2023
10.17

重粒子線を使った治療が終わりました。

らかす日誌

9月28日に始まった重粒子線による治療が今日で終わった。これで前立腺にがんが再発しない確率は98.4%とあるから、ひとまず安心してもいいだろう。

ところで、重粒子線による治療などご存じない方が大多数だと思う。しかし、男性の5割から8割が、私と同じように前立腺がんを病むという。男性ならあなたも罹患する確率が極めて高い病である。
その前立腺がんの治療では重粒子線が最先端にある。10年ほど前、アメリカに渡った小林久隆医師が開発した「光免疫療法」は9割のがんに効くといわれる画期的な治療法(詳しくは「がんの消滅」=芹澤健介著、新潮新書)だが、まだ前立腺がんには適用されていないから、いまのところ重粒子線一択だろう。よって、これから前立腺がんが発症するかもしれない方々の、いざというときのご参考のために、私が受けた重粒子線治療をご紹介しようと思う。

一般に、電子より思い粒子を加速器で高速にしたものを重粒子線と呼ぶ。重粒子線治療は炭素原子の原子核をビーム(光の束)にし、光速の70%まで加速してがん細胞にぶつけてDNAを切断、がん細胞を死滅させる放射線治療の一種である。電子といい、原子核といい、何だか高校の物理・化学の授業を思い出させるが、いったいどうやって炭素原子から電子を追い出して原子核だけにするのか、私にはトンとわからない。原子核の加速といのもいったいどうやったれできるのか。もう少し勉強をしておけばよかったと思うが、もう遅い。
重い粒子を使うため、軽い粒子を照射するエックス線や陽子線に比べてがん細胞を殺す効果が2〜3倍高い、といわれている。
また、凸レンズで太陽光を集めて黒く塗った紙を燃やすように、狙ったところで最大のエネルギーを出してがん細胞を殺す。エックス線では最初にぶつかる体の表面でエネルギーが最大になり、体の奥深くなるほど小さくなるが、重粒子線は病巣で最大になり、体表から病巣まででは弱い。つまり、ほかの臓器への影響が極めて少ないという嬉しい特徴がある。がんを放射線で治療すると、放射線に晒されるがん化していない臓器も被爆して様々な副作用が出るが、重粒子線ではその心配が少ない。

まあ、これぐらいを知っておけば、重粒子線治療を受ける準備としては十分だろう。
では、重粒子線による治療はどう進むのか。

私が群馬大学付属病院放射線科を初めて訪れたのは、記録によると9月6日だった。この日はまず尿の出方を調べられた。トイレで放尿し、尿の出方が正常かどうかを見るのである。トイレに特殊な仕掛けがあるらしく、放尿してしばらくすると

「ああ、尿の出方は正常ですね」

と診断が下った。
次は、残尿量の測定である。もうこれ以上は1滴も出ないというまで尿を絞り出し、それでも膀胱に残った尿の量を超音波を使って測定する。私の場合、120〜130ccという結果が出た。結構残っているものである。

「ちょっと残りすぎていますね。前立腺が少し肥大しているのでしょう」

と前立腺肥大を抑える薬の服用を指示された。
それが終わると、体の固定具をつくる。重粒子線はコンマ数㎜単位で焦点合わせる。照射している間に体が動いては周囲の臓器を傷つける恐れが大きくなるためだ。ベッドに寝かされ、暖めたプラスチックの板でへそから60㎝ほど下まで覆われ、その板を体形にピッタリ合わせていく。10分か20分の作業だった。

翌7日は重粒子線医学センターに場所を移し、MRIとCTを撮られた。

「それは開業医で撮ってあるので、それを使えばいいではないか」

と聞いてみると、より正確に前立腺、がん細胞の位置を知るために再度必要なのだという。そしてこのデータが、重粒子線放射機(というのかどうか知らないが)の焦点を合わせる基礎データになるとのことだ。
これで準備は終わりである。

