2017
08.30

♯63 グッド・ウィル・ハンティング ―フリチンの効用(2006年6月27日)

シネマらかす

大学生のころ、私には苦手があった。

女性

である。初めて2人っきりで会う女性が、どうしようもなく苦手だった。
決して、落語「まんじゅう怖い」を衒っているのではない。まんじゅう怖いは、本当はまんじゅうが大好きな男が、怖いものはまんじゅうだと告白し、悪友たちからまんまとまんじゅうを大量にせしめる話である。
私も、女性は大好きである。だが、「女性」が苦手だったのは本音である。

何故か。
会話が続かないのである。

当時の私は、最高学府で学ぶ学生だった。インテリの予備軍、ないしはインテリの末端を汚す存在である。他人に我が知性を見せるのは義務である。ましてや、心惹かれる女には、豊かな知性、ほとばしり出る才を並べ立てなければならぬ。知性と才が備わっているかどうかは別問題である。

遺憾ながら、心惹かれる女性と2人っきりで会う機会は、それほど多くはなかった。正確に言うと、、であった。であればなおのこと、知性溢れる私を演出しなければならない。
たまに心躍る機会が訪れる。準備をする。私を演出する話題を考える。

・小泉内閣とファシズムについて
・階層分化が教育現場に及ぼす影響について
・江戸という時代の再評価について

 間違っても、テレビの高視聴率番組や、憎っくき巨人の惨めな負けっぷりを取り上げてはならない。あれは庶民の楽しみなのだ。
慎重に選んで3つも用意できれば、準備は整ったも同然である。1つの話題で20分は持つ。20×3=60分。小話を混ぜれば、彼女と一緒に過ごすはずの1時間半はたっぷり持つ。持つだけでなく、私の幅広い見識と深い知性に、彼女は愛と尊敬の念をかき立てられる……。

当日。

 「やたらと『感動した』『ぶっ壊す』などと空疎な言葉を振りまく小泉が支持される日本は、限りなくファシズムに近いんだ。一見歯切れのいいスローガンで大衆を酔わせるのはファシズムの常套手段さ。それに、多様な考え方、立場、利害を調整して進むべき方向を見つけようという民主主義のもとで、80%もの支持を集める内閣は民主主義が機能しなくなったことの表れだよ。いや、民主主義そのものの限界ともいえる」

 「ふーん。でも、私、小泉さん好きよ。格好いいじゃない!」

 「…………」

ここまで1分足らず。気を取り直さねばならない。

 「日本は戦後、世界の経済大国になる一方で、世界に冠たる平等社会を作り上げてきたよね。歴史上、様々な国が繁栄したけど、貧富の格差はひどかったんだ。いまの日本って、就職したてのOLがヴィトンのバッグを持ち歩いてる。こんな国、ほかにないよ。誇るべきさ。なのに、小泉改革とやらで貧富の格差が広がり始めた。おかげで、親の経済力が子供の進学にまで影響し始めた。金持ちの息子は高学歴になり、貧乏人の息子は大学に進めない。平等社会だったから、様々な階層から力のある人材が出てうまくいったんだよ。でも、階層が固定化するとそうはいかない。社会は衰退に向かうよ」

「難しくてよく分かんない」

 「…………」

いかん。まだ5分もたっていない。これでは5回コールド負けを喫した高校野球チームじゃないか。9回まで戦いたかった。なのに半分ちょっとでゲームセットじゃあ、泣いても泣ききれない。ましてや、まだ10分の1も時間を使っていない。これでは1回コールド負けではないか。奮起せよ!

