07.07
これも書いておくべきだった
前回の原稿で書き漏らしたことがある。私が就任前の荒木市長に
「市議選に立候補しなかった森山君の件で、あなたとの密約、つまりあなたが当選したら副市長になるという密約があるという噂が私の耳にも届いている。本当かどうか知らないが、もし、そんな副市長人事をしたら大変なことになるよ。それだけは胸に納めておいて欲しい」
と告げたことは書いた。しかし、
「大変なことになる」
と私が言った中身を書き忘れていた。
私に予言能力はない。だから今回のような事件の発生が頭にあったのではない。伝えたかったことはこうである。
副市長という公人の人事は、公明正大でなければならない。多くの市民が納得するものでなければならない。いや、副市長人事をいちいち吟味する市民などごく少数だろうが、少なくとも疑惑を持たれる人事をしてはならない。
その観点からすると、市長選挙が始まる前から
「森山さんはどうして市議選に出ないのか?」
という人たちがいた。出ないのなら、何か理由があるはずだと彼らは考えた。が疑ったのは荒木氏との密約である。
選挙前から、荒木氏の当選は確実視されていた。森山氏は荒木市長が誕生すれば副市長にしてもらえるという確約があったから、市議選に出なかったのではないか?
という疑いである。
そんな疑いを複数の人から聞いた。新聞記者だった私なら、何か確実なことを知っているのではないか? と期待されたのだろう。残念ながら、2019年の市長選挙の際、私はすでに新聞記者ではなかった。何の取材もしていないから、期待に応えることは出来なかった。
しかし、疑いとしては筋が通っている。だから、冒頭に書いた荒木氏への忠告をした。こんな、権力を私物化するような副市長人事をしては、市政に対する市民の信頼は地に落ちると考えた。
もうひとつ理由がある。市長とは政治家である。猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙で落ちればただの人だ。だから、誰からも嫌われないように八方美人になりがちである。あの人の言うことにも、この人の要望にも
「はい、分かりました。何とか考えます」
などと言ってしまうのがおおむねの政治家である。
市には様々な要望、陳情が寄せられる。政治家である市長はどんな要望、陳情もむげには出来ない。出来ないと明言してしまえば次の選挙が心配になるのだ。
その市長をいさめるのが副市長の役割の一つである。様々な要望、陳情に対して
「それは制度上の問題があって出来ません」
「おっしゃることは理解できますが、いまの市の財政状況では何ともなりません」
など、正論による防波堤を築くのが副市長なのだ。
ところが、森山氏は長い間政治家だった。それが副市長になったからといって、法律や条例、財政状況に縛られて仕事をする官僚になれるか? おそらく無理である。とすれば、市長も副市長も要望、陳情にノーズロになる。すべて
「何とか善処します」
などと甘言で対応し、後始末は職員に丸投げすることになるのではないか。丸投げされた職員が、出来ない理由を説明しても
「市長と副市長は何とかするといってたぞ」
とすごまれたらどうしたらいいのだろう。行政は停滞し、職員のやる気は失せ、市への信頼感も落ちる。いいことはないのである。
「市議選に立候補しなかった森山君の件で、あなたとの密約、つまりあなたが当選したら副市長になるという密約があるという噂が私の耳にも届いている。本当かどうか知らないが、もし、そんな副市長人事をしたら大変なことになるよ。それだけは胸に納めておいて欲しい」
という強い忠告は、そんな思いからで出て来たものだった。
荒木氏はそれでも森山氏を副市長にした。そうせざるを得なかった理由があるはずである。何か弱みを握られていたのか? というのが誰もが抱く思いではないだろうか?
そして、思いもしなかった事件が起きた。森山副市長が辞職した。
荒木市長は自らの進退について、どんな決断を下すのだろう?


