09.01
#68 熱いトタン屋根の猫 ― セックスレス夫婦(2006年9月7日)
我が知人に、セックスレス夫婦を公言する男がいる。30代半ばである。結婚当初はいたしたらしい。が、何とはなしにお互いがお互いを求めなくなった。いつの間にか定着した。
聞いていた仲間は口々に論評した。
「お前、何で奥さんと結婚したの?」
「ほかにいい女でもできた? そいつとやりまくってエネルギーが残ってないとか。いや、奥さんの方がそうなのか?」
「その年でお前、もうインポ? そりゃあ早すぎるぜ」
「そんなやる気にならない女房、離婚しちゃえよ」
ま、いずれにしても酒を酌み交わしながらの会話である。落ちるところまで落ちる。男同士の会話の通弊だ。
だが、この知人、終始沈着冷静に対応した。
妻は好きだ。そりゃあ、結婚したころの燃えるような情熱はなくなったかもしれないが、いい女、楽しいパートナーだ。夜遅くまで、2人で酒を飲みながら話すことが多い。大好きな時間である。でも、会話の先に何も起きない。それぞれ、自分のベッドに入って寝る。
それに、
「男としての欲望も、人並みにはあると思うんですけどね」
とくれば突っ込むしかない。
「じゃあ、お前、その、やりたくなったらどうしてんの?」
当然の疑問だ。そして彼も、当然のように答えた。
「ああ、金で処理するんですわ。ソープとか、デリヘルとか」
絶句した。変、である。が、彼、あるいは彼ら夫婦には、我々が変であると判断せざるを得ないことが日常である。
世間には、様々な男と女の形がある。
我が妻殿の推薦で「熱いトタン屋根の猫」を見始めてすぐ、この知人を思い出した。映画の冒頭、不可思議な夫婦に出会ったからだ。
夫のブリックは30歳。元アメフトのスタープレーヤーである。スポーツに秀でた人々すべてがベッドの上でもスタープレーヤーかどうかは、私には知るよしもない。だが、人に優れた体格の持ち主である以上、そう期待されるのは致し方ない。
なのに彼は、ベッドの上では競技場に出ようともしない。美しい、ホントに美しい妻、まあ、絶世の美女といわれたエリザベス・テーラーが演じているのだから我々は羨むしかないのだが、その、男の垂涎の的である女、マギーに指一本触れようとしない。妻が積極的に迫ると、懸命に逃げ回る。マギーが口を付けたグラスからは、酒を飲むのすら拒否する。
我が知人夫婦は、まあお世辞にも美男、美女とは言い難い。だが、この2人、ともにセックス・シンボルになってもおかしくない美男、美女の組み合わせにもかかわらず、セックスレス夫婦なのだ。
おまけにブリックは酒浸りで、マギーに迫られながらもウイスキーの入ったグラスを手放さない。
やっぱり、こういうしかない。
世間には、様々な男と女の形がある。
そんな場面で、この映画のタイトルが登場する。
マギー: | You know what I feel? I feel all the time like a cat on a hot tin roof. (私がどんな気持ちでいるか分かる? いつも熱いトタン屋根の上にいる猫みたいなものよ) |
ブリック: | Then, jump off the roof, Maggie. (だったら、飛び降りろよ、マギー) |
マギー: | Jump where? Into what? (どこに? 何に飛び込むの?) |
ブリック: | Take a lover. (恋人を作れってことさ) |
ブリック: | What is the victory of a cat on a hot tin roof? (熱いトタン屋根の上にいる猫の勝利って、いったい何なんだ?) |
マギー: | Just stand on it, I guess. (我慢し続けることだと思うわ) |
満たされぬ思いと体、焦れる心をぶつける妻。その言葉に妖刀村正で切り返す夫。いや、なかなかにシビアな夫婦関係だ。
なのに、会話を打ち切ってバスルームに逃げ込んだブリックは、そこに下がっていたマギーのスリップを抱きしめ、愛おしそうに、苦しそうに愛撫する……。
理解を絶する夫婦である。
(余談)
そうか、これは何らかの原因で30歳にしてEDとなった男の、フェティシズムにしかすがれない男の、愛と悲しみの物語なのか。熱いトタン屋根でピョンピョン跳ねているのはマギーだけではないのだ。まだバイアグラがない時代、2人は灼熱したトタン屋根からどうやって逃れるのか。 と考えたくなってしまう展開ではあります。
ブリックの父は、農場を経営する大金持ちだ。家族はBig Daddyと呼ぶ。資産は現金と株で1000万ドル(約11億円5000万円)、加えて2万8000エーカー(163万7375平方メートル)の土地がある。それだけでもびっくり仰天なのに、これは50年ほど前のことだから生半可ではない。
(余談)
ちなみに、我が家の土地面積は100平方メートルです。株は勤め先の株をわずかに持っているだけ。貯蓄は3桁万円に届くか届かないか……。何分の1かって……、計算するのもばかばかしい!