「話は変わるけど、最近、江戸時代が再評価されてるね。すべてが使い捨ての現代と違い、江戸時代はすべてを再生可能な形で消費していた。世界に誇るべきリサイクル社会だっていうのも一つ。先物取引の原型は大阪の堂島で生まれたという指摘もあるし、とにかく300年近く戦争がなくて、浮世絵を代表とする奥の深い庶民文化が育ったし、これって日本が世界に誇るべき……」

 「お腹が空いたの。何か食べに行かない?」

 「…………」

3戦全敗

私が、世の女性たちとフランクな関係を築けるようになるには、ある覚悟が必要だった。
捨てる。自我を捨てる。衒いを捨てる。虚飾を捨てる。化粧を捨てる。無理を捨てる。すべてを捨てて、生身の自分に立ち戻る。
いいじゃないか、サンマのからくりテレビが好きでも、巨人の脱落に快哉を叫んで。何故隠さねばならない? バカにするヤツにはバカにさせればいいさ。
ある日、私はフリチンで世の中と向かい合おうと決めた。隠すものが何もなくなって、肩の力が抜けた。口がなめらかに動き始めた。

余談)
私が女性であったなら、フリマン、となる。さぞや見物人が多かろう……。

 「グッド・ウィル・ハンティング」は、世をすねた天才の物語だ。だから、ついつい、

 「へーっ、あんた、頭がいいんだ。俺たちみたいな凡夫とは違うんだから、勝手に悩んで、勝手に生きていけば? なんとでもなるだろ?」

ってな、反感を受けたりする。だが、そこでとどまっては見方が甘い。私の見るところ、これはフリチンで生きることを薦める映画である。フリチンにならなければいい人生は送れないよ、と主張する映画である。主人公ウィルが格段に優れた頭脳を持っているのは、話を面白くするための味付けに過ぎない。

ランボーは、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受けたMIT(マサチューセッツ工科大学)数学教授だ。彼がウィルの才能を見いだしたのは、まったくの偶然だった。週末、学生に出した宿題を廊下に掲示板した。正解者は校内新聞に載るという難問である。週明け、見事な解答が書き込まれていた。
優秀な学生がいるものだ。誰だ、答えを書き込んだのは? だが、誰も名乗り出ない。ん? じゃあ誰が?
犯人を探さなくては。ランボーは、さらに難しい、教授陣が力を合わせて2年がかりで解いた証明問題を掲示した。犯人への誘いである。君だったら、再び挑戦意欲を刺激されるだろ?
研究室から廊下に出た。若い清掃夫が問題の前に立ち、何か書いている。清掃夫? おいおい、いたずらはよせ。君には問題の意味もわからないだろ?

“What do you do?”
(おい、何をやってんだ?)

怒鳴りつけると、悪態をつきながら逃げていった。
でも、何を書いていたんだ? 掲示板を見た。怒りが驚きに変わった。完璧な解答があった。この難問を、あの清掃夫はものの数十分で解いたのか? だとすれば、前回の解答者もあの清掃夫……?

ランボーはこの清掃夫を探し始める。探し当てたウィルは暴行・傷害の罪で収監中だった。ランボーが身元引受人となり、ウィルの保釈にこぎ着ける。
その代わり、2つの義務をウィルに課した。毎週2回研究室に来て、数学を研究すること。それに、セラピストに会うこと。これほど知性のある青年が粗暴な犯罪を繰り返し、まっとうな仕事もしていない。何らかのトラウマがあると睨んだ。

研究室でのウィルは見事な成果を示した。だが、セラピストを前にしたウィルは別人だった。前日、セラピストの著書をパラパラとめくる。セラピストに会うと、そこから得た知識でバカにしまくるのだ。へん、お前らみたいなうすらトンカチが俺を心理分析するだって? できるものならやってみな!!
5人のセラピストがウィルに挑んだ。全員が撃退された。扱いが難しい青年である。頭の良さを笠に着た嫌みな野郎といってもいい。
だが、恐らくウィルは必死だった。彼は孤児である。里親から里親へたらい回しされた。暴行も受けた。挙げ句、絶対に他人には触らせたくない心の傷ができた。そこに触れられると自分が壊れそうになる。だから、頑丈なドアを設け、鍵をかけた。
神に授かった才能を、ウィルは自分を守る武器とした。

