2023
06.14

私と朝日新聞 津支局の6 泥棒

らかす日誌

ある日、津市の我が家に泥棒が入った。

当時は3DKのアパート住まいだった。2階で、玄関を入るとダイニングキッチン、右に一部屋、ダイニングから奥に入ると6畳が2間。ダイニング右の一部屋は収納部屋でタンスなどを置き、生活はダイニング、奥の2間でこなしていた。

前日の夜、私は酒を飲んで帰宅した。仕事が終われば同僚と「みやけ」という小料理屋に飲みに行く。それが日常だった。帰宅すると、収納部屋で服を脱ぎ、パジャマに着替え、奥の右側の部屋で布団に入る。酔った私は、すぐに眠り込んだ。

翌朝、である。出勤の支度をしようと収納部屋に入った。アパートの外廊下にに面した窓が何だか変だった。窓枠にがこびり付いている。

「おい、昨日ここに泥がつくようなことをしたか?」

と妻女殿に呼びかけた。

「泥? 何もしてないわよ。どうしたの?」

という返事しか戻ってこない。それはそうである。窓枠に泥がつくようなことをしたら、普通はすぐに拭き取る。
では、何故泥がついているのか? 窓に歩み寄ると、開いてみた。えっ、開くじゃん! 鍵がかかっていない!!

「泥棒に入られたか」

そこでやっと気が付いた。私たち親子が寝静まっている深夜、我が家に忍び込んだヤツがいる!
昨日脱いだ服から財布を取り出した。ない。中身がない。確か5万円ほど入っていたはずだが。

「おい、泥棒に入られた。俺の財布から5万円持って行かれた。ほかに何か盗られたものはないか!」

慌てて部屋に入ってきた妻女殿があちこち点検した。

「何もないみたい」

そうか、我が家には現金以外に盗む価値があるものはないのか。

やむなく、津署に電話を入れた。

「泥棒に入られました」

しばらく待つと、津署の捜査員が数人、やってきた。侵入経路はどこか。指紋は残っていないか。なるほど、盗みの捜査とはこのように進めるものなのか。

外で数人がニヤニヤ笑いながら捜査を眺めていた。

「あんた、何学部?」

と私に問いただした刑事官がその1人である。

「刑事官、あなたまで来てくれたんですか」

「あんたが盗みに入られたというんで、こりゃあ現場を踏まねばと思ってな」

その横で、他社の津署担当たちもニヤニヤ笑っている。

「大ちゃんが盗みに入られたのなら、現場を見て記事にしなきゃと思ってね」

要は、私を笑うために集まった連中であるが、この場合、笑われても言い返す言葉はないから始末が悪い。他の家に泥棒が入れば私も記事にする。私の家に入った泥棒を記事にするなとは言えないのである。

M支局長の判断で、朝日新聞だけは記事にしなかった。

「取材する立場の人間が取材されるのは筋違いだろう」

とでもいうのだろう。

数ヶ月後、その泥棒が北陸の方で捕まり、確かに我が家にも盗みに入ったと自供したとの連絡が津署から来た。しかし、盗まれた金はもちろん戻ってこなかった。幸い家財保険に入っており、5万円は保険会社から私の元に届けられた。

今回は泥棒の話である。

「おい、大道君」

と津署で私に声をかけたのは、もう老年に入ろうかという刑事さんだった。どういうわけか出世せず、いまだに平刑事のままである。

「何か?」

「うん、ちょっとあんたに話がある。ここだと何だから、ちょっと外に出てくれ」

ほう、いったい何を私に話したいのだ?
外に出ると、刑事さんは声を潜めてこう言った。

「あのな、津署に泥棒がいそうなんだ。ほかの連中は知ってか知らずか問題にしていないようだが、俺は許せない。警察官のくせに盗みに手をつけるとはとんでもないヤツだ。そうは思わないか?」

いや、もしそれが本当なら怪しからんことであります。

「そうだろ。だから俺は、単独で捜査を始めるつもりだ。そこで相談なのだが、あんた、手伝ってくれんかな。俺が俺の車でチョロチョロしていると目立ってしまって犯人を取り逃がすかもしれない。あんたの車に乗せてもらって捜査をしたいんだが、どうだろう?」

いったい何故、このおじさん刑事は私を選んだのか。そもそも私は新聞記者である。取材して記事を書くのが仕事である。犯罪の捜査は私の仕事ではない。
だが、面白そう! いっちょやってみるか!!

その日の夜から2人の捜査が始まった。私の車で桑名まで走り、四日市を訪れ、津市内を回る。そもそも、どんな盗みの疑いがあったのか、どんな捜査をしたのか、記憶から消えているのが残念だが、おじさん刑事と2人、毎夜のように三重県内を走り回ったことは脳裏にこびり付いている。
そして、残念なことに泥棒お回りを見つけることはできなかった。署内に泥棒がいるというのがおじさん刑事の妄想だったのか、それともおじさん刑事の捜査の目をかいくぐるほど泥棒お巡りさんは賢かったのかは不明のままである。その後、津署員が盗みを働いたという話は出て来ないままである。

あれも、もし私たち2人が泥棒お巡りさんを捕まえることができていたとしたら、私のスクープになっていたはずなのだが。