この日、検査入院していたBig Daddyが退院した。たまたま65回目の誕生日だった。おめでたが2つ重なった。ブリック夫婦が実家にやってきたのもそのためだ。兄のグーパー一家も勢揃いしている。
絵に描いたような幸せな1日になるはずだった。それが突然暗転する。Big Daddyに同行してきた医師が、ブリックに事実を告げたのがきっかけだった。腹の具合が悪いというから開腹してみた。末期ガンだった。手の施しようがない。彼には、腸が敏感になっているだけだと言ってある。
“He’s gonna die.”
(お父さんは長くない)
一家の大黒柱であるBig Daddyが間もなく死ぬ。その瞬間から、これまで絵に描いたような幸せの陰に隠れていた家族の真実が次々と姿を現す。
グーパーは、Big Daddyの言う通りの人生を送ってきた。弁護士になれと言われて弁護士になった。結婚して子供をたくさん作れと言われてメイと結婚し、5人の父親になった。いま6人目がメイのお腹にいる。目当ては父親が作り上げた遺産だ。従順さは手段だった。
遺産相続は目前だ。妻と2人、目の色が変わった。もう遠慮をしている時ではない。奪い取る時だ。
ブリックにはBig daddyが作り上げた資産が敵だった。Big Daddyは何でも買ってくれた。だが、愛された記憶がない。この男は人を愛する能力と引き替えに巨額の富を築き上げたのだ。家族を愛せない男は人ではない。そんな男の遺産? 手も触れたくない!
“I don’t want his money.”
(僕は、ヤツの金なんて欲しくない)
マギーは貧しい育ちだった。金の大切さが身に染みている。加えて、遺産への欲望を隠そうともしない義兄一家が嫌いだった。すべての遺産がグーパーたちに渡るのは許せない。なのに、ブリックは私の体に触れようとしないばかりか、遺産は一文もいらないなどと訳の分からないことを言う。金銭に無頓着なのは金持ちの息子だからからか? あんた、お金がどれほど大事なものか分かってないんじゃない? 思わずブリックに言い返した。
“You can be young without money, but you can’t be old without it.”
(お金がなくても若者にはなれるけど、老人にはなれないのよ)
Big Daddyは、欲のかたまりのようなグーパーより、ナイーブなブリックを好んだ。ブリックの妻のマギーも気に入っている。自分で作り上げた遺産はすべてこの2人に渡したい。なのに、ブリックには生きる気力がない。だから、いまだに子供も作れない。おまけに、酒浸りの、どうしようもない酔いどれだ。いまのままでのブリックには遺産は渡せない。どうしてお前は酒に溺れる? 怪我でアメフトができなくなったからか?
パーティーの途中、突然車で帰宅しようとしたブリックに詰め寄る。
“Hero in the real world lives 24 hours a day, not just 2 hours in the game. Mendacity. Do you want …, do you want live with mendacity?”