困り果てたランボーが最後の頼みにしたのが友人のショーンだ。彼は学生時代、ランボーを凌ぐ優秀な学生だった。ところが、妻を失ったショックで抜け殻同然になり、いまはバンカーヒル市民大学で心理学を教える冴えない講師だ。
そんな男にウィルを委ねる? ショーンはウィルと同じボストン南部、スラムの育ちなのだ。同じ生活環境で育ったショーンなら、本当は私より豊かな知性を持つ彼なら、ウィルを何とかできるかも……。最後の賭だった。こうして、シベリアの永久凍土のように凍り付いた心を持つウィルと、一度は人生から降りたショーンの対決が始まった。

攻撃は最大の防御である。ウィルは初回から、牙をむき出してショーンに襲いかかった。

ショーンの蔵書をけなす。部屋に掛かっていた絵の趣味をこき下ろす。ショーンは軽く受け流していた。が、ウィルの攻撃は止まるところを知らなかった。

“Maybe you married a wrong woman.”
(あんた、変な女と結婚したんだろ)

妻。それはショーンの逆鱗である。耐えようとした。いまはウィルの心を溶かさねばならないのだ。

“Maybe you should watch your mouth.”
(言葉に注意した方がいいぞ)

と受け流そうとした。が、ウィルは逃がさなかった。そこに傷口があると見て、塩をすり込んできた。

“You married a wrong woman. What happened? Wanted she leave you? Was she banging some other guy?”
(おかしな女と結婚したんだな。何が起きたんだ? あんたから逃げようとしたか? それとも、他の男と寝た?)

限度だった。堪忍袋の緒が切れた。左手でむんずとショーンの首をつかんで締め付けた。

“If you ever disrespect my wife again, I will end you.”
(もう一度妻を侮辱してみろ。殺してやる)

これが2人の出発点だった。

2回目。研究室を訪れたウィルを、ショーンは外に誘う。池の前のベンチに腰を下ろし、ショーンは話し始めた。
君の知識は驚くほど豊富だ。でも、本で読んだものばかりじゃないか。自分で見たり、体験したり、感じたり、悲しんだり、愛したりしたことは、ない。

“I look at you, I don’t see any intelligent, confident man. I see a cocky, scared, shitless kid. You turn out genius, Will. No one denies that. No one can possibly understand the depth of you. But you presume to know everything about me, because you saw painting of my room and rip my fucking life apart. You are an orphan, right? What do you think I know the first thing about how hard your life has been, how you feel, who you are because I’ve read Oliver Twist? Did that capsulate you? Personally I don’t give the shit all about that, because you know that I can’t learn anything from you that I can’t read in some fucking book. And if you wanna talk about you, who you are, and I’m fascinated、 I’m in. But you don’t wanna do that, do you, sport? You are terrified what you might say.”
(君は、知性や自信を持った人間には見えない。君は生意気なくせに怯えているガキだ。ウィル、君は天才だ。それは全員が認める。天分の奥行きの深さは誰にも分からない。だが、君は絵を1枚見ただけで私のすべてを知ったと思い込み、私の人生をズタズタにした。君は孤児だろ? もし私が、君が辛い人生を送ってきたことや君の感じ方、君が誰かということはよく分かっている、だって私はオリバー・ツイストを読んだんだから、あれには君が詰まっているだろ? といったら、君はどう思う? 僕は、そんなのはクソみたいな話だと思う。だって、君から学べることはどこかの本に書いてあることしかないんだから。でも、君が自分のことを話したいのなら、僕は君に関心を持つ。一緒に考える。でも、君は話したくないんだろ? 君は、自分がいうかもしれないことを怖がってるんだ)

