05.31
うそのような本当の話
桐生市内の友人、Maさんから電話をもらったのは昨日の昼前だった。彼から電話をしてくるとは珍しい。
「大道さん、突然音楽が再生できなくなったんだけど」
普通なら、相手が知人であろうと友人であろうと、そのオーディオシステムに不具合が起きても私には何も痛痒もない。勝手に修理すれば、というところである。ところが、MaさんのSOSは無視できない。大変に敬愛する友人だからだけではない。彼が使っているのはRaspberryPiとその上に直結するDacカードで私が作り、彼に譲ったネットワークプレーヤーだからだ。その不具合は放っておけない。
「どうなったの?」
と聞いてみた。
このネットワークプレーヤーはvolumioというオーディオ再生に特化したOSで動く。WiFi の環境が必要で、操作はパソコンやスマホのブラウザで行う。そのどこに不具合が起きたのか?
聞くと、volumioにはアクセスできる。聞きたいアルバムを選ぶこともできる。ところが、選んでも再生が始まらない。つまり、音楽が聴けないのだという。なるほど、それはお困りでしょう。
電話を受けたのは、前橋市のけやきウォークだった。昨日は妻女殿のが前橋日赤で定期検診を受ける日で、妻女殿を病院まで送り届け、診察が終わるのをここで待っていたのである。
「というわけで、今は動きが取れないのよ。戻ったら電話をするわ」
電話を切ってあれこれ考えた。私も同じようにRaspberryPiを使ったネットワークプレーヤーを、もうかれこれ10年前後使っている。桐生が誇る刺繍作家、大澤紀代美さんにも彼女のギャラリーで同じシステムを使って音楽を楽しんでいただいている。両方で時折トラブルはあるが、こんなトラブルに見舞われたことはない。いったい何が起きたのか?
最初は、ひょっとしたらアンプの電源を入れるのを忘れたのかと考えた。Ma氏ももう71歳。私の同世代である。日常生活で様々なミスがあっても不思議ではない。
しかし、volumioを操作するブラウザの画面でも再生しているという表示は出ないといっていた。volumioの画面左には輪っかがあり、音楽の再生を始めると上から右回りに太い線が伸びるのだが、太い線がないのだといっていた。
では、原因は何だ? なにか設定を変えたためか?
しかし、Ma氏は理系で、もと教壇に立って生徒たちに授業をしていたにもかかわらず。デジタルを苦手とする。
「俺、文系のア法学部。あなたは理系だろ? ITについてはあなたが私の教師になってもいいんじゃない?」
と時折からかってみるが、デジタルお世界での私と彼との力関係は一向に変わらない。だから、彼がvolumioに設定を変えるはずはない。それとも、何らかの事故で設定が変わってしまったか?
しかし、その場で出来るアドバイスは、せいぜい
「再起動してみたら?」
程度しかなかった。
午後3時過ぎに自宅に戻り、Ma氏に電話を入れた。来客があるとのことで、volumio問題は今日に持ち越された。
今朝、まずは電話でMa氏のvolumio設定を確かめた。私は我が家のvolumioの設定を見る。Ma氏は彼のvolumioの設定を見る。私のシステムは正常に動いているから、私のvolumioの設定と同じ設定をすれば正常に動くはずである。
1つ1つ確かめた。違いはなかった。そして、Ma氏の部屋では相変わらず再生が出来ない。困った。
困りながら私は、チャットGTPにお伺いを立てた。まずはこんな質問である。
「昨日まで正常に作動していたvolumioが突然おかしくなりました。音楽の再生が出来ません。どこをチェックしたらいいでしょうか?」
いくつかのチェック項目が並んだが、どれもピンと来ない。2つ目の質問はこうだ。
「ブラウザからvolumioにアクセスすることは出来ます。音楽ライブラリからUSBを選び(NAS は使っていません)、一覧表示から再生したいアルバムを選んでclear and playと進むのですが、そこでなんの反応もなくなります」
これにも6項目の指摘があった。まだまだだ。3つ目の質問は
「昨日まで正常に再生できていたので、1から3は問題ありません。状況からすると、再生自体が始まっていないということになります」
である。こんな回答が戻ってきた。
1,Volumioを単純に「Reboot」
2,ライブラリを「Rescan」して「Clear and Play」
3,別ブラウザや別端末で操作
4,SSHが使えるなら MPDを再起動
5,ダメなら「Factory Reset」