重粒子線の照射は9月28日に始まった。29日も連続して照射、翌週は4回、翌々週も4回照射し、昨日と今日で12回の照射が終わった
患者(この場合、私)は治療開始時間の少なくとも30分前には到着するよう求められる。照射開始30分前にトイレに行き、大便、腸内のガスと尿を出し切るためである。腸内に便やガスが残っていると前立腺に隣接する直腸が膨らみ、前立腺の形を変えてしまって焦点が合わなくなるのを避けるのと、少量の尿(30分で貯まる程度)が膀胱内に残っている方が照射の効果があがるのだと聞いた。看護師の指示に従ってトイレに行き、その後ガウンに着替えて呼び出しを待つ。

下着(パンツ)も特殊なものである。病院の指示で、事前にこの下着を2枚買わせされた。ナイロン、ポリエステル、綿の混紡で、普通のパンツではいけないのだという。重粒子線への反応が違うのだろうか。
指示されたパンツに下着のシャツを着て、上からガウンを羽織る。これで準備は終わった。あとは呼び出しを待つだけだ。

患者は番号で呼ばれる。私は「833」だった。私を呼び出した放射線技師と一緒に歩いて治療室まで行く間に、名前と生年月日を毎回聞かれる。患者の取り違えをなくすためだろう。1人1人体型は違うし、前立腺の位置も異なっている。他人のデータで重粒子線を照射されたら、関係ない臓器が傷ついてしまう。

治療室に入るとガウンを脱ぎ、下着だけになる。治療台に仰向けに寝ると、体が固定具で固定され、リングと非常用ベルのスイッチを渡される。リングは両手を胸の前で組み続けるためで、非常用ベルは異変が起きたときに知らせるものだ。そして、両腕もバンドで固定される、次にレントゲン写真を撮られる。直腸と膀胱の様子を見るためだと聞いた。

「毎回レントゲン写真を撮って、被曝量は大丈夫?」

と聞いたら、

「弱い線量なので問題ありません」

といわれた。まあ、長い実績のある治療法である。ここは信じるしかない。それに、もう子どもを作る歳でもない。あまり気にすることはない。

すぐに全員が部屋を去る。大きなディスプレーらしきものが下がって上がる。私は

「頭も動かさないように」

といわれたのでジッと寝ているだけだ。

「はい、終わりました。お疲れ様でした」

と放射線技師が部屋に入ってくるまで、目分量で約10分。いつ重粒子線が照射されたのかはまったくわからない。痛みも、違和感も全くないからである。患者である私は狭い台の上で、ジッと体を動かさずに寝ているだけである。

「重粒子線は10分も照射するの?」

と聞いたら、

「いえ、照射時間は10秒ほどです。あとは焦点を合わせるための時間です」

ということだった。

付け加えると、体の向きは毎回逆になる。重粒子線を出す装置は固定されており、体の向きを変えることで右からの照射と左からの照射を繰り返すわけである。左右から6回ずつ照射を受けることになる。それが終われば必要に応じて医師の面談がある日を除けば、そのまま帰宅する。

重粒子線による治療は以上である。痛みも疲労感も、おおよそ体への負担は全く感じられない。私は12日間、自分で車を運転して往復した。

「私、本当にがん患者?」

という程度である。

ここまでお読み頂ければ、治療自体を恐れる必要は全くないことがおわかりいただけたと思う。

だが、世の中、苦あれば楽あり、楽あれば苦あり、である。重粒子線治療には特有の副作用(専門的には有害反応というらしい)がある。私の場合、排尿に現れた。
前立腺は膀胱と直腸にくっつき、前立腺の中を尿道が通っている。コンマ数㎜の精度で焦点を合わせても、隣接するこれらの臓器の一部に重粒子線があたって細胞の一部を破壊してしまうリスクがある。だから、血尿、血便、頻尿、排尿困難、という副作用が現れる恐れがあるとは事前に知らされていた。そして、血便、血尿は幸い避けられたが、頻尿と排尿困難が私を襲った。

