2009
01.12

2009年1月12日 私と暮らした車たち・その23 ベンツC200の5

らかす日誌

予告通り、今回はベンツC200のトラブル集である。
前回私は、

「それは車からではなく、人間系、いや正確にいうとビジネス系からやってきた」

と書いた。決して奇をてらったわけではない。それをご説明する。

ベンツC200は快適だった。乗るたびに、この車にしてよかったと実感した。駅まで送れ、迎えに来い、スーパーに買い物に連れて行け。家族のあらゆるリクエストに、私は喜々として応じた。ハンドルを持つのが楽しかった。これなら、15年乗っても飽きることはなかろう。15年たったら? この分だと、ベンツ以外の車には乗れないな。次もベンツか。
ま、自ら好んで専属運転手に地位についたのである。

最初の異変を感じたのは2年を過ぎた頃だった。洗車中のことだ。
車を綺麗にしようと思えば、当然水で洗う。時には、カーシャンプーなるものでピカピカに洗う。洗い上がったら水を拭き取り、たまにはワックスをかけてやる。車をお持ちの方なら、日常的に体験されていることである。

「あれっ、この水玉模様は何だ?」

水で汚れを洗い流し、水を拭き取った直後、塗装に異変が出たのである。車全体に、直径3cmから10cmほどの水玉が現れたのだ。そこだけ、白っぽいのである。

「おかしいな?」

と思った。が、完全に乾くと水玉は消える。つまり、普段乗っているときには水玉は見えない。消えてしまうのである。だとすれば、あまり気にすることはないか。
最初はそう思った。だが、洗車するたびに水玉模様が現れるのは精神衛生上よろしくない。シュテルン横浜東に車を持ち込んだのは、異変を発見してから半年ほどたってからのことだった。

「という不思議な現象が起きるんだけど、どうしてかな?」

とは、オーナーとして当然の疑問である。なにしろ、あと2年半ほどローンの支払いも残っている。それに、15年乗るためには、トラブルは初期の段階で処理しておかねばならない。

「確かに、薄く水玉が出ますね」

我が愛車に水をかけ、拭き取った後を点検した営業マンがいった。

「いやあ、初めてのケースで、原因はよく分かりません」

まあ、それはそうかも知れない。工業製品には当たりはずれがある。何らかの原因で、特定の製品だけにトラブルの根っこが製造過程でビルトインされてしまうことはあり得る。それが、たまたま私の元に回ってきただけだ。

「ま、原因は分からなくても、症状は確認してもらったわけだから、何とかしてもらいたいんだけどね」

これも、オーナーとしては当然の要求である。まだ保証期間中なのだ。だが、この担当営業マン氏、私の逆鱗に触れる一言を発してしまう。

「といわれましても。お住まいは鶴見の方だったですよね。あちらの方は臨海工業地帯に近いし、工場から出る有害物質というのもあるし、海に近いので、その影響もあるんじゃないですか? だとすると、我々では……」

そりゃあ私は、ベンツとはいえ、当時一番安かったC200を、40万円も値引きさせて買った客である。ディーラーにしてみれば、たいした客ではない。それは重々承知している。だが、次もベンツに乗りたいと思っている客でもあるのだ。
こいつ、俺を馬鹿にするのか?

「分かった。でも、うちの近所にもベンツはたくさん走ってるんだわ。あんたがそういうのなら、私の車と同じ症状が出ているベンツを、1台でいいから探し出してきなさいよ。そうしたら、環境が原因だというあんたの説を受け入れようじゃないか。そして、とんでもないところに住んじゃったな、と諦める。でも、あんたが1台も見つけ出せなかったら、原因はベンツ側にあるということになるよ。あんたがいったのはそういうことだよね」

こいつ、頭の回転はあまり上等ではないらしい。自分で

「初めてのケース」

と言っておきながら、原因を環境のせいにするとは。語るに落ちるとはこのことである。たった一人しか発症ない公害病は存在しない、ってことぐらい分からないのかな?
だが、さすがに私の説明方法は優れていた。回転の鈍い頭にも、自分のいったことが基本的に間違っていることを理解させることができたのである。
ヤツは渋い顔でいった。

「わかりました。こちらで対処させて頂きます」

こうして我がベンツC200は、塗装をやり直すということになった。再塗装された車は中古価値が落ちるじゃないか、と突っ込むこともできたが、まあ、私は15年乗るつもりなのである。15年も乗れば残存価値はほぼゼロだろう。
虐めすぎないことにした。後に、もっと虐めておいた方がよかったか、と後悔したが。

 