私はSSH、MPDなどといわれても何のことか分からない。別ブラウザ、別端末というのは、Ma氏は多分、パソコンとスマホで試みているはずだから無視して良い。Factory Resetとはvolumioのすべての設定を初期化することだから出来れば避けたい。とすると、とりあえず出来るのは1と2である。
「Maさん、まずvolumioを再起動してみて。それでダメなら、マイミュージックの画面から再スキャンしてみてください。私はこれから自宅を出ます」
そう電話をして、私はMacBookを持ってMa氏宅に向かった。MacBookはチャットGTPにお伺いを立てるためである。Ma氏のパソコンはウインドウズだから使いたくないのだ。
向かいながら
「ラズパイオーディオ(RaspberryPiを使ったプレーヤーをそう呼ぶ)について、俺以上に詳しいヤツがどこかにいないか? いななあ。今の付き合いの範囲では私がラズパイオーディオの大御所だもんな。でも、ほんとはよく知らないのよ。さて、Maさんの問題が解決できなかったらどうする? 市販のネットワークプレーヤーを勧める? でも、昨日前橋の紀伊国屋で見た雑誌だによると、50万円前後していたもんなあ。一時は10万円前後で高級なDacチップを使った製品もあったが、最近は見なくなった。あれらは多分中国製だから、信頼度は低かったが。その中国勢もいなくなったところを見ると、ネットワークプレーヤーって売れていないらしい。だが50万円。Maさん、そんな金、出すかなあ?」
などと考えていたのである。
彼の家では、いつも愛犬2匹のほえ声に迎えられる。多分、私を歓迎していないのだろう。おいおい、お前たちのご主人がお困りになっているから来たのだぞ。そんな迎え方があるか! と叱りつけたいが、しょせん相手は畜生である。私の思いなど理解できるはずもない。その吠え声を無視して、私はずかずかと上がり込んだ。
「どう、やってみた?」
「再起動はしたけど、ダメだった。だから再スキャンしているんだけど」
ステレオのある部屋に入り、彼がvolumioを操作しているパソコンに向かいあった。さて、どんな具合で再生が出来ないのか。それを確かめなければ、チャットGTPに何を聞けばいいのかが分からない。
画面にはクラシックのアルバムがずらりと並んでいた。私は最近QUEENにはまっているが、ここにはQUEENを聞きにきたのではない。Ma氏のネットワークプレーヤーの不具合を、何とか出来れば何とかしてあげようと思ってきたのだ。再生するアルバムは何でも良い。適当に選んでclear and playをクリックした。
えっ!
2人で顔を見合わせた。左右に置かれたTannoyのスピーカーから、朗々と音楽が流れ出したではないか!!
「あれ、Maさん、お宅のオーディオは人の顔を見るらしいね。あなたがどんなにやってもダメで、私が来ると正常に働き出す。あなた、嫌われているんじゃない?」
とはとっさの冗談だが、本当に私が操作したら突然正常に戻ったのである。うそのような本当の話、その1である。
となると、うそのような本当の話その2,をご紹介せずばなるまい。
Ma氏の話によると、私に電話をする1、2日前、彼は自宅に客を迎えた、オーディオ自慢方々、
「何か聴きたい音楽は?」
と聞くと、脚は
「モーツアルトのレクイエム」
と答えた。よっしゃ、と再生しようとしたら、突然、再生不可能になった。これが私に電話をするまでのいきさつである。
「ということは、あれ、あなたのネットワークプレーヤーはレクイエム(葬送曲)の再生を名いられた瞬間に死んじゃったってこと?」
コンピューターで操作される音楽再生装置が、再生を命じられたアルバムに殉じて死に、私の顔を見て再生する。現代の不思議である。
もっとも、多分こういうことだろう。
RaspberryPi使ったネットワークプレーヤーはUSB接続されたHDD内の音源をアナログにして再生する。その際、RaspberryPiのOSが書き込まれたマイクロSDカードに索引を作る。操作画面で私たちが見るのはその索引で、
「このアルバムを再生しろ」
と指令を受ければHDDに蓄えられたflacファイルを引っ張り出して再生する。
そのような仕組みを考えると、Maさんがレクイエムを再生しようとした時、彼のミスか、あるいはほかの要因かは不明だが何らかの電気信号が流れ、マイクロSDカード内の索引と、HDD内の音楽ファイルのつながりが断たれた。そのため、いくら命令されてももとの音楽ファイルが見つからず、音楽の再生が出来なかったのだろう。再スキャンして索引と音楽ファイルの絆を結び直したのから、正常に動き始めたのではないか。
2つの「うそのような本当の話」は決してポルターガイスト現象ではなかったと思いたい私である。