1回目の照射をした9月28日、私の排尿回数は6回である。就寝中にトイレに立ったのも1回だけ。それでも

「夕刻より頻尿。夜、尿が出にくい」

と書いている。症状は照射回数が増えるとともに悪化し。9回目を終えた10月13日は就寝中にトイレに立つこと、実に7回。まったく、いつ眠ったのだろう、といいたくなる回数である。そして、トイレに立ってもなかなか尿が出てくれない。そして14日には起きt寝るまでの排尿回数が16回に増えた。もう、1日中トイレにいるようなものだ。そしてそのたびに

「何で出ないんだよ!」

と嘆くことになる。

まず困ったのは通院である。桐生の我が家から群馬大学付属病院まで車で1時間強かかる。これが恐怖の時間なのだ。目と鼻の先に病院が見える頃には膀胱がパンパンに張り、一刻も早くトイレに駆け込みたくなる。赤信号で待たされるのが辛い。モタモタする車が前にいると、思わず怒鳴りつけたくなる。幸い、なんとか間に合って事なきを得たが……。

これはいかんと10月2日、私は継続服用していた前立腺肥大の薬・フリバスに加えてしばらくやめていた八味地黄丸の服用を始めた。尿関係のトラブルに効く漢方薬である。それでも症状は改善しない。
医師の診察の際に症状を訴えたのは5回目の照射をした10月5日のことだ。ここでベタニスという薬を処方されれた。説明を見ると、神経を弛緩させて頻尿を抑える、とある。だが、この薬は副作用として排尿困難を引き起こすことがあり、そうなったら医師に相談しろとあるのを知ったのは、服用を始めて排尿困難がひどくなってからだった。自主的に服用を止め、翌日、再び医師に相談すると、ロキソニンの服用を勧められた。

「重粒子線を照射されて前立腺に炎症が起きて肥大し、尿道を圧迫しているのでしょう。ロキソニンには炎症を抑える効果があります。1日3回呑んでみて下さい」

呑んだ。が、症状は変わらない。7回目の照射をした10月10日、またまた医師に相談すると、今度はエルサメットという薬を処方された。漢方系の薬で尿の出を良くするのだという。
つまり私は今、排尿に関してフリバス、エルサメット、ロキソニン、八味地黄丸を日々服用している。が、症状が目に見えてよくなったとは思えない。夕食後の映画鑑賞の時間、おおむね45分〜1時間に1度、トイレに立つ。立ってもなかなか出ない。痛みも伴う。出てもチョロチョロ、というところで、終えても残尿感がある。布団に入る頃には

「さて、今日は何回起こされる?」

と恐々眠るのである。
自分なりに工夫もしてみた。尿が出ないのは肥大した前立腺が尿道を圧迫して尿をせき止めているためだとしたら。膀胱から尿管に尿を押し出してやったらいいではないか? という思いつきである。トイレに立ちながら、下腹部を揉む。このあたりが膀胱だと思われる下腹部を圧迫する。すると、しばらくすると本当に尿が出るのだ。尿が止まると、再び下腹部を押す。するとまたで始める。こんな工夫を加えたことで、10月13日は7回もあった夜間の排尿が、14日は4回、15日は3回に減った。効果はあるらしい

そして最終日の今日、馴染みの薬局店主に猪苓湯という処方漢方薬を勧められた。炎症を抑える効果が期待できるとのことだ。大学病院で処方箋を書いてもらった。ロキソニンと手を取り合って腫れ上がって尿道を圧迫している前立腺を一刻も早く正常な状態に戻してもらいたいものである。なお、この薬は八味地黄丸と併用するのはよくないとのことなので、八味地黄丸の服用は止めた。

いかがであろう。これが重粒子線による治療の全貌である。ま、がんに体を蝕まれることを思えば、これほどのことなら我慢の限度内かもしれない。しかし、辛くないといえば嘘である。早く正常な放尿ができるようになり、飲酒を再開したい(治療開始から、正常な排尿が戻るまでは禁酒「を命じられる。炎症を悪化させるから、とのことである)!

ねえ、やっぱり

「死なないがん」

といわれる前立腺がんだが、できればそんな病気にはかからない方がいいねえ、というのが、平凡だが、私の結論である。皆様、くれぐれも健康にご留意を! といっても、何に注意したらいいのかわからないが……。