2019
07.27

解決策に行く前に、現状を知っておこう。

らかす日誌

前回取り上げた「ネット階級社会」を読了した。当然、解決策も読んだ。
継続を旨とする「らかす」である。であれば、著者が示した「解決策」もご紹介しなければなるまいと思うが、待て待て。一足飛びに解決策に行き着く前に、この本で著者が挙げているインターネットを巡る現状のデータをお示ししておきたい。著者がなにゆえにインターネットを憂慮しているのかをもっと知っていただくためである。

アマゾンが生まれた1970年代半ば、アメリカには約4000軒の書店があった。それが2014年には半減した。イギリスでも2005年から2014年の間に書店数は3分の1足らずの1000軒弱になった。

2013年のアメリカ地域自立研究所(ILSR)の調査だと、売上高1000万ドルあたりの従業員数は、アマゾンはたった14人だった。1人当たり71万4000ドル、日本円では8000万円近い。
これに対して、実店舗を持つ小売店の売り上げ1000万ドル当たりの従業員数は47人。その結果、アマゾンは2012年、アメリカで2万7000人の雇用を奪った。

ケンタッキー州のアマゾンの配送倉庫で働く女性はコンクリートの床を長時間歩き回ったせいで両足を疲労骨折したが、アマゾンカアは何の補償も得られなかった。
同じ倉庫で働く男性従業員が交通事故に遭い、会社の承認を得て休職した。しかし、復職するとすぐに解雇された。

この本を書いた時点で、時価総額が550億ドルのゼネラルモーターズ(GM)は20万人以上を雇用している。同じ時期、時価総額が4000億ドルに上ったアマゾンの従業員数は4万6000人である。

2014年6月、ロンドン、パリ、リヨン、マドリード、ミラノをはじめとするヨーロッパ各都市で、配車サービスのウーバー進出に反対するストやデモが起きている。職を奪われることを恐れてのことである。

いまや飛ぶ鳥の勢いのインスタグラム。フェイスブックから10億ドルの支援を受けて事業を立ち上げたときの従業員数は13人だった。当時、かつて写真の世界で覇を唱えたコダックは4万7000人の従業員を解雇しようとしていた。インスタグラムが湧き起こした自撮り文化に押されてのことである。

アメリカのプロ写真家、アート写真家、新聞に所属する報道写真家の数は2000年から2012年の間に、6171人から3439人に減った。

インスタグラムは、ユーザーがこのテクノロジーを所有していると盛んに宣伝するが、ユーザーはインスタグラムのほんの一部も所有していない。テクノロジーも利益も、数十億枚に上る写真もユーザーのものではない。インスタグラムの収益の元になるデータ工場でデータをコツコツと作り続ける仕事を無償で続け、インスタグラムに法外な利益を上げさせている。

1990年代末、ナップスター(音楽の違法ダウンロードで有名な企業)が立ち上がる直前には、音楽CD、レコード、テープの販売額は全世界で380億ドルあった。2014年、それは160億ドルにまで減った。

フランスのコンサルティング企業の調査では、ヨーロッパにおけるクリエイティブ経済(よく分からない概念だが、音楽とか映画のことか)の売り上げが、2008年だけで100億ユーロ減った。

アメリカ合衆国労働統計局によると、2002年から2012年に間に、プロのミューズシャンの数が45%減った。

CDは売れないかも知れないが、ストリーミングサービスがあるではないか。ミュージシャンの収入は確保されているのでは?
2012年のグラミー賞にノミネートされたエレン・シプリーのある曲が、ストリーミングサービスで311万2300回再生された。それによって彼女が得た収入39ドル61セントだった。

アメリカのオステオパシー協会が2014年に調べたところ、ウィキペディアに投稿された医療関連項目の90%に間違いがあった。

配車サービスのウーバーは創業以来、ニューヨーク、サンフランシスコ、シカゴ、連邦政府の監督機関と法廷闘争を繰り広げている。そればかりか、労働組合がないこの会社の登録運転手からは団体交渉権と医療保険給付を求めるデモを起こされている。ヨーロッパで嫌われているのは前述の通りで、パリではウーバーの自動車を標的にする襲撃事件が相次いだ。ドイツでは2014年9月、ウーバーのサービスの提供を禁じる判決が出た。