なあ、君、フリチンになって俺と向かい合ってみないか? ショーンは切々と語った。後は君次第だ。

3回目。ウィルは考えるところがあったのか、攻撃を手控えた。だが、何も語らない。ひたすら沈黙する。1時間、2人はにらみ合ったままだった。

4回目も沈黙で始まった。先に耐えられなくなったのはウィルだ。友人に聞いたジョークを披露する。それが終わると、

「セックスもしてるんだぜ、先週もデートしたんだ」

軽くなった口から次々と話題が飛び出した。ウィルは話したい衝動に駆られている。彼の心に踏み込むチャンスだ。
次のデートの予定はないというウィルに、ショーンは軽くジャブを出した。だったら電話して誘えよ。

ウィル Why? So I realize she’s not so smart, that she’s fucking boring. This girl’ fucking perfect right now. I don’t want to ruin it.
(何で? 会って、彼女はそれほど頭が良くなく、ホントはすごく退屈な女だってことに気が付くためにか? あの子はいま、滅茶苦茶完璧なんだ。それを壊したくないのさ)
ショーン:  And maybe you’re perfect right now. Maybe you don’t want to ruin it.
(そうか、君もいまは完璧かもしれないな。そして、それを壊したくないのかもしれない)

グサリと心臓にナイフが刺さる音がする会話である。ショーンは、ほんの少しだけドアを開けて自分を語ったウィルの中に、グイッと足を踏み入れた。
ウィルが反撃する。ショーンに、再婚はしないのかと迫る。妻は死んだ、とショーンかわそうとするが、逃がさない。

ウィル: Hence, the word remarried.
(だから、再婚という言葉を使ったろ)
ショーン: She’s dead.
(妻は死んだんだ)
ウィル:  Well, I think that’s a super philosophy, Sean. I mean that way you can actually go through the rest of your life without really knowing anybody.
(そうかい。素晴らしい哲学だね、ショーン。つまり、あんたは残りの人生、誰も近づけずにに生きていくんだ)

ゾクゾクする言葉のやりとりだ。カミソリのように鋭い言葉が飛び交う。こうして2人は、少しずつお互いの心の中に足を踏み入れて入れていく。人が人を本当に理解するには、少しでも舵取りを間違えば相手を傷つけかねない、毒を含んだ言葉を使わねばならないこともある。

5回目。2人はショーンが愛妻と出会ったいきさつで盛り上がる。ドアの隙間がさらに広がったかに思えた。だが、少しだけ開いたドアからは部屋の全体は見通せない。ドアが開きかかったことを知る部屋の主は、ドアが全開にならないよう、細心の注意を払う。

それは6回目のミーティングだった。ショーンはさらに一歩を踏み込んだ。君は傷つくことを恐れて先に進まない。

“What’s you’re passionate about? What do you want?”
(君は何に情熱を持っている? 何をしたいんだ?)

清掃夫のどこが悪い? 煉瓦職人だって立派な職業だ。ちゃんと人の役に立っている! 言を左右にして逃げ回るウィルを、ショーンは追いつめる。

 “You can be a ???? anywhere. Why did you work at the most prestigious technical college in the whole fucking world? Why did you sneak around at night to finish the other people’s formula still one or two people in the world can do? What do you really wanna do?”
(清掃夫ならどこででもできる。何故、世界で一番権威のある技術系大学でなくちゃいけなかったんだ? どうして、夜を待って忍び込み、世界でも1人か2人しか解けない数学の問題を解くんだ? 君は、いったい何がやりたいんだ?)

(お断り)
いつもながら、????が多くてすみません。ネットで見つけたシナリオにはこの部分がないのです。
それに、「清掃夫」のところは、カタカナで書くと「ジェニター」と聞こえました。genitor、genetor、jenitorなどを辞書で探したのですが見つかりません。私の耳、たいしたことありませんです、はい。

 羊飼いでもやるさ。ウィルの答えを聞いて、ショーンは彼を部屋から追い出す。お前は何を聞いても答えを知っている。なのに、一番簡単な問題には答えられない。答えを知らないからだ!

Heaven helps those who help themselves.