3年の車検が過ぎても、我がベンツC200は、相変わらず快調だった。ホイールカバーを縁石ですったとが少しあったが、まあ、いやだったらカバーだけ買えばいい。娘が買い物に行ってパンクしたこともあったが、フルサイズのスペアタイヤを積んでいるベンツである。たいした問題はなかった。
こんなことなら、名古屋に単身赴任しているときにどうしてベンツにしなかったのか? ベンツなら毎月1回の横浜との往復もさぞや快適であったろう。そんな思いを抱いたこともある。
あのころ、私は逆立ちしたってベンツを買える経済状態ではなかったことは、自覚している。でも、こんな後悔の仕方は、なかなか楽しいものなのだ。

4年目の1年点検に出した。走りは、とにかく快調なのである。何の問題もなく戻ってくると信じて疑わなかった。点検が終わるまで、私はショールームで本を読みながら待った。

「あの、お客様」

あの営業マンが声をかけてきた。

 「あ、もう終わったの」

本を閉じ、立ち上がろうとした。

 「それが……」

それが、とはあまり響きのよくない 言葉である。この後には、肯定的なフレーズはつながらないからである。

「実は、ラジエターと冷却水タンクの継ぎ目から、ほんの少し水が漏れているようでして」

ああ、やっぱり。何かあるとは思ったけど。

「そんなに水漏れしているの?」

 「いえ、ほんの少しで、当面は影響はないでしょうが、漏れがひどくなるといけませんので修理しておかれた方がいいかと」

「そう。保証期間が切れてからで漏れ始めるなんて、優秀な車だね。でも、仕方ない。じゃあ、やってよ。タンク本体やラジエター本体からの水漏れじゃあないんだから、継ぎ目のシールドをし直せばいいだけでしょう。簡単な作業だから、それほど費用もかからないよね」

私は、水道のパッキン程度は自分で取り替える。水道管をつなぐとき、片方にシールド用のテープを巻き付けた上でもう一方の管にねじ込むことも知っている。金属やプラスチックなど固いもの同士をつないで水を流そうとすると、シールドをしなければ水漏れするのだ。接合部のネジの精度をギリギリまで高めれば何もしなくても水は漏れないだろうが、そこまでの精度を求めればコストが跳ね上がる。ビニールテープやゴムなどでシールドすれば水は漏れなくなるのだから、そこまでのコストをかける必要はない。
それが常識である。
だが、営業マン氏に常識は通じなかった。彼は思いも寄らないことを言った。

「いや、ここの水漏れは、タンクを取り替えることになっておりますので」

おいおい、接合部から水が漏れているからといって、冷却水タンクを丸ごと取り替えるって発想はどこから出るんだ? タンク自体は全く傷んでないんだろ? タンクから水が漏れてる訳じゃないんだろ?
そもそも、タンクを取り替えたって、ラジエターとつなぐときにはシールドをするだろう? だったら、シールドだけ取り替える作業がどうしてできない?

理を尽くして説明した。いや、説明しながら、私に納得できる、タンク丸ごと取り替えの理由、を聞き出したいと思った。
何も出てこなかった。

「ご不審はごもっともですが、ベンツではそのように取り扱うことに決まっておりますので」

という言葉が何度も出てきた。私は矛を収めざるを得なかった。

「じゃあ、中古の冷却水タンクを探してよ。そちらの方が安いでしょ」

 「はあ、うまく事故車が出て無傷の冷却水タンクを取り出せればいいのですが。なかなかそういうわけにも」

いくらか値引きしてくれた記憶がある。だが、6万円を超す修理費を取られた。
ベンツは修理費が高いと聞く。だが、高いのはパーツ費なのか、作業費なのか、それとも、本来取り替える必要のないものまで取り合えてしまうシステムなのか。

 

決定版のトラブルは、まもなくやってきた。

「あれっ?」

燃料計の針を見た私は、運転席で素っ頓狂な声を上げてしまった。針がゼロを指していたからである。ガソリンは1週間前に満タンにしたばかりだった。そのあと、近所を少しばかり走っただけだ。まだ5リットルだって使ってないはずだ。なのに、燃料がない?!

おかしい。どう考えてもおかしい。となると、疑うべきは燃料漏れである。あれから1週間で60リットル前後のガソリンが消え失せるには、それしか原因は考えられない。だけど、燃料タンクをぶつけた覚えはないぞ。
運転席を出て、車の下を覗き込んだ。何も漏れていない。1週間我が家の駐車場に止めっぱなしだったから、ガソリンが漏れたとすれば臭っていたはずだが、ガソリン臭をかいだ記憶もない。念のために妻に聞いたが、妻も臭いには気がつかなかったという。

「おかしいな」

再び運転席に乗り込み、キーを射し込んだ。

「あれっ?」

あるじゃないか、ガソリン! ちゃんと満タンの状態で入っているではないか!!