乗客からの苦情も相次ぐ。変動制の料金システムを採用するウーバーの車は、休日や悪天候の時は料金が跳ね上がる。2013年12月、ニューヨークがひどい吹雪に見舞われた日に、3㎞の距離を11分で移動した乗客が94ドル請求された。その日、子供を連れてマンハッタンを横断した女性は415ドルを請求されている。

サンフランシスコではグーグルバスが1日100台走る。従業員の送迎のためで、市営バスの路線に割り込んで走るため地元住民の苛立ちを買い、グーグルは警備員を配置している。2013年12月にはウェストオークランド地区で抗議デモが起き、バスの1台が襲われた。

シリコンバレーの労働者には偏りがある。平均年齢が若いことはいうまでもなく、女性が極端に少ない。

いかがだろうか。書き写すだけでも結構な手間なのだが、日本のメディアではほとんど取り上がられてこなかったインターネットの裏社会の話なので、できるだけ拾ってみた。
しかしまあ、やりたい放題ではないか。人間、使い切れないほどの金を持ってしまうと、こんなにも堕落してしまうのか?

ここでは拾わなかったが、著者が問題にしているのはインターネットが大量の雇用を奪って極端な所得格差を生み出していることだけではない。その膨大な利益は、ユーザーの個人情報を大量に集めることで生み出されていることにも鋭い目を向けている。いわゆるビッグデータを手にできる立場に立ったグーグル、フェイスブックなどのネット企業は、それを金に換える仕組みを作ってしまった。いまや、ネットユーザーの個人情報が大量に吸い上げられ、あなたや私のことを、あなたや私以上に知る企業が成功企業である。しかも、私たちユーザーは、自分の為、知人・友人とのコミュニケーションのためにネットを利用していると思い込んでいるが、実はグーグルやフェイスブックのためにデータをつくり出す仕事を、無償で、喜んでやっているのだ。ネットの成功企業の従業員数が少ないのは、ネットの先に、無料で彼らの利益の元を作り続ける私たちがいるからなのだ、というのが著者の主張なのである。

考えてみれば、産業革命も同じような過程を辿ったのだろう。エネルギーを動力源として使いこなすようになったことで、それまで手仕事でしか出来なかった製品を、安価に、大量に作ることができるようになった。それは、既存の仕事を潰すことでもある。だから、機械を打ち壊すラッダイト運動が起きた。
しばらくの混乱の後、世の中が落ち着いたのは安価に出来た製品、サービスが新しい需要を見つけたからだろう。手仕事で出来たドレスは高くて手が出なくても、機械で出来た安価なドレスは所得が低くても買うことが出来る。そうやって、それまでとは違った社会秩序が生み出されて今日に至った。

その、ある意味で安定した社会歌秩序を、インターネットが打ち壊しつつある。これは新しい社会秩序が出来るまでの混乱なのか? それとも、修復不可能な混乱をもたらす変化なのか。
産業革命を進めた資本家たちは、子供まで過酷な労働環境に置いてこき使った。人間性のかけらもなかったということか。しかし彼らも、無償でせっせと働き続ける労働者を生み出す知恵まではなかった。私たちはそんな時代を生きているのである。

フランスが大手IT企業に新たな課税をしようという背景には、おそらくこのようなIT企業の行動がある。何しろ時代の寵児である彼らは既存秩序には全くお構いなしで、上に引用したような行動に加え、

「何で新しい秩序を作る俺たちが、いまの政府に税金を納めなきゃならん?」

とでも言いたげに、課税逃れに余念がない。わたしの好きなアップルもその1社であることは度々報道されている。だから、フランスの決断に敬意を表したい。

ところが、である。既存の金持ちを敵に回し、プアホワイトの怨念をたぐり寄せて大統領になったはずのトランプが、

「米国企業を狙い撃ちする措置だ」

とフランスへの報復措置を匂わせている。このおっさん、やっぱり論理的思考回路が弱いらしい。せっかくフランスがやるのだ。アメリカも歩調を合わせてグーグルやアマゾンへの課税を強めたらどうだ? そちらの方があんたの支持基盤から拍手喝采を得られ、来年の大統領選挙に有利になると私は思うのだが。
それとも、グーグル、アマゾン当たりから法外な政治献金でもいただいたか?

というわけで、解決策は次回とする。まあ、解決策の一部はフランスの行動に表れている、とだけ

チョイ見せ

をしておこう。