自らの意志でドアを閉じている心は、周りの人間ではあけられない。ウィルが自分でドアを開けるのを待つしかない。
それに、ウィルはひょっとしたら、そのドアの向こうにある自分を知らないのではないか? 自分と直面するのを避け続けてきたのではないか? だとすれば、ショーンにできるのはここまでである。
ショーンは、そう諦めるしかなかった。

どうしても最後の一歩を踏み出せないウィルに前へ進む無勇気を与えたのは、恋人のスカイラーと、悪ガキ仲間のチャッキーだった。

スカイラーはハーバード大学で医学を専攻する才媛だ。ハーバード近くの飲み屋で、悪ガキ仲間と一緒にナンパに来ていたウィルと会った。ウィルの知性に惹かれ、すぐに深い仲になった。

(余談)
スカイラー自身の供述によると、彼女の頭脳に注ぎ込まれたお金は25万ドル、とか。日本円で3000万円弱である。これじゃあ階層の固定化が進むよなあ。その結果が今のアメリカ……。日本をそんな社会にはしたくないと切に思う。

 そんな2人に亀裂が訪れる。スカイラーはハーバードを卒業したあと、カリフォルニアのスタンフォード大学に進むことにしていた。出発まで2週間に迫った日、スカイラーはウィルにいう。

“Will you come to California with me?”

愛し合っている。ボストンでウィルは定職に就いていない。2つ返事で賛成してくれると信じていた。ところが、ウィルは拒否する。
カリフォルニアに行って俺のことが嫌いになったら? 誘ったのが自分だから嫌になっても追い出せず一緒に暮らすのか? 俺はスラムの生まれだ。どうせ遊びなんだろ? あんたはどうせ、育ちのいい金持ちの息子と結婚するんだろ?
思っても見なかった反応だった。天才の、自信に溢れたウィルしか知らなかったスカイラーが、初めて見るウィルだった。

“You are afraid of me or you are afraid I won’t love you back. You know I’m afraid, too!”
(あなたは私を怖がっている。いや、私があなたを愛さなくなることを恐れている。いいこと、私だって怖いのよ!)

だが、ウィルは

“I don’t love you.”

と言い残してスカイラーの部屋を去る。決断を迫られて、ウィルのトラウマが姿を現したのだ。俺はスカイラーを愛している。でも、スカイラーを信じられない! 誰からも愛されなかった。近くにいた人間は、全員がウィルを裏切った。スカイラーだって……。
ウィルの宝物が1つ、するりと掌から落ちた。スカイラーは独り、カリフォルニアに去る。

スカイラーが去って1週間がたっていた。建築現場で一緒に働く悪ガキ仲間、チャッキーが、休憩時間に話しかけてきた。就職はどうなった? ウィルの才能に着目した企業や政府機関から、たくさんの誘いがウィルのもとに集まっていた。
決まったさ。でも、つまらない仕事だ。俺はずっとここにいたい。ここで働きたい。

チャッキーは何か考えていた。やがて口を開いた。

 “Look, you are my best friend, so don’t take this the wrong way, but in 20 years, if you still living here, coming over my house watching Patriots Games and still working construction, I’ll fucking kill you. And that’s not a threat, that’s fact. I’ll fucking kill you.”
(いいか、お前は俺の親友だ。だから悪くとってもらっては困る。でも、20年たって、もしお前がここに住んで、映画を見て、工事現場で働いていたら、俺はお前を殺してやる。脅しじゃない。本当にやる。殺してやる)

ちょっと待てよ、というウィルに、チャッキーは言葉を継ぐ。俺がここで働くのは仕方がない。だが、お前はダメだ。お前は宝くじの当たり券を持っていて現金化する勇気がない。みんながほしがる券を、どうして無駄にするんだ?

