっても少年の心のままでいる男は馬鹿である。

Know How その13:大人になって少年の心をなくした男は、生きている価値がない。

【恥の文化】
2人を拾った運転手は、2人を朝食に誘う。エリーは喜んでついていきかけるが、ウォーンは、

「腹は減っていない」

と同行を拒否する。それだけでなく、エリーがついていくことも許さない。運転手の姿が消えると、ウォーンはいう。

「色気で飯にありつくつもりか」

いいとこのお嬢さんであるエリーは、脳天気なものだ。

「そうよ、空腹ですもの。彼に頼むわ」

ここでウォーンは、きつい一発を入れる。

「首をへし折るぞ」

思うに、お金持ちには、恥をかく機会がないのだ。何事も金の力で許される。だからエリーは、初めてあった男に朝飯をたかるのも平気なのである。
が、あまり金がない階級にとって、人間関係とはなかなか難しいものである。難しい中で、進むべきところ、止まるべきところをわきまえるようになる。恥を知る、という感覚を身につける。
ウォーンは、恥の文化をエリーにたたき込んだのである。

Know How その14:世の理非曲直を身につけた大人になるべし。

Know How その15:強いリーダーシップを持ち、女のあやふやな価値観をたたき直せ。

【詩】
あと3時間でニューヨークに着くという地点までたどり着くと、エリーはこのあたりで泊まりたい、と言い始める。夜中の3時に到着する事態は避けたいというのが表向きの理由だが、なあに、このころはもうウォーンにメロメロで、離れるのがいやなのだ。ここまでウォーンが駆使してきた手練手管が功を奏したのである。
が、物事は仕上げが肝心である。ここで手を抜くと、

九仞(きゅうじん)の功(こう)を一簣(いっき)に虧(か)

ことになりかねない。
さて、ウォーンさんはどうしたか?

宿を取った。再びジェリコの壁を築いた。やせ我慢を貫くのである。
ウォーンにメロメロのエリーは、壁越しにウォーンの気持ちを確かめようとする。

エリー : ニューヨークで会える?
ウォーン : ダメだ。
エリー : どうして?
ウォーン : 人妻には近付かない主義だ。
エリー : 会っても害はないわ。
ウォーン : 興味がない。
エリー : もう会えないの?
ウォーン : (イライラしながら)何故会う必要がある? 君を夫に引き渡せば片が付く。
エリー : あなた、恋に落ちたことはあるの?
ウォーン : 俺が?
エリー : そう、あなたが。恋に憧れたことはある? あなたは女性を幸せにできる人よ。

いまでは、ウォーンに深く惹かれてしまったエリーと、エリーに惹かれながら、惹かれてはいけないと自分を叱りつけているウォーンが、それこそ火花を散らすシーンである。
やがて、ウォーンが、半ば独白のように話し出す。

「人並みに憧れたさ。理想の女はどこにいる? どこで見つかる? そんな女性が本当にいるのだろうかと。憧れたさ。愚かにも将来の計画まで立てた。太平洋に島がある。夢のような島だ。連れて行きたい、俺の愛する女を。彼女と2人、波と戯れたい。夜になれば月と海と彼女が1つになる。豊かな大自然と1つに解け合う。そこに住みたい。夜空に輝く星は手を伸ばせば届きそう。それが俺の夢だ。そんな女が本当にいたら……」

いかがであろう。こいつがウォーンの仕上げである。こんな独白を聞かされながら、平然と去っていく女など、赤い、温かい血が流れる女だとは認めない。きっと、真っ青な、零下4度の血が流れている女である。

エリーには、赤くて温かい血が流れていた。彼女は、ジェリコの壁を乗り越えてウォーンのベッドに近付く。

「その島に連れて行って。あなたについていきたい」
 
 「あなたを愛している。一緒なら何もいらない。お願い、離れられないわ。あなたなしでは生きていけない。お願いよ!」

いかがであろう。仕上げはバッチリなのだ。とうとう、あのクソ生意気な小娘エリーの口に、愛の告白をさせたのだ。
だが、ウォーンはいう。

「ベッドに戻れ」

いやあ、男なら、死ぬまでに一度吐いてみたい台詞ではないか!

Know How その16:仕上げには、知的装備が欠かせない。

Know Howその 17:文学的な素養、才能は、仕上げにぴったりの道具なり。

(余談)
昔、我が大学時代のことである。我が大学にTという有名人がいた。彼が女の子を誘い出し、純粋な気持ちからか、肉体的な欲望を満たさんがためか、口説きにかかった。時間は、夜である。
「あ、君の瞳に星が映ってる。綺麗だなあ」
いわれた女の子は空を見上げ、
「本当に綺麗な星空ね」
すかさず、T。
「なにいってんだい。僕が綺麗だといったのは、君の瞳だよ」
私にこの話を教えてくれた友人Sは、
「あの、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけてぼさぼさ頭のTが、そういったんだって。もうおかしくてさあ。だってあいつ、1週間風呂に入らなくても平気なんだぜ。それが『君の瞳だよ』なんて、違和感ありすぎだよ、これ」
あなたは、ウォーンとTのどちらに、より豊かな詩的才能を見いだすだろうか?

 この後も多少のごたごたはあるが、2人は無事に思いを遂げ、ウォーンがわざわざトランペットを吹き鳴らしてジェリコの壁を壊すのである。

さて、この17の Know How 、お役に立ちますかな?

でも、やっぱり考えてしまうのだ。いったいなぜウォーンは、こんなクソ女に惚れてしまったのかな……?

【メモ】
或る夜の出来事 (IT HAPPENED ONE NIGHT)
1934年制作、上映時間105分
監督:フランク・キャプラ Frank Capra
出演:クラーク・ゲイブル Clark Gable
クローデット・コルベール Claudette Colbert
アイキャッチ画像の版権がどこにあるのか、探したのですが分かりませんでした。