2021
08.11

オーディオシグナルジェネレータの1

音らかす

オーディオコンポーネントに限らず、何かの機器を設計、製作する技術者が、研究室がなく、実験機器を持たなかったとしたら、あるいは専門学校の生徒が、学習により習得した理論について、実験をやって見るという機会がなかったとしたら、おそらく良い品物は出来なかったろうし、理論も理解出来なかったに違いない。

まして、眼に見えない電気を相手に、しかも複雑きわまりない交流理論を、あらゆる実験を抜きにして、その理屈がのみ込めたとしたら、その人は、ノーベル科学賞でもあげたい位の天才か、あるいはよっぽどの馬鹿である。

理屈も解らない者が、アンプの特性グラフをながめて、高域ののびがどうの、歪率が大きくても、ソフトディストーションだから、中高音に丸みがある、なんて、解ったような事を言う。耳年増と呼ばれる手合いである。実験を抜きにして、理屈をこねるから、 こんな事になる。こんな人々を育てるのがオーディオ雑誌で、耳年増の女の子を堕落させる女性週刊紙である。

オーディオの実験に使われる機器の事を、その目的から、日本語で測定器と呼ぶ。測定器に当てはまる適格な英語を私は知らない。第一、測定器なんて呼び方をするから、間違いが起こるのだ、と私は考える。測定魔と呼ばれるマニアが生まれるのもこのためであろう。オーディオアナライザ(Audio Analyzer)という呼び方がある。分析器とでも訳すか。つまり表面から見て解らないものを、分析して中味をしらべようという実験の事である。

 

テスター一丁で、すばらしい特性を持つKT-88のパワーアンプが作れる、というのも、アマチュアにと‐っては大きな魅力である。けれど、記事にある実体図に色を塗り、 ミスプリントまで発見して、誤配線もなく、出来上がってスイッチを入れたら、一発で鳴った。大いに満足であろう。ところが二、三週間もすると、はたしてうまく出来ているのだろうか、 という疑問が出始める。自分の装置を聴きに来た友人から、高域がつまっているのでは、と聞かされると、欲求不満が首をもたげる。

金銭(かね)を払って、街のラボラトリーで測定してもらってグラフはもらったものの、もう一つのみ込めない。他日私のところへ、クリスキットマークⅥカスタムの特性グラフを送ってこられた方がある。これで良いのかどうか見て欲しい。と書いてある。良く見てみると、規定値よりはるかに良いデータである。返事の仕方に困って、二週間以上、上衣のボケットに入れていた事がある。本人に気の毒なのでその方の名前は書かないが、何とかしなければならない問題である。

だから私は、カートリッジを1個買い控えて、測定器の方に予算をまわしなさい、と書いているのである。

困った事に、市販品を見渡すと、オーディオジェネレータだけを例にとっても、文字通り、帯に短かし、欅(たすき)に長しで、欲を言えばキリがない程高価なものまで、カタログに見られる。私も、記事を書く為の必要上、菊水の418と同社の417Aの2台を使い分けている。機会ある毎に、数十万円もする本物の測定器を使わせてもらって、校正をして来たので、現在、一応役に立ってはいる。

 

これ等の測定器も、市販品である限り、オーディオアンプと同じで、普段使いもしないものが回路に組み込まれていて、そのために値段が張り、オーディオ用として使った時に問題となる点が出て来るのであろう。何でもくっつく接着剤は、結局何もくっつかないものである。

¥300,000もする発振器に方形波が取り出せないものが良くある。安物のカメラ程いろいろなオマケ的なものがくっついているものである。わずか¥2,500のICを使って正弦波、方形波、三角波、トーンバースト、ワーブルトーンと欲張ったものなど良い例であろう。インターシルの8038というのでテストして見たが、オモチャみたいなものである。

