09.02
私と朝日新聞 東京経済部の2 通産省という役所
東京経済部で最初の担当は通商産業省(現経済産業省)であった。2度の石油危機を乗り越えて、日本経済は目覚ましく成長していた。Notorious Miti(Ministry of International Trade and Industry)=悪名高き通商産業省、という言葉が生まれかけていたころである。日本の目覚ましい経済発展は、恐るべき通産省の指揮・命令の下、社会主義国と見まがうほどの統制経済のたまものであるという海外研究者の、それが結論だった。実体はそこまでではなかったと思うが、いずれにしても通産省が最も元気だった時代である。
とは、後日知ったことである。経済の何たるかの基礎知識はなく、わずか3年、名古屋で企業取材をしただけの私にそんなことが分かっていたはずはない。経済産業省には大臣がおり、事務方として事務次官、通産審議官、官房長、各局の局長以下がヒエラルキーをなしてこの組織を運営しているなどという知識もない。いったい何をしたら、何を取材したらいいのだろう? とうとう、権力の中枢、情報の中枢である東京で仕事をすることになったという喜びよりも、
「俺、ここでやっていけるのか?」
という不安が先に立つ船出であった。
恐る恐る踏み出してみた。各課を回る。話し相手になってくれるのはおおむね課長補佐である。当時32、3歳だった私とほぼ同じ年代だ。彼らはキャリア組と呼ばれ、上級国家公務員試験をパスしてきた俊才ばかりだ。確かに、切れる。押しなべたように東大卒。高校も灘校、開成、日比谷、麻布など目も眩むほどの経歴である。
灘、開成、麻布などに知り合いはいないが、中学の先輩で日比谷高校に進んだ人がいた。模擬試験のあと塞ぎ込んでいたので、生徒会長だった彼に聞いたことがある。
「どうしたのですか?」
思いもかけない答えが戻ってきた。
「模擬試験で1題間違えてさ」
1題間違えて塞ぎ込む。ということは、長い間、模擬試験で1題も間違わなかったというのか?
遙かに及ばない頭脳の持ち主がこの世にいることを知った。俊秀とはそんなものだろう。あの先輩と同じ世界に住む人々が取材対象である。
「あのう、こんど名古屋から来ました朝日の大道です。この課の目下の課題は何ですか?」
そんな廊下トンビを続けながら、記者クラブの朝日席にある過去のスクラップを読む。毎日のように発表があるからそれを処理する。
「なるほど、通産省とはこんな仕事をする役所なのか」
少しずつ知識が増える。増えると、自分の考えで知識をまとめたくなる。まとめた考えは外に出したくなる。最初はおずおずと、のちには脱兎のごとく、とはいわないが、各課周りの取材のついでに、私は議論をふっかけるようになった。
「あなたはこうおっしゃるが、それは少しずれているのではないか? 私はこうした方がいいと思うが」
ウサギに挑んだ亀は結局勝ってしまうのだが、あれはウサギがカメを嘗めきって油断したからである。だが、通産省の俊秀どもは手抜きとは無縁であった。私の追求に真正面から打ち返してくる。日々の仕事を通じて、彼らは膨大な知識を蓄えている。無手勝流に近い私に歯が立つわけはない。全敗スタートである。
それでも、議論を重ねていれば私にも知識は増える。論敵が次々と繰り出してくるデータが少しずつ私に蓄えられるからだ。しばらくすると、たまに相手が
「そういう見方もできるね」
というようになった。
議論を重ねるうちに、気が付いたことがある。課長補佐は私と同世代だと書いた。ということは全日本を覆い尽くした学生運動を経験した世代だということである。そして、彼らのほとんどが学生運動のメッカであった東大を出ている。東大を出ているだけでなく、東大全共闘の一翼を担ったというのが相当数いたのだ。
「だって、俺たちが最終的に望んだのは国家権力の解体じゃないか。それなのに、どうして国家権力の中枢である国家公務員なんかになったんだ?」
これは私の問いである。
「いや、学生運動では国家権力を変えられなかった。だったら、権力の中に入り込んで権力を中から変えようと思ったんだ」
そう答える人が多かった。こうなればもう仲間である。
「飲みに行かない?」
私は「ノミニケーション」を始めた。
実は、
「経済部に来て良かった!」
と思ったのは、彼らとの交遊が生まれてからである。それまで闇雲に取材していた経済現象が、彼らと議論を繰り返すうちに、ボンヤリとした法則の中で動いているような気がし始めたのだ。学生時代、多少マルクスを呼んだとはいえ、私の世界理解は
「ここに、結集された、労働者、学生、市民の皆さん。いま、アメリカ帝国主義は、その帝国主義的野望を隠すことなく、ベトナムを侵略し、ベトナム人民を殺し続けている。我々は、アメリカ帝国主義に、敢然とした戦いを挑んでいる、ベトナム人民と連帯し、日本における戦いを、世界革命の導火線とすべく……」
という荒っぽいアジテーションからそれほど出るものではなかった。
国家権力の中枢にいて、内側から権力を変えたいという彼らとの論戦で、私は何となく、経済を基盤とした世界の運動法則が分かったような気になってきた(それが誤解であったことはのちに明らかになるが)。
仕事が楽しくなってきた。