「俺が見誤ったのかな?」

こんな状態では、誰しも自分を疑う。私も自分を疑った。惚けが始まったのか? まだそんな歳ではないと思うが……。
己の頭脳が正常に働かなくなったのではないか、と自覚させられるのは辛いことである。だが、いくら辛くても事実は事実だ。見るべきものが見えなかった、いや、違った姿で見えたというのは脳の活動に問題が生じたと考えるほかない。
憂鬱な日々が始まった。だが、脳に問題が生じているとして、ほかはすべて正常に暮らしていけるのは何故だ? 仕事にも、何の支障も出ていないぞ?

まもなく、その疑問は解消される。再びベンツC200の燃料計がゼロを指したのである。今度は、走り出すときは4分の3ほど入っていたのに、走り出して10分もしないのに、燃料をすべて消費するはずがない!
惚けではない。故障である。

シュテルン横浜東に駆け込んだ。

 「というわけなんだけど」

今回も、あの営業マン氏が対応した。

「燃料タンクの中に残量計というのがありまして、ま、フロートですね、これが残量を検知して燃料計に送るわけです。ですから、このフロートがおかしくなっているのか、その信号を燃料計に送る電気系統に問題があるのか、だと思いますが」

その程度のことは、素人の私にだって想像はつく。

「それはいいんだけど、これ、直してもらわないと不安で走れないよね」

こうして、我が愛車はドック入りと相成った。翌日、私がディーラーを訪ねることにした。私を迎えたあの営業マンにいった。

「で、どうでした?」

ここでも、いやな言葉が飛び出した。

「それが……」

言葉は続いた。

「調べてみたんですけど、原因がはっきりしないんです」

へーっ、プロにも分からないことってあるんだ。

 「となると、フロートも電気系統も取り替えるしか手がないんですが、費用が発生しますのでご了解を戴かないと作業ができないわけでして」

この営業マン、客の神経を逆なでするのがよほど好きらしい。

 「ちょっと待ってよ。この修理費を私が負担するわけ? それ、どう考えてもおかしいじゃない。いいかい、燃料計の情報というのは、運転するのにどうしても必要な情報だよね。高速道路でガス欠なんかおこした日には事故に遭うことだってある。車の安全の基本に関わる部分だよ。その燃料計が5年もたたないうちに壊れるか? ベンツって、そんな設計をする会社な訳? 普通、燃料計って廃車するまで正常に動くものでしょうが。そうでなければ危険この上ない車になるでしょ? それが5年もたたずに壊れたっていうのは、保証期間は過ぎているかも知れないけど、初期不良の一種でしょ? その修理費用を、私が払うわけ? こんなところが壊れたって公表されるのはメーカーとしての恥じゃないの?」

 「そうおっしゃいましても、本社の方がなかなか認めてくれませんので」

 「本社が認めるかどうか、俺がどうして気にしなければならないの? 初期不良を解消するコストを本社が負担しようがディーラーが負担しようが、私はどっちでもいいの。納得できれば金は払うけど、納得できない金は絶対に払わないからね」

彼らは本社に問い合わせるといった。数日して問い合わせの答えが来た。やはり、私に払えという。
私は切れた。

「もういい。あんたの店とは付き合わん!」

40万円引きに目をくらまされてシュテルンなんぞと付き合ったのが私の間違いか? ヤナセで買ってたらどうなったろう? シュテルンはベンツ直系でできたばかりだから、本社の顔色をうかがってばかりいるのか。ヤナセは独立系だから、ベンツ本社の顔色をうかがう必要はないもんな。まあ、いまさら考えても仕方がないが。

シュテルン横浜東に絶縁状をたたきつけた私は、街の修理工場を探した。どっちみち修理費を払うのなら、シュテルン横浜東には払いたくない。
その修理工場でも、原因は特定できないという。ふむ、そんなこともあるのか。

「いまのところ、車を揺さぶったら正しい残量を示すこともあるし、そうでないこともある。だから、電気系統もフロートも疑わしいんだが、まさか解体するわけにもいかんしねえ。でも、両方取っ替えたら金がかかる。どうだろ、症状が固定するまでこのまま乗ってもらったら。燃料漏れはないので、まあ、早め早めに給油してもらったら心配はないよ。で、燃料計がピクとも動かなくなったらうちで修理させてもらうってことで」

私は、この修理工場社長の話に乗った。対処法として納得がいったからである。シュテルン横浜東は、どうしてこんな話ができないのだろう?

で、私は時々燃料計が動かなくなるベンツC200に乗り続けた。なーに、そのうち燃料計がピクとも動かなくなる。そのとき修理すればいい。この修理が終われば初期不良もそろそろ出尽くしだろうから、あと10年は楽しく乗れる。とにかく、いい車なのだ。その車を私に売ったディーラーにはあきれたが。
そう考えていた。

だが、燃料計が修理されることはとうとうなかった。燃料計がピクとも動かなくなる前に、ベンツC200自体がピクとも動かなくなったのである。
あと1回でローンの支払いが終わる、1月のことだった。