(現実世界のヒーローは24時間生きてるんだ。たった2時間、ゲームの中だけで生きてるんじゃないぞ。お前は、お前は嘘と一緒に生きていくのか?)
どうして帰る? お前はすべてから逃げているだけだ。
“And that’s the truce you can’t face.”
(な、それが真実なんだよ。お前は逃げ回っているけどな)
逃げ場がなくなったブリックはカッとなった。だったら言ってやろうじゃないか。
“Can you face the truce?”
(じゃあ、あんたは真実が怖くないんだな?)
あんたの誕生日はもう2度と来ないんだよ。それが分かっているのに付き合えるか! だから俺は帰るんだよ!!
Big Daddyは凍り付いた。遺産はブリックに渡そうと思ってきた。だが、その日はずっと先のはずだった。その日までにブリックの根性をたたき直すはずだった。でも、その日が目前に迫っている? 俺が、間もなく死ぬ?
自信と傲慢さの固まりだったBig daddyが、悄然として、物置に使っている地下室に身を運んだ。
こうして、家族それぞれの、これまでは隠れていた真実が次々と白日の下にさらされていく。
ブリックはなぜ酒浸りとなり、美しいマギーに指も触れようとしないのか?
マギーは、愛してもくれない男のもとにどうしてとどまり続けるのか? 義父の莫大な遺産が狙いなのか?
一代で巨額の富を築いたBig Daddyは、無神経な人非人なのか? 傲慢さの陰に隠れた、この男の本当の姿は?
嘘と思い込みで組み立てられていた家族の本当の姿が見えてくる。熱いトタン屋根の上で踊っていたのはマギーだけではなかった。全員が、それぞれの熱いトタン屋根の上で踊っていた。
目前に迫った大富豪の死がそれぞれに、踊っている自分と向き合うことを強いた。虚飾が剥ぎ取られた家族の濃厚なドラマが展開する……。
いつものように話が突然変わる。お許し願いたい。
会社の先輩に、湘南高校―東大という、絵に描いたようなエリート街道を走ってきた人がいた。表現が過去形なのは、すでに早期退職で社を去ったからだ。
彼はサラリーマンとしては泣かず飛ばずであった。たいして仕事ができないから、たいした仕事は任されない。学歴とは違い、職歴ではエリートになれなかった。そこからくる不満が早期退職の最大の理由であった、と私には見える。
在職中から、彼は不満家であった。酒を飲むと、日頃は押し殺している不満が口をついて出る。酒席が陰鬱になる。彼と酒を飲むのは苦手だった。
一度はエリートを自認した人間は、プライドを捨てきれない。現実の暮らしがエリートに相応しくないと、過去の栄光にすがる。最後のよりどころというやつだ。彼の場合、学歴だった。東大よりも湘南高校だった。おそらく、東大出は社内にごろごろ転がっていたからだろう。
湘南がいかに優秀な高校か。その高校で自分がいかに優秀な生徒であったか。
彼は自分で作ってしまったワナにはまったのだと思った。最高の人生を送ろうと刻苦勉励して最高の学歴を手にした。なのに、社会はエリートとして遇さない。自分のために作りあげた自画像が、逆に自分を苦しめる。
私のように、中途半端な高校と中途半端な大学を出ていれば、彼はもっとハッピーな人生を送れたのではないか。
いずれにしても、人の一生には、いくつかのワナがある。誰かが悪意を持って仕掛けるワナもある。だが、多くは自分が別の目的で作り上げたものが、いつの間にかワナとなる。他人が仕掛けたものなら、ワナに落ちたことはいやでもわかる。自分で作ったワナだと、自分がワナに落ちていることになかなか気がつかない。
Big Daddyが作ったワナは、人生は金だ、という哲学である。
父親は流れ者だった。息子、つまりBig Daddyを連れて放浪し、たまに農場に雇われて日銭を稼いだ。走り始めた貨車に飛び乗ろうと追いかけ、心臓麻痺で死んだ。線路際に埋めた。
“Look, this is what my father left me, a lousy old suitcase.”
