2024-05

桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の32 記者クラブの話、の4 記者クラブ主催の花見をしようではないか!

桐生市役所の隣に市民文化会館がある。地上4階、地下1階の建物で、何となくUFOを思わせる奇抜で未来的なデザインである。古い建物が多い桐生市には馴染まないような気もするが、今回はその...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の31 記者クラブの話、の3 異動する記者に松井ニットのマフラーを贈り始めた

私の記者クラブ改革は、記者間の交流をもっと増やそう、記者同、もっと仲良くなった方がいい、というのが出発点だった、地元の桐生タイムス、県紙の上毛新聞を除けば、桐生を担当する記者は各社...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の30 記者クラブの話、の2 記者クラブ費の有効活用

記者クラブに所属すると、毎月クラブ費を支払う。もちろん会社に請求するお金で、記者個人の財布が傷むわけではない。記者クラブでの消耗品、お茶やコーヒーなどの購入、それに記者クラブに置く...
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私と朝日新聞 桐生支局の29 記者クラブの1 桐生市役所には記者クラブが2つあった

記者という仕事は何かと批判を浴びるものである。中でも記者クラブへの批判は根強い。曰く、権力・取材先との癒着、曰く、閉鎖性、曰く、情報の独占……。どれもこれも頷ける批判である。私が経...
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私と朝日新聞 桐生支局の28 海江田万里経財相をからかった話

当時の経済産業相・海江田万里氏が桐生に来たのは2010年12月13日のことだった。マフラーメーカー、松井ニット技研を視察するという触れ込みである。それはこんな記事になった。海江田経...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の27 からくり人形師・佐藤貞巳さんの話

佐藤貞巳さんのことを書こう。佐藤さんの現職は看板屋さんである。だが、看板屋さんとしての佐藤さんとの付き合いは、私にはない。あるのはもう1つの佐藤さんの顔、「からくり人形師」としての...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の26 野鍛冶、小黒定一さんの話

桐生の鍛冶屋、小黒定一さんとの縁を繋いでくれたのは、当時群馬大学医学部の学生だった斉藤悠さんである。ある日、私は前橋市の群馬大学医学部に取材に出かけた。桐生市にある群馬大学工学部(...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の25 副市長人事を相談された

亀ちゃんとの仲をもう少し書こう。桐生着任早々の私を指して「あの、朝日の大道とは呑まない方がいいぞ」と部下であるお役人に言い放った亀ちゃんが、きっかけは忘れたが、いつの間にか私の飲み...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の24 あなたは1期目の4年間、何もしていない

さて、亀山市長に戻ろう。亀山市長と私の仲が、最初の定例記者会見で遠いものになったことはすでに書いた。亀山市長にとって私は「いやな質問をする記者」だった。 彼がそう思っているのであれ...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の23 小沢のじっちゃんの話

政権交代選挙の取材で面白いじっちゃんに出会った。知り合ったのは、石関候補の桐生事務所だった。ふらりと立ち寄ったら、見知らぬじっちゃんがいた。昔の選挙では選挙事務所に行くと、酒や茶、...
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私と朝日新聞 桐生支局の22 政権が変わる選挙を取材した

自民党が衆議院選挙で大敗。民主党に政権の座を明け渡したのは2009年8月のことである。いま思えば、「いったい何が起きたのか?」といいたくなるほど、この衆議院選挙には熱気があった。自...
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私と朝日新聞 桐生支局の21 「これ以上桐生を汚すな」だって……

一騒動あったのは5月26日のことである。この日、宮古市から試験焼却用の瓦礫、4.3トンが桐生市清掃センターに届いた。ここに反対派が実力阻止行動に出たのである。反対派の動きを知ってい...
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私と朝日新聞 桐生支局の20 亀ちゃんに1000円のタバコをプレゼントした

東日本大震災の後始末、といえば表現は悪いが、どのような災害が起きようと、その後も人は生きねばならない。災害は後始末をしなければならない。被災地で大きな問題になったのが、被爆瓦礫の処...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の19 桐生市議会に、庭山由紀という議員がいた

桐生市議会に、庭山由紀という議員がいた。反骨精神の固まりのような女性で、頭脳は明晰。私が見る限り、当時の市議会では最も頭が切れる議員であった。ところがこの市議、何かと問題が多かった...
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私と朝日新聞 桐生支局の18 板橋工学部長にインタビューした

前回までが、私が放射性物質取材を始めるにあたり、勉強したことのほとんどである。ほかにも2,3冊の本を読んだかも知れないが、きれいさっぱり忘れた。忘れたといえば、この本も同じである。...
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私と朝日新聞 桐生支局の17 放射能にびくともしない人体

