09.05
私と朝日新聞 東京経済部の5 質問をしろ!
「大道君、君は記者会見で質問してるかね」
夜の遅い時間、会社の経済部に顔を出した私に話しかけたのは、Haデスクだった。何でも私の大学の先輩だと、誰かに聞いたことがある。驚いたことに、この人がのちに朝日新聞社長になるのだが、私は予言者ではないので当時は知るはずもない。ご本人も意欲はお持ちだったかも知れないが、なれるという自信はお持ちではなかったころの話である。
「まあ、聞きたいことがあれば質問しますが」
そんな答えをしたと思う。
「そうかね。でもな、1つの記者会見で、少なくとも1回は質問する、という風にしたらどうかね」
なるほど。それはそうかもしれない。よし、そうおしてみよう。
「それに、だよ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、というだろ。聞いていて分からないことがあればその場で聞くんだ。『ほかの連中は知ってるかも知れない。こんなことを聞いたら恥をかくんじゃないか』なんて考え、あとでそっと聴きに行こうと思っていると、結局聞き忘れたりしてろくなことにならない。分からなければその場で聞く。僕はそうしてきたけどな」
これも、なるほど、である。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。なかなかいい言葉ではないか。これも実行しよう。
それからしばらくしてのことである。つまらない統計の発表だった。担当課長の発表の中で、理解できない言葉があった。具体的には覚えていないが、私は手を上げた。
「済みません。今おっしゃった〇〇とは、何のことですか?」
私は、私が知らないから聞いた。その瞬間である。部屋の雰囲気がガラリと一変した。発表を聞いていた記者の8割が、何となくホッとした表情を浮かべたのである。
それは、私の勝手な思い込みだったかも知れない。しかし、人の視野角は120度程度といわれるが、私に見えていた記者の8割の肩の力が抜けたように感じたのだ。ホッという声さえ聞こえた気がした。
「ああ、そうなのか」
と私は思った。この人たちも「〇〇」が何のことか分からなかったのだ。分からなくても、恥をかきたくないから質問をせずにやり過ごそうとしていたら、私が質問した。
「ありがたい。よくぞ聞いてくれた!」
とでも思ったのではないか。
それ以来、私は「知らないこと」を恥だとは思わなくなった。確かに、知識は幅広い方が良い。しかし、この世のことをすべて知るなどは不可能なことである。分からないことは、分かっている人に聞けばよい。相手が目上であろうと目下であろうと関係ない。私は素直に質問する。私の知らない分野に知識を持つ人は私の師である。
それは、記者としての私というより、人間としての私の基礎となった。Haデスクとはその後いろいろな触れあいがあり、結局はうまく行かなかったが、この一事は心から感謝している。
ついでに書いておこう。
記者という仕事すれば、数え切れないほどの記者会見を経験する。役所にしろ企業にしろ団体にしろ、マスメディアを通じて何事かを国民に広く知らせたいと思えば、記者会見を開く。
記者会見に臨む記者の原則は、まずは発表の中身を正確に理解することだ。分からないことがあればその場で質問して明らかにする。
しかし、それだけでは記者は単なるポーター(運び屋)にすぎない。発表者が国民に届けたいと思っている情報を国民、新聞なら読者、テレビなら視聴者まで運ぶだけである。
記者はポーターに留まることなく、少なくともレポーターにならねばならないと私は考える。レポーターになるには、発表の中身を正確に理解した上で、発表の中身を点検する目を持たねばならない。矛盾はないか? 向かおうとしている方向に問題はないか? 発表者が見落としている視点はないか? 発表の中身を理解したら、次はそのような点を質さなければ満足のいく記事にはならない。
「いやなことを聞く記者だな」
と発表者に思わせるような記者にならねば読者の期待に応える記事は書けないのではないか?
私自身を振り返れば、
「お前が出来なかったからそんなことをいうんだろう。ない物ねだりじゃないか?」
だといわれても仕方がないが、このごろ、そんな気がしている私である。現役諸氏に期待するのだが……。