2024
01.27

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の9 2冊の本が届きました

らかす日誌

先日Amazonに注文した栗原さんと赤池さんの本が届いた。「お医者さんの食卓」(朝日新聞社)と「ものづくりの方舟」(講談社)である。

「お医者さんの食卓」はあとがきによると

「この本は朝日新聞『ウイークエンド経済』に連載したコラム『食楽考』をまとめたものである。1995年4月から97年3月まで、2年間の連載だった」

とある。そして、私が初めて栗原さんに会いに行った時のことを

「新聞の編集者は、最初だれか適当な人を紹介してほしいとか、とりあえず2,3ヵ月でなどと、どこか曖昧な態度で私にアプローチしてきた。ただの食いしん坊にすぎない私に『食』のコラムが書けるかどうか、不安に思ったのであろう」

と書いてある。前に書いたように、確かに私は、適当なライターを紹介してほしくて栗原さんを訪ねた。決して「曖昧な態度」ではない。明確な態度である。そして、「とりあえず2、3ヵ月」の連載などはありえない。栗原さんには初めて、しかも専門外の稿を書いてもらうのである。当初不安だったことは確かだが、いくつか読ませてもらった原稿で私の腹は固まっていたと思う。
しかし、人の記憶とは時間とともに食い違っていくもののようだ。栗原さんはこのように記憶し、私は前に書いたように記憶する。面白いものである。

その栗原さんがどんな原稿を「食楽考」に書いていたのか。1つだけ紹介しよう。栗原さんお断りはしていないが、きっと許して頂けるはずである。

死の四重奏

花曇りの空に誘われて、新宿の都庁のわきを歩いてみた。
パリのノートルダム寺院を思わせる白亜の大殿堂。いつも思うのは、こんなに巨大な建築物をあちこちにつくり続けて、建築費や維持費がどうなるかということだ。結局は税金としてツケがまわるのだろう。
両極端が隣に並ぶのは、これは因果の連関があるためだろう。ニューヨークだって五番街の繁華とハーレムの貧困とは隣り合わせになっている。人間の貪欲が生んだ「双生児」なのだ。ただわれわれの飽食が豪華な都庁の幕の内弁当程度で、段ボール族もホカホカ弁当を食べているのなら、どうせ似たような「中流」で、その中流意識が日本の社会を支えて、崩壊を防いでいたとも言える。だからわれわれは、アメリカ人よりまだしもスリムだと喜んでいい。
しかしわが国でも肥満のために成人病患者が増えているようだ。こんなに大勢の人たちが飽食できる社会は、人類史的にはまったく異様な現象なのである。ちなみに人間のからだは、飽食を長く続けられるようにはできていない。その証拠に、飢餓に耐えるホルモンは何種類もあるが、食べすぎを処理するホルモンは、インシュリンだけなのである。
長い飽食の結果、インシュリンが使い果たされると、①上半身肥満、②血糖値の上昇傾向、③高中性脂肪血症、④高血圧という、アメリカの内分泌学者カプランが言う「死の四重奏」の状態になってしまう。栄養は満ち足りても、細胞の飢餓が癒やせないのである。そんな患者が多くなって、社会もまた同様に死の四重奏のために息も絶え絶えなのである。
最近は健康食ブームであるが、そこで私が嫌いなのは、ナルシシズムのにおいである。自分だけグルメになって、鉄人料理を飽食していれば、マジックのように自分だけ幸せで健康になれるという幻想で暮らすことになるからだ。
阪神大震災では、みなが乏しい食料を分けあった。危機的な状況でこそ、人間本来の生きる姿が明らかになる。社会の激変が予感されるとき、自分の遺伝情報を担うDNAを後世に残すのに、自己愛的な飽食を続けていいのだろうか。文化・社会とも深く関わる「食と健康」をもっと多面的な角度から知る必要はないのだろうか。

これが「お医者さんの食卓」の最初に出てくる原稿である。新宿から始まってパリ、ニューヨークと部隊が移り、やがて人間の体の話になって阪神大震災まで出てくる。この縦横無尽の筆の進め方が栗原さんも真骨頂である。最後の段落から見ると、「食楽考」の最初の原稿でもあったのではないかと思われる。だとすれば担当デスクの私が最初の読者で、ひょっとしたら一部に筆を入れたかもしれないが、全く記憶にない。栗原さんの本はこのあと、

・断食の快感
・ボツリヌス菌の恐怖
・テンプラの揚げ方
・アワビの踊り焼き

などと続いていく。古本で良ければ、まだAmazonで手に入る。私は送料込みで409円で入手した。

「面白そうだ」

と思われる方は、是非1冊、手元に置いて頂きたい。

赤池さんのコラムについては、記憶違いをしていた。「ものづくりの方舟」は本のタイトルで、ウイークエンド経済での連載は「匠の博物館」だったとあとがきにある。訂正してお詫びする。そして、「ものづくりの方舟」は「匠の博物館」、「技術の風土記」(さくら銀行の機関誌「さくらあい」に連載)、「技の方舟」(JR東海の機関誌「月刊ウェッジ」に連載)をもとに、新しく書いた本のようだ。嬉しいことに、

「朝日新聞ウイークエンド経済編集部におられた飯田栄一さん(=編集長)、大道裕宣さん、大塚恵一さん(=私のあとの担当デスク)には、連載時、本書執筆時にわたりタイへお世話になりました」

と書いてあった。それほど世話をしたという記憶はなく、むしろ楽しませてもらったと思っている私だから、過分のお言葉である。

「ものづくりの方舟」については、ウイークエンド経済に連載した原稿とは全く違ったものだから、引用することは原則として差し控える。ただ、2だけ書いておきたい。

①連載中の大事件であった法隆寺については、この本では触れられていないようだ。まだ読み終えていないので断言はできないが、パラパラとページをくっても発見できなかった。残念である。

②桝谷英哉さんの「クリスキット」が登場する。これは私が紹介して書いてもらった記憶がある。その部分だけ抜き出すと

「『アンプとは、入力信号として入力されたものを、できるだけ素直に増幅すべきである」
この当たり前のコンセプトを守ってつくられた「クリスキット」というアンプがある。神戸市のクリスコーポレーションの桝谷英哉代表が開発したオーディオのパーツセットだ。桝谷氏は回路設計家であり、ギターやバイオリンの制作もある。
このアンプをつなぎ、音を聞いて驚いた。雑音をカットするための知恵が様々に込められているのだ。まず、最初の抵抗が一般アンプに比べて小さい。最初の大きな抵抗でノイズを発生させると、のちのちまでその音が残留するからだ。また、抵抗部品は、水分が多いほどノイズを発生させる。そのため、十分に焼き入れをした精密測定器用の抵抗を使っている。基盤には、エポキシ樹脂を使ってノイズの拡散を防ぎ、回路の配線自体の抵抗値も計算した、素直な設計になっている。ノイズの出る可能性をすべてたたいていこうという発想である。価格は、4万4900円。そもそも電源トランスとコンデンサー、抵抗、基盤などだけでつくられる単純なアンプが、数十万円もすること自体が異常なのだ。
消失なパーツを使って単純につくる——クリスキットには、このような技術思想がたたえられている」

以上、ウイークエンド経済デスクとして私が関与した2冊の本をご紹介した。「ものづくりの方舟」ももちろんAmazonで入手できる。私は送料込み398円で買った。皆様もよろしければご一読頂きたい。

うん、あのころはやっぱり楽しんで仕事しこなしていたな!