第6章 原発事故放射能にびくともしない人体1990年、東京で日・ソ放射線影響研究講演会が開かれた。この場で、生涯被曝量が35レム=0.35シーベルト=350㍉シーベルトを超す放射能...
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私と朝日新聞 桐生支局の16 放射線と発がん

第4章 低線量の危険と発がん機構一番気になる放射線被曝と発がんとの関係である。放射線に曝されれば曝されるほどがんになる危険が増すという専門家もいるが、著者は違うという。著者の考え方...
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私と朝日新聞 桐生支局の15 人体は放射線に弱くて強い

第3章 人体は放射線に弱くて強い放射線の人体への影響。X線が身体の組織に当たると、その中で2次電子が発生して、それが細胞をよぎると細胞内にイオン化(電離)の作用を起こす。細胞は大部...
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私と朝日新聞 桐生支局の14 放射線の人体への影響

第2章 人体への影響放射線の影響について、「直線しきい値なし仮説」というものがある。放射線は浴びないのがベストで、浴びれば浴びた分だけ悪い影響が拡大する、という考え方である。0がベ...
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私と朝日新聞 桐生支局の13 福島第一原子力発電所

暗くなったら寝るしかない日々が続いたのは、福島第一原子力発電所の事故のためである。3.11は日本の原発の安全神話が音をたてて崩れた日でもあった。「放射性物質が飛来する!」そんなこと...
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私と朝日新聞 桐生支局の12 桐生は震度6弱でした

2011年3月11日午後2時46分、突然地鳴りがしたかと思うと、家全体がガタガタと激しく揺れた。のちに東日本大震災と名付けられた大地震である。その時私は、境野町に会社が借りた1戸建...
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私と朝日新聞 桐生支局の11 専門家に聞くいじめと自殺

事件は結局、両親が桐生市と群馬県を相手取って損害賠償の訴訟を起こし、確か最後は和解が成立して数千万円が支払われたと記憶する。あの両親に賠償金。大きな違和感を感じたが、ことは司法の問...
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私と朝日新聞 桐生支局の10 テレビの記者を殴りつけたくなった

この野郎、殴りつけてやろうか、と思ったことがある。6年生の女児が自殺をした小学校の校長が記者会見を開いた11月8日のことである。場所は、確か桐生市新里支所の会議室だった。早めについ...
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私と朝日新聞 桐生支局の9 小学6年生の女児が自殺した

お断りしていなかったが、桐生での朝日新聞記者としての7年間を編年体で書くと原稿の焦点がぼやける。よって時間軸を無視したエピソード主義で書き続けることをご承知願いたい。桐生市新里町で...
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私と朝日新聞 桐生支局の8 松井ニットの話

取材というのは、まず「これは記事になる」という話をどこかで聞き込むことで始まるのがほとんどである。桐生支局で書いた初期の記事を拾っても・イタリア・ペルージャ市の合唱団が県立養護学校...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の7 桐生を盛り上げる記者になれないか?

前回を引き継げば、松井ニットとのお付き合いの話になるが、話が長くなるので後まわしにすることにした。そこで、2009年4月1日から、私はどんな仕事をしたのだろう? と思ってスクラップ...
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私と朝日新聞 桐生支局の6 松井ニットのマフラーは桐生で編まれていた!

「桐生はいかがですか?」と私に問いかけたのは市役所の広報課長、Yaさんだった。ここは正直な感想を述べねばなるまい。「いやあ、地方都市が衰退しているとは聞いていたけれど、ここまでとは...
桐生支局編

私と朝日新聞 桐生支局の5 亀山市長に嫌われた!

桐生市では、確か毎月、市長の定例記者会見が開かれる。私が初めて定例会見に出た日のことだから、2009年4月の出来事である。定例記者会見だから、テーマは市側が決める。その日は桐生市本...
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私と朝日新聞 桐生支局の4 新聞記者として再出発しました

そろそろ仕事の話に入ろう。私はスーツが嫌いである。男の魅力を引き出す道具といわれることもあるが、あの堅苦しさがいけない。ネクタイで喉元を締め付けるのもごめんである。だから、デジキャ...
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私と朝日新聞 桐生支局の3 怪文書事件について

さて、前回積み残した怪文書事件を説明しておこう。当初私が耳にしていたのは、私の前任の支局長が当時の大澤市長に関する怪文書を作った、という程度でしかなかった。赴任して支局に残されてい...
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私と朝日新聞 桐生支局の2 境野町に1戸建ての家を借りました

桐生にかかわる話は直接「いま」につながるため多岐にわたる。まず住まいのことから済ませておこう。前回書いた通り、最初に入ったのは老朽化が進んだ朝日新聞の官舎だった。道に面した貸し駐車...