といった理由から、これもアンプと同じで、自作するのが一番である、と気が付いた。一年ばかり前の話である。それからというものは、本屋の前を通る度に参考資料に目を通し、雑誌の記事を切り技いたり、コピーをしたものである。ズバリ言って、これ等の記事を頼りに、しろうとが、使いものになるオーディオジェネレータを自作出来そうな記事はめったにない。誤解があっても困るが、私はそれ等の原稿を書いた人々が悪いと言っているのではない。私がこう断言する理由は、『自作できる測定器(誠文堂新光社刊)』の中で、同じような記事を書いておられる小石川二機という方の記事を読んでもらえば解ってもらえると思うので、詳述を避ける。参考資料として読むかぎり、これ等の記事には、それぞれ価値のあるものだが、自作ガイドと考えるのは、間違いのもとである。これ等の記事を参考に、その機器の自作が出来る人は、それ等の記事を読まなくても、自作出来る人である。

仕様のまとめ方

(1)周波数が連続して変えられるジェネレータは確かに便利であるが、私がわざと避けたのは:—

(a)バリコンや可変抵抗によって、周波数を連続可変にしたとしても、あるポイントで、正しく、ダイアルに示された周波数が出ていなければ、オーディオ装置のまとめ方の第4回に述べたように、RIAAの測定などにも、全然使いものにならない。

(b)我々アマチュアが安価に入手出来るJIS規格のバリコンは430p位がその最大値であるために、回路の説明のところで述べるが、それに対応する抵抗値に10~30MΩの抵抗を使用しなければならない。これ程高いインピーダンスを回路に入れる事は、それこそ測定器を持たないアマチュアには製作不可能であるし、その抵抗値に信頼性のあるものも入手出来ない。出来たとしても、経年変化が大きくて、すぐに狂ってしまう。狂った物差しは使いものにならない。

(c)バリコンの構造を見ても解るように、それ自体が空気の存在を利用しているものであるから、アンテナの働きをして、誘導ハムを拾い、出来上がったジェネレータをオシロスコープに掛けて、100Hzを出して見ると解るが、50~60Hzをひろって、文字り、波形が画面を飛びまわる。シールドによりこの誘導を止める事はむづかしい。

(2)しからば、ディケード方式と呼ばれる方法で低い方から高い方ヘワンステップづつ切り換えて行く方法は、という事になるが、ヒースキットIG-18で明らかなように、スイッチを回して、周波数を変える度に、かなり大きくその出力電圧が変わるので、オーディオ用周波数測定には使いものにならない事にもなりかねない。

(3)メーカーの研究室用ならともかく、われわれアマチュアにとって必要な周波数は、30Hz~20,000Hz、そしてその20,000Hzのオーディオ信号を測定するためにその倍くらいの40,000Hzもあれば充分である。下手に500,000~1,000,000Hzなんて考えると、結局は自作出来ない事にもなりかねない。元も子もなくなるという話。

(4)歪率も出来るだけ少ない方が良いのは勿論ではあるが、他の特性、使い易さ、及び作り易さを考えると、回路編で述べるように、演算集積回路を使ったために10,000Hz以上の歪率を欲ばってより小さくすることはあきらめるより仕方がない。1,000Hz では、0.017%(NF回路設計ブロック製全自動ひずみ率計DM-154Aによる測定値でオペアンプをμPC55Aを使って完全に補正した時のテストポイントにおける値で、μPC151Aを使って出力端子で測った時には0.03%である)と、びっくりするような低歪率で、¥100,000以下の測定器ではとても考えられない程低いので、10,000Hz以上も、少しでも良くしようとすれば、高価な工業用集積回路を使ったりしなければならなくなり、それこそ、測定器なしでは作る事は出来ない事になる。

(5)方形波が出来るだけ真四角に出る事。これが不正確だと、アンプに入れてその測定を行なうときに、工合いが悪い。

(6)出力電圧監視用のメータは是非そなえたい。少々これに費用をかけても、アンプヘの入力監視用に、もう1台の交流電圧計を入手するより、はるかに安価であるし、場所もとらないので一石二鳥である。最大出力は、3.16Vが最適で、最少レンジで31.6mVフルスケールまでアッテネートされるため、オーディオ用には最も使い易い値である。

(7)アッテネータは出来るだけ正確なものを備えたい。でなければ、折角つけた出力電圧監視用メータがなんにもならないからである。

とまあこれだけの要求を満たすとなると、事は簡単である。あれもこれもと欲ばらないかわりに、これ、と狙ったものだけを、徹底的に追求するのが私のやり方である(後述するように、とりあえず最高10,000Hzのものを作り、後日内容の解ったところで、グレードアップする)。