 “Every day I come by your house to pick you up, and we go out for a few drinks and a few laughs. That’s great. But you know what the best part of may day is? For about ten seconds when I port the car and get to your door, I think maybe I get there and knock on the door, and you won’t be here. No goodbye, no see-you-later, just left.”
(俺は毎日車でお前を拾いに行く。俺たちは酒を飲み行き、笑いあう。それもいいさ。でも、俺の一番の楽しみがわかるか? 車を止めてドアの所まで行く10秒間さ。俺は考える。ドアまで行ってノックをする。でも、お前はいない。さよならも、また会おうもいわずにどこかに行っちまってる。ただ行っちまってるんだ)

いや、現実の世に、これほど無私の、相手のことをどこまでも思いやる素晴らしい友情があるのかどうか。少なくとも私の周りにはなかった。私も、これほどの友情を誰かに注げるかとなると、全く自信がない。

ウィルは嬉しかった。だが、とまどいもあったに違いない。ありがとう。でも、俺は自分をコントロールできないんだ。先に進もうとすると、あのトラウマが頭をもたげてくる。だから、スカイラーも失った……。

そして、ショーンとの7回目のミーティングの日が来た。
ウィルはそれまでと違った。養父に受けた暴行を素直に話し始めた。スカイラーと別れたことも自分から口にした。いつもの攻撃性はどこにもなかった。スカイラーとの別れ、チャッキーの友情。自分でも、どう処理していいかわからない問題を抱え、万に一つの救いを求めてきたのに違いない。
2人の間には、裁判所に提出する資料があった。感情面に問題あり。人に捨てられる不安を抱える。ウィルの半生が、冷たく書き記されている。
ショーンが優しい声で語りかけた。

“Hey, Will, I don’t know a lot. You see this? All the shit. It’ not your fault.”
(ウィル、詳しいことはわからないが、でもここに書いてあることは気にするな。君は何も悪くない)

It’s not your fault.

ショーンはこの言葉を10回くり返す。最初は

“I know.”

と受け流していたウィルも、7回目になると、

Don’t fuck me!”
(やめてくれ!)

と涙を流し始め、8回目には

“Don’t fuck with me, all right. Don’t fuck me, it’s not you…….”
(やめろ、やめてくれ。あんただけは……)

と叫びながらショーンを突き飛ばし、9回目には号泣し、10回目にはショーンに抱きついて泣きじゃくり始める。
胸の内から突き上げてくる熱い感情にウィルは身を任せた。任せるしかなかった。子供のころからの寂しさ、悲しさ、悔しさ、つらさ。これまで誰にも見せたことがなかった裸の自分が、いま噴き出してきた。止めようがなかった。だが、止める必要もなかった。号泣しながら、すべての重荷を降ろした爽快さがウィルの全身を浸していたからである。
ウィルは、やっとトンネルを抜け出した。
そう、フリチンになれたのである。

映画はこの後も続く。しかし、フリチンで生きることを知ったウイルがどのような人生を選ぶかは、さしたる問題ではない。数学者になって数学の歴史を書き換えるのも1つの選択だ。ビジネス界に身を置いて成功者になるのもいい。相変わらずチャッキーたちとじゃれ合いながら、ビル建設現場で汗を流すのも1つの人生だろう。あるいは、スカイラーを追ってカリフォルニアに旅立つか?

要点は1つしかない。
ウィルはやっと、自分の人生を手に入れたのである。

さて、映画がどのような人生をウィルに用意したか。それは、読者の皆さん、是非ご自分たちの目で確かめていただきたい。

【メモ】
グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち(GOOD WILL HUNTING)
1998年3月公開、127分

監督:ガス・ヴァン・サント Gus Van Sant
出演:ロビン・ウィリアムズ Robin Williams=ショーン・マクガイヤ
マット・デイモン Matt Damon=ウィル・ハンティング
ベン・アフレック Ben Affleck=チャッキー
ステラン・スカルスガルド Stellan Skarsgard=ランボー
ミニー・ドライヴァー Minnie Driver=スカイラー
ケイシー・アフレック Casey Affleck
コール・ハウザー Cole Hauser
アイキャッチ画像の版権の松竹富士にあります。お借りしました。