2023
08.09

私と朝日新聞 名古屋本社経済部の6 中内功さん

らかす日誌

ある日、スーパー、ダイエーの創業者、中内功さんにお目にかかるために神戸の本社まで出かけた。

私の担当範囲はダイエーにまでは及んでいない。出かけたのは、ダイエーの広報担当者に誘われたからである。
広報マンとはなかなか働くもので、わざわざ神戸から名古屋までやって来て、各社の流通担当記者と付き合っていた。本社は神戸なのだから地元の記者だけという付き合い方もある。あるいはすでに大会社だったのだから、東京、大阪の流通担当記者を攻めるという選択もある。もちろん、それはおやりになっていたのだろう。その上、ダイエーを取材することなんかまずなさそうな名古屋の記者にまで気を配り、足を運ぶ。実に立派なサラリーマン根性である。

付き合い、といっても喫茶店でお茶を飲む程度だったと思う。何度か会っているうちに、

「大道さん、中内社長に会いませんか」

と打診された。

中内功さんといえば、流通業界の大立て者である。小売業の立場から薄利多売の流通革命を仕掛け、その先駆けである「主婦の店ダイエー薬局」の開店前夜は、近隣商店の嫌がらせを防ぐため、木刀を持って店に泊まり込んだという武勇伝の持ち主だ。流通革命はさらに歩を進め、問屋を中抜きしてメーカーからの直接仕入れを実現して小売価格を下げた。あの松下電器から、松下が指示する価格での販売を求められたが拒否して出荷を止められると、ダイエー独自ブランドの家電を売り出した。確か「BUBU」といった。

名古屋で流通担当をしていれば、ダイエーを取材することはない。企業としてのダイエーの動きに目を光らせるのは、大阪、あるいは東京の流通担当記者のの仕事である。だから、私が中内さんに会っても仕事にはならない。
だが、私だって流通を担当しているのだ。やっぱり偉人には会ってみたいではないか。
そんなわけで神戸まで出かけた。

本社の社長室でお目にかかった。1時間ほどの取材であったが、こちらはまだ毛も生えそろわない経済記者。流通担当とはいいながら、流通の何たるかに思いを馳せたことなどほとんどない不勉強な野郎である。さて、その1時間で何を問いかけ、中内さんにどんな答えを頂いたのか、全く記憶にない。中内さんからして見たら、無駄の極みの1時間であったろう。
いまさらながら、中内さん、ごめんなさい。

だが、1つだけ記憶に深く刻まれている質問がある。
中内さんは大企業、ダイエーを率いる人である。お金持ちのはずである。それなのに、お召しになっているスーツが、何とも安っぽい。こんなくたびれたスーツを着た大企業の社長さんにはお目にかかったことがない。
私は、おずおずと聞いた。

「あのう、社長がお召しになっているスーツは、どこで仕立てられたんですか?」

中内さんは怪訝な顔をして私を見た。恐らく、こんな質問を受けたのは初めてだったのではないか。

「これか? これはダイエーで売っているロベルトだよ」

ロベルトとは、ダイエーのオリジナルブランドのスーツである。価格破壊を推し進めるダイエーが、自らは工場を持たない製造業になって作ったオリジナルブランドだから、当時としては安かった。3万円か4万円程度の価格だったと記憶する。品質は価格相当、ではなかったか。

思わず、私は口走った。

「えっ、ダイエーの社長がロベルトを着るんですか?」

中内さんはお金持ちのはずである。だったら、経営者の制服であるスーツには金をかけるはずだ。1着30万円、50万円かけて銀座の英國屋で仕立てたっておかしくはない。それなのに、一介の記者である私ですら、

「このスーツ、ちょっと安っぽいかなぁ」

と購入を躊躇するロベルトを着ている。

「君ねえ、社長の私が使えないものをお客様に売るわけにはいかないだろうが。私はいつもロベルトだ」

ダイエーが目覚ましく成長した秘密が分かった気になった。自分が使えないものを客に売るわけにはいかない。口先で客をごまかして売りつけようという商売人も多い中で、まさに商人の鏡である。頭が下がった。

その日は確か、ダイエーの広報の方に夕食をご馳走になった。

「大道さん、ステーキ、どうですか」

案内されたのは、ダイエーが経営するフォルクスだった。ダイエーは、牛肉価格を下げるために生きた牛を買い取って解体したり、オーストラリア産の子牛を沖縄に運んで飼育したりしていたから、ステーキを安く食べられるフォルクスの経営もその流れだろう。記者のもてなし方もやっぱりダイエー流であった。中内さんも、ステーキを食べる時はフォルクスに明日を運んだのだろうか。味は、まあ……。

それからしばらくして、名古屋の証券取引所で決算発表卯が相次いだ。名古屋に本社があるスーパー、ユニーもその1社だった。当時の西川社長が数人の部下を引き連れて顔を見せた。

「前期の売り上げは〇〇円で……」

一通りの説明が終わった後、私は聞いてみた。

「西川さん、いいスーツを着ていますね。それはどこで?」

「ん? このスーツ? 銀座じゃなかったかなあ」

「ユニーもスーツを売っていますよね。ユニーで売っているスーツは着ないんですか?」

「いや、私は社長だよ。あんなものは……」

それを受けて

「ダイエーの中内さんは……」

と口にする勇気まではなかったが、それにしても、だ。私とは、何とトンチンカンな質問をする記者であったことか。会社の経営と、経営絵社が着るスーツとがどんな関係にあるというのか?

いまユニーはドン・キホーテのの子会社である。

私から、

「この野郎!」

と腹がたつような質問を受けてしまった方々に、この場を借りて謝罪しておく。