(見ろ。これが親父が残してくれたものだ。汚い、古ぼけたスーツケースだよ)
“This was his legacy to me, nothing at all! And I built this place from nothing.”
(こいつが遺産だ。ほかには何もない! 俺は何もないところからここを作ったんだ)
子供に、薄汚れたスーツケース1個しか残さなかった父。惨めだった。だからBig Daddyは金がすべてだと考えた。オヤジのような人生はイヤだ。自分の子供には、自分と同じ思いはさせない。おそらく汚い手も使いながら、一代で大富豪となった。妻にも子供たちにも、ふんだんに物を買い与えた。それが彼の、家族への愛だった。甲斐性なしだった俺の父と違い、俺はおまえたちにすべてを与えることができる。文句あるか? 俺に従え!
そんなBig Daddyの元で、長男のグーパーも金がすべてだと信じた。Big Daddyは理想であり、付き従うべき権威だった。父のような男になりたい。だから、父の命令には疑いも、反抗もせずに従った。金のためにほかを犠牲にするのは当然である。親子の情も、金のためには犠牲にする。父が残す遺産のすべては自分が受け継ぐ。父が間もなく死ぬ。いますべきことは嘆くことではなく、スムーズに遺産を受け継ぐ手続きを急ぐことだった。
ブリックは、父親に愛された記憶がない。それがトラウマとなった。
恐らく、その心の隙間を埋めたかったのだろう。彼は大学で、スキッパーという友人を作る。話の具合からすると、親友というより、もっと密接な関係である。2人ともアメフトの選手で、ブリックは実力があったが、スキッパーは平凡だった。ブリックは、その気になればプロになれた。しかしスキッパーにお呼びがかかるはずはなかった。
無謀にもブリックは、プロフットボールのチーム、デキシー・スターズを作る。スキッパーをプロフットボールの選手にしたかった。採算は完全に無視。マギーによれば、1セントも稼いだことがないプロチームだった。
そのスキッパーが自殺した。ブリックが怪我で入院中のことだ。その日、ブリックを欠いたデキシー・スターズが47対0で大敗した。スキッパーがホテルの窓から身を投げる直前、ブリックは彼からの電話を受けた。
“He said to me he made love.”
(電話でヤツは、お前の女房と寝たといった)
聞いた瞬間、ブリックは思わず電話を切った。切ったあと、電話は何度も呼び出し音を奏でた。ブリックは受話器を取らなかった。そしてスキッパーは死んだ。なぜ死んだのか?
“Because somebody let him down. I let him down.”
(誰かが突き落としたんだ。俺がやったんだよ)
父の愛が手に入らなくて、代わりに友の愛を手に入れようとした。その男が妻を寝取った。寝取った上で自殺した。
心の渇きをいやそうとして選んだ道が、ワナとなって自分に襲いかかる。
その日からブリックは、マギーに手を触れなくなった。
マギーは、ブリックをスキッパーから取り戻そうとした。2人があまりにも親しすぎ、自分の居場所が見つからなかったからだ。
スキッパーが自殺する直前、マギーはスキッパーが滞在するホテルの部屋に行った。荒れ狂うスキッパーを何とかしてくれという支配人の依頼があったからだ。その時、悪魔の囁きを聞いた。スキッパーと寝たら? 親友の妻と寝た男って最低じゃない。いくらブリックでも、スキッパーを軽蔑して私の元に戻ってくるわよ。
誘った。スキッパーは簡単に乗ってきた。だが、最後の最後で決心がぐらついた。
“Suppose I lost you instead. Suppose you hate me instead of Skipper. So I ran. Nothing happened.”
