01.23
2010年1月23日 デフレ
昨日書き忘れたことがある。
靴
である。
桐生厚生病院で診察を受けるために、ぐるぐる巻きにされていた包帯が取り払われた。患部の様子を見るためには必要な措置である。
その結果、順調に治癒が進んでいることが確認され、抜糸の日程が決まった。さて、外気に触れた患部はどうなったか?
消毒され、小さなガーゼで覆われ、そのガーゼがテープで固定された。それだけである。だが、この変化は大きい。包帯がなくなった。靴が履けるようになった。
自宅に戻ると、まずスポーツサンダルを脱いだ。これもご報告しなかったが、昨夏リンを伴った散歩に酷使されたスポーツサンダルは、実はベルトが取れかかっていた……。
靴下をはき、靴を履く。もう、足元だけが寒いということはない。零下10度の冷え込みにも対応できる態勢が整った。
そして今日、佐野のアウトレットに行った。
「ズボンが足りないのよ」
昨秋、同じアウトレットで3本1万5750円のズボンを買ったことは記憶に新しい。
「買ったばかりじゃないか」
「だって、それまでのズボンがいたんできて足りなくなったんだもん」
我が妻殿は、どうやら旦那のズボンフェチらしい。抵抗するのもしんどい。二つ返事で佐野までのお抱え運転手を務めたのである。
今日のお抱え運転手は、だが、
「だったら」
と胸に期すものがあった。
「ウォーキングシューズを買おう」
19日に8針縫う怪我をして以来、ウォーキングが途絶えている。昨日から靴が履けるようになったが、足への負担を考慮して1日だけ待った。今日から歩こう、どうせウォーキングを再開するのなら、ここはひとつ、足元を本格的なウォーキングシューズで固めてみようではないか。
それがお抱え運転手の胸に芽生えたちっちゃな夢だった。アディダスにするか、ニューバランスがいいか、それともナイキか。いずれにしろ本格的なウォーキングシューズである。アウトレットでもそれなりの価格はついているだろう。予算は上限8000円と決めた。
シューズショップを見て回り、気に入ったのはナイキである。白で、上部はメッシュ。汗をかいても蒸れないだろう。
値札を見た。税込みで3675円。えっ、ナイキのウォーキングシューズが3675円? かつて待ちのシューズショップでは1万5000円とか2万円の値札が付くのがナイキではなかったか? これは予算の半額以下ではないか。
デフレのありがたさに感謝しながら、靴を1足手に入れた。もちろん、現金払いである。
「おい、ズボンはどうするんだ?」
目的の靴を手にしてゆとりが出た私は、妻に問いかけた。私の用はもう済んだが、本日はお抱え運転手である。ご主人様の用件にも配慮しなければならない。
シューズショップの前に、昨秋3本1万5750円のズボンを買ったブルックス・ブラザーズを覗いたら、昨秋と同じズボンが、やはり3本1万5750円で並んでいた。いくら何でも、同じズボンを買う気にはならない。そのあと2、3のぞいたが、気に入るものがない。
「ズボンを買いに来たんだろ?」
というわけで、ラルフ・ローレンに向かった。ここにも気に入るものがない。
「昨日まではズボンは間に合っていた。冬物をはくのもあと2、3ヶ月だ。いまあるヤツで大丈夫だろ? どうしても必要なら、また夏すぎに買えばいい」
ウォーキングシューズを格安で手に入れた私は、もはやショッピングに関心がない。一刻も早く帰宅して、この靴で歩いてみたい。
「そうねえ……」
さすがのズボンフェチも同意しかけた。で、車に戻ろうとしたときである。ある看板が目に入った。
「おい、リーバイスにはチノパンあったっけ?」
目の前に、Gパンの老舗、リーバイスの店があった。まあ、妻は私のズボンを求めてここまでやってきたのである。最後にこの店を見てみても悪いことはない。
「これ、いいんじゃない?」
あった。リーバイスにもチノパンがあった。その中に、細身の、薄緑色があった。ウエスト34、股下34。センチに直すと、ともに86である。
「いつもウエストは88cmだぞ。入るか?」
試着した。驚いたことに、入った。ばかりでなく、腹回りにゆとりがある。体重はずっと81kg台で推移している。昨秋、ウエスト88cmの3本1万5750円のズボンを買ったときと同じ体型のはずだ。ウエストだけがへこむなんてことがあるはずがない。不思議な話である。
が、入ってしまったのは事実である。
「でも、このズボン、細身でピチピチだぜ。動きにくい」
81kgの体重は腹回りだけが作り出しているのではない。その下に連なる足も、それなりに太い。
別のズボンが現れた。私から見ればノーマルサイズ、一般の眼からはややたっぷりサイズである。これは具合が良かった。ウエストは同じ86cmで、それなのに腰回りも足回りもゆとりがある。
ん? 1cmの長さって、ひょっとしたらメーカーごとに違ってる?
その1本を求めることになった。価格は税込みで3900円。昨秋買ったズボンは、1本5250円である。1350円も安い。
ウォーキングシューズの価格にデフレのありがたさを実感した私は、ひょっとしたら究極のデフレ旦那なのかもしれない。そういえば、毎日着ているダウンコートは5990円だったし、次に買うズボンは2900円か?
夕刻、リンに会いに行った。点滴でリンゲル液を入れ、食料は医師、看護婦が手で口の奥に押し込んで食べさせているのだという。食欲不振、嘔吐の原因は薬を原因とした胃荒れではないかという。その嘔吐も、今のところ止まっているそうだ。ガンの転移は見られず、血液検査では体調はそれほど悪化していない。
見た目にはあまり元気がなかった。呼んでもぼんやりした反応しか返ってこない。かつては、飼い主に似た頭脳の活発な働きが目立っていたのに。が、医者がそういうのならそういうことなのだろう。でも、そうかなあ……。
明日午後7時、退院させる。