08.13
私と朝日新聞 名古屋本社経済部の10 ソアラという車
1981年、トヨタ自動車工業は高給クーペ「ソアラ」を発売した。
「ソアラ」はトヨタとしては画期的な車だった。それまでトヨタは、コスト重視の車作りを続けてきた。車毎にマーケティングで店頭での価格を決め、何が何でもその価格を実現する、。ここにもう少し高級なパーツを使えば性能が上がる、と思っても、
「開発費には限りがある。それに、その部品を使えば価格もいまの予定より上がる。ダメだ」
といいわれるのが常だった。
ところが、「ソアラ」に限っては、開発費は天井なし。とにかく、一番いい車を作れ、という方針で生み出された、と喧伝された。
「ふーん、ソアラね」
あまり関心はなかったが、ある日、トヨタ担当のSuさんが
「ソアラで続き物をやろう」
と言い出した。ソアラを通じてトヨタの車作りを点検しようというのだ。そして
「大ちゃん、君も1本書いてよ」
と声をかけられた。断る術はない。私は金融担当をしながら、トヨタの取材を始めた。
車の技術を取材するのである。私は車が好きだ。日頃から思っているトヨタ自動車への飽きたらなさを点検してみようと思った。広報を通じて沢山のトヨタの技術者に会った。
遺憾なことに、スクラップブックをめくっても、その記事が出て来ない。だから、ここでは取材の想い出を書く。
車のシートの取材に応じてくれたのはどなただったろう。話はすこぶる楽しかった。
——トヨタを含めた日本車のシートって、出来がよくないですよね。
私がまず口火を切った。
「あなたは何に乗っているんですか?」
——フォルクスワーゲン・ビートルです。
「なるほど。確かに、ビートルを含めたヨーロッパの車に比べて日本車のシートは遅れています。畳の文化と椅子の文化の違いとも言えます」
——なるほど。
「とことであなた、理想的なシートって分かりますか?」
——いや、分かりません。
「人間のお尻は、固い平面に座って初めて落ち着くようにできています。人間の歴史を考えれば、地面に座るか、それとも木の切り株に座るか、しかなかった時代が長く続いて、そんなお尻になりました」
——確かに。
「だから、車のシートの理想型とは、お尻にあたる部分は人が座っても変形しないシートなのです。そままでは木製のベンチのようになってしまうので、お尻を乗せる平らな板が状況に応じて上下するようにするのが理想なのです。ヨーロッパ勢はそれが分かっている。もちろん、国情に応じてシートは違う。石畳の多いフランスの車は、表面は柔らかい。石畳を走る時の振動を人に伝えないためです。でも、その柔らかさの先には堅い板のような部分が埋め込まれています」
——確かに、ビートルのシートは固いですね。しかし、トヨタを含め、日本車にはそんなシートはありません。
「そうなのです。日本のお客さんはディーラーで車を見る時、ドアを開けてシートに指を突き立てます。そしてフンワリを指が潜り込むと『高級なシートだ』と判断します。だから、私たちは理想のシートを作りたくても作れない」
——ヨーロッパにはいいシートを乗せた車が沢山ありますが。
「それは知っています。だから、ヨーロッパのあらゆる車を買って、シートをばらしてコンピューターで解析して、全く同じシートを作ろうとしたこともあります。でも、できないんです。理論上は全く同じシートのはずなのに、座ってみると明らかにヨーロッパのシートの方が心地がいい。座ることの歴史の差、としか思えません」
——シート作りってそんなに微妙なんですか。
「ところであなた、アウトバーンを走ったことがありますか?」
——ありません。
「私はドイツに勤務したことがあります。すぐ近くに大学の先生がいて仲良くなった。ある日、彼が『BMWの新車を買った。一緒にドライブしないか?』と誘ってきました。喜んで助手席に乗せてもらったんですが、一般道を走ってアウトバーンに入ると、こんなにでかい足でアクセルを床までペターンと踏みつけるのです。見る見る車は150㎞、200㎞になります。ドイツ人って、車で移動する時も、移動時間を正確に読むんですよ。アウトバーンには速度制限がないからそれができる。時間通りに移動しようと、でっかい足でアクセルを床まで踏む。こんな生活文化も、車作りに影響しているんです。ソアラは、やっとその文化に、少し近づいた車ということができると思います」
次はエンジン担当の常務(専務だったか?)。
——ソアラには2800cc、6気筒の5M-GEUを登載されました。凄いエンジンだと聞きます。ところで、エンジンを開発される立場から、理想のエンジンとはどんなものですか?
「トヨタの工場を出たら、誰も触れないように密封したエンジンです。我々は最高のエンジンを作り出した。例え整備工場といえども、手を加えられると特性が変わる。だから、触られたくないのです。ソアラに積んだエンジンはまだ触ることができますが」
デザイナーだった岡田さんには、ご自宅を夜訪問して話を伺った。
——ソアラには開発予算の制約が一切なかったと聞いています。デザイン部門でもそうでしたか?
「はい、金はいくらかけてもいい、ということで作業を進めました」
——ということは、最高傑作だと?
「持っている力をすべて注ぎ込んだと思っています。ご覧になっていかがですか?」
——発表会場で、いろんな角度から見せてもらいました。個人的にはフロント・オーバーハングをもっと切り詰められなかったか、とか、トレッドをもう少し広げたらもっと安定した形になったのでは、などと感じてしまいました。
「ほう、そうですか。あなたが理想とされるデザインの車は何ですか?」
——セダンに限れば、BMWです。乗ったことはないし、何時か乗れるとも思いませんが、いつ見ても「きれいだなあ」と憧れています。
「なるほどね」
当時は知らなかったが、岡田さんは桐生の出身である。夜自宅まで押しかけて、失礼な質問を連発した朝日の記者が、あれから40年以上たったいま、桐生で生活していることなどご存じないに違いない。
しかし、ソアラの取材でお目にかかった技術者の方々のお名前はほとんど忘れたのに、岡田さんの名前だけは不思議に覚えている。桐生に来たのも、何かの縁があったのだろうか?