(考えたの。あなたを取り戻すんじゃなく、失うことになるかもしれないって。あなたは、スキッパーじゃなく私を嫌うかもしれないって。だから、逃げた。何も起きなかったわ)
過ちは犯さなかった。だが、ブリックは彼女が過ちを犯したと信じた。説明しようとしても、耳を貸してくれなかった。
落ちてしまったワナの中でもがいていた4人が、Big Daddyの迫り来る死と向き合う中で、初めて本音でぶつかり合った。何十年も蓄積された本音は、罵りあいとなり、破壊衝動となって家族の中で荒れ狂う。肉親間の悲惨な闘いだが、この疾風怒濤の時間は、4人がワナからはい出すための生みの苦しみだった。
目が画面から離せなくなるのは、ブリックとBig Daddyの対決シーンだ。地下室に降りたBig Daddyを追って、ブリックも地下室へ行く。Big DaddyはSPレコードをかけながら、腹部の痛みに苦しんでいた。見かねたブリックがモルヒネで痛みを抑えようとするが、Big Daddyは
“No. That’s my pain, that’s my business.”
(いらん。俺の痛みだ。お前には関係ない)
と拒否し、代わりに葉巻をくわえる。一代で富をなした人物に相応しく、男気に満ちているのだ。
地下室には、がらくたが溢れている。Big Daddyが妻のアイーダと欧州を旅した時に買い集めた物だ。Big Daddyはいう。金はあった。買って、買って、買いまくった。そんな暮らしをしていると、永遠の命も金で買える気がしてくる。
すべてが金の世界。ブリックはそんなBig Daddyが許せなかった。俺が欲しかったのは、金や物じゃない。
“You don’t know what love means. To you, it’s just a four-letter word.”
(あんたには愛の意味なんか分からない。あんたにとっては、単なる4文字言葉だ)
何を言う。お前には何でも買い与えたじゃないか。ここにある物は、みんなお前に買ったんだ。全部お前にやる。何が不満なんだ?
不満なのだ、ブリックは。
“You can’t buy a love.”
(愛は買えないぜ)
こんながらくたが愛をくれるか? 俺はこんながらくたはいらない。そう叫んだブリックは、泣きながら周りの物を壊し始める。アメフト選手時代の大きな写真も、勝ち取ったトロフィーも。Big Daddyは呆然と見守るだけだ。
ブリック: | Things, things, papa, you gave us things. A house, a trip to Europe or these junks, some jewelly things. You give things, papa, not love. (物、物、パパ、あんたは物をたくさんくれたよ。家、ヨーロッパ旅行、こんながらくた、そして宝石。物はたくさんくれたよ、パパ、でも愛はくれなかった) |
ブリック: | And you own 28 acres of the richest, you own 10 million dollars, you own a wife and two children. You own us but you don’t love us. (28エーカーの富裕な土地、1000万ドル、そして妻に子供。みんなあんたの物さ。あんたは俺たちの所有者だ。でも俺たちを愛してはいない) |
Big Daddy: | In my own way, I …, (俺なりのやり方で、俺は……) |
ブリック: | No, sir. You don’t even like people. (違います。あなたは人間を好きになれないんです) |
激しい言葉のやりとりがあった。その荒々しさが、2人の心にできていた壁を少しずつ壊していった。Big Daddyはブリックの苦しみを初めて理解した。だからスーツケース1つしか残さなかった自分の父の話を始めたのだ。
心臓麻痺で死んだ父。親父は笑いながら死んだ。きっと、どうしようもなかった自分を笑ったんだろう。
ブリック: | Maybe he was laughing because he was happy, happy having you with him. He took you everywhere and he kept you with him. (たぶん、あなたのお父さんは幸せだから笑ってたんだ。あなたがそばにいたから幸せだったんです。あなたのお父さんはあなたをどこにでも連れて行き、傍から離そうとしなかったでしょう) |
Big Daddy: | Yeah, I loved him. (そうだな。俺はそんな親父が好きだった) |
ブリック: | And you said he left you nothing but a suitcase with a uniform in it from the Spanish-American War. (あなたのお父さんは米西戦争時代の軍服が入ったスーツケースしか残してくれなかった、といましたよね) |
Big Daddy: | Some memories. (それに、少しばかりの思い出も) |
ブリック: | And love. (愛も残してくれたんですよ) |
父と息子の心が初めて通い合った瞬間である。嘘と思い込みで組み上がっていた家族に、1つだけ本当のつながりができた。それが、ほかの家族をワナから救い出す。
いつしか目頭が熱くなった。
が、気を取り直そう。この映画、突き放してみるとどう見えるか。
・金持ちにも3分の理
(解説)
貧困の泥沼から這い上がり、一代で財をなすには人間的な感情はどこかに振り捨てて進まなければならないはず。そんな男にも、美しい人間の心は残っていた。気が付くのが遅すぎたが、なんてよくできたお涙頂戴物語、ともいえる。
・金持ちのボンボンにも3分の理
(解説)
ブリックさんよ、あんたほど親父の金に頼って生きて生きた奴はいないんじゃないか? 兄貴のグーパーは、曲がりなりにも努力して弁護士になった。あんた、何やってる? 好きなアメフトにのめり込み、親父から金を引き出してプロチームを作り、どうやらいまは失業者じゃないか。働かざる者食うべからず、の原則に一番反しているあんたが、どうして親父を責めることができる?それも何だ? Love、love、love? 30になった男がいまだに少女漫画を愛読してんのか? 甘いぜ!
・女には10分の理
(解説)
マギー様。最初にお目にかかったあなたは、ひどくイヤな女でした。亭主に向かって、
「あんた、あんたがアル中で矯正施設に入れられたら、土地も預金も全部兄さんたちに取られちゃんだからね。酒やめたらどうよ」
などと臆面もなく遺産狙いの意図をあからさまにされました。さらに
「あんたのお父さん、私の体を舐めるように見るのよ。死にかけた老人に興味を持って頂いて、女として光栄だわ。遺産相続でもこっちに強みがあるわ」
と、たまたま美しく生まれついた偶然を、相続の武器に使うことも辞さない下賤なお考えを示されました。
外面如菩薩、内面如夜叉
とはあなたのような方のことを言うのであろうと考えてしまいました。
ところがどうでしょう。最後まで見ると、実はあなたは、土地もお金もいらない、欲しいのはブリックの愛だけ、などといういじらしい女性に変身していらっしゃるではありませんか。外面だけでなく内面も菩薩でありました。
でも、だとしたら、最初に私が見た夜叉は、あれ、いったい何だったのでしょう?
「熱いトタン屋根の猫」は、テネシー・ウイリアムスが舞台のために書いた戯曲を映画化したものだそうだ。なんでも、原作ではブリックさんはホモセクシュアルであるとか。その部分が映画では削ぎ落とされたため、テネシー・ウイリアムスさんはたいそう失望されたという。
映画は、すべての誤解が解けたブリックとマギーが、さてこれから子作りしようか、というところで終わる。原作は読んでいないし、もちろん舞台も見ていないけど、ブリックがホモだったら、ブリックとマギーの仲は、結婚生活はどうなるんだろう?
…………、想像を絶する世界である。
【メモ】
熱いトタン屋根の猫 (Cat on a Hot Tin Roof)
1959年4月公開、108分
監督:リチャード・ブルックス Richard Brooks
出演:エリザベス・テイラー Elizabeth Taylor=Maggie
ポール・ニューマン Paul Newman=Brick
バール・アイヴス Burl Ives=Big Daddy
ジャック・カーソン Jack Carson=Gooper
ジュディス・アンダーソン Judith Anderson=Big Mama
アイキャッチ画像の版権はMGMにあります。お借りしました。