2024
04.10

私と朝日新聞 朝日ホール総支配人の14 皇室の方々の御先導役を務めさせられた

らかす日誌

ホールの運営が何となく軌道に乗ったところで、運営とは直接関係がないエピソードをいくつかご紹介したい。

「今度、美智子妃がうちのホールにおいでになるそうです」

そんな報告を担当者から聞いたのはいつだったろう。へー、そんなこともあるのか。でも、考えてみれば皇族だって相撲を見たり、野球を観戦したりはする。音楽を楽しむことだってあるんだろうな。たまたま浜離宮ホールでの演奏会を

「聴いてみたい」

と思うことがあってもおかしくない。来たければ来るが良い。

「それで、なんですが、皇族がおいでになると、御先導役が必要だというんですよ」

後先導役? 案内人ということか。皇族とは面倒な人たちであるなあ。

「だったら、社長だろう。秘書室に行って、美智子さんがおいでになるのでその日の社長の日程を空けておいてくれ、といえばいい」

面倒な仕事は他に振るに限る。私なんぞはまっぴらごめんである。

「いえ、支配人にやってもらわなくてはいけないのです」

いや、俺はいやなんだよ。いやなことをどうしてやらなくちゃならない? そもそも、日本国の象徴の奥さんが我が社に来るのである。であれば、会社の代表者がご案内申し上げるのが当たり前ではないか。

「なんでも、宮内庁の内規で、このような場合はホールの支配人が先導役を務めると決まっているそうなんです」

俺が御先導役? おいおい、自慢にはならないが、俺はかつて学生運動というものの端っこに加わっていた人間であるぞ。左翼学生運動に参加した者にとって、天皇制とは打倒の対象であって、臣下として御先導役を務める対象ではないのだぞ。世が世であれば、

「絶好の機会!」

とテロを仕組んだりする相手なのだぞ。分かってるのか!

「それで、来週、打ち合わせの会議が開かれます。それに参加してください」

否も応もなかった。すべては私の知らないところですでに決まっていた。私に拒否する自由などあり得なかった。やむなく、その会議とやらに顔を出した。

朝日新聞にこんなに広い会議室があるとは知らなかった。60〜70人がロの字型に並べられたテーブルに着いている。宮内庁職員、皇宮警察、丸の内署、朝日新聞の然るべきセクションの人々。それに、私。

当日、美智子妃はこれこれの時間に皇居を御出立され、〇〇分後に朝日新聞にご到着される。正面玄関は避けて、ホールに直接つながっている地下の入り口にお着きになるのを支配人たちが出迎える。そこから支配人のご案内でまず控え室にお入りいただき、すべての客が席に着いたあとでホールに足を運びいいただき、この席(ホールの座席図を示しながら)に着いていただく。周りは宮内庁職員が固める。

「そこで、御先導役の支配人にお伝えしておきたいのですが、妃殿下はおみ足が若いころに比べれば弱っておられるのです。したがって、御先導する際は、妃殿下の2m程前を、出来るだけゆっくり歩いていただきたい。間違っても、早足で歩いていただいては困ります」

ふむ、さようなものか。

「で、お帰りの際は……」

このあたりになると、元学生運動家もすっかり毒気を抜かれてしまった。思わず、頭に浮かんだお戻りいただく案を口にした。

「いかがでしょう。演奏会が終わっても、客はホール内から出ないようにします。まず妃殿下にご退席いただき、エレベーターに乗っていただいたところでホールのドアを開けて客を出したらいかがかと思いますが」

と話したのは私である。気分はすっかり臣下になっていた、とまではいうまい。しかし、それに近い気分ではあったような気がする。天皇制、恐るべし!

意外な返事が戻ってきた。

「いや、妃殿下は他の客に迷惑をかけることはことさらお嫌いになります。従って、他の客と一緒にホールを出ていただきます。もちろん、然るべき職務の者がガードすることになりますが」

ほう、美智子さんとはそのような人であったか。

当日、地下駐車場の入り口前でお迎えした。驚いたのは、到着時間が事前に配布されたスケジュール表と10秒も違わなかったことである。当時の私は、ホールを動かす必要から時間を正確に把握するため、電波時計を使っていた。というか、その腕時計はいまでも使っているのだが、その電波時計の正確さで測ったのだから、この「10秒」は間違いない。
後で考えれば、多分、皇居から築地までの信号機をすべて青にして走ってきたのだろうから、当たり前といえば当たり前なのだが。

そして当日。私はみごとに御先導役を務めた。

御料車が止まる場所からエレベーターまでの間には数段の階段がある。下車される美智子妃に頭を下げた私は、

「階段がございます。足元にお気をつけ下さい」

と、普段なら絶対に口にしないことを、何故か口走った。そしてエレベーターに向けて御先導を始めた。
エレベーター1台が、扉を開けて待っていた。待機していたのは朝日新聞の社員である。乗り込むと、美智子さんと私の2人だけ(ひょっとしたら、SPが1人いたか?)。ナンパするのなら絶好の機会だが、私にそんな気はない。それでも雑談程度は、と思わないでもなかったが、どう考えても話題が見つからない。無言の数秒である。

控え室まで案内し、ロビーに出て客の動きを見る。すべての客がホールに吸い込まれたところで控え室に戻り、

「それでは、お席にご案内します」

と声をかけて、私は歩き始めた。

この人は足が弱っているのである。ゆっくり歩く。2mの距離を取る。20歩ほど歩いて、

「この速度でいいのかな?」

とやや心配になった。であれば、振り返って確かめるしかない。私は首を左に回して美智子さんを見ようとした。

!!

50cmも離れていないところに美智子妃の顔があった!
歩き始めたとき、2人の距離は2〜3mはあったはずだ。たった20歩歩くうちに、私は距離を詰められている! 本当に足が弱っているのか?
階段に差し掛かった。美智子妃は軽々と、駆け上がるように登った。
本当に足が弱っているのか? うちの妻女殿より、はるかに足は達者だぞ!

演奏会が終わると、美智子さんは一般客と一緒に席を立って帰路につかれた。ロビーで一般客と異常接近するのは当然である。なにが起きるか?
美智子妃が客席にいることは、多分、すべての客が気がついていた。そして、音楽を聴き終えてロビーに出てみると、美智子妃が目の前にいらっしゃる。いらっしゃる。

「ああ、美智子さんだ!」

「皇后陛下!」

興奮した笑顔がたくさん見られた。それでも、日本人とは実に良く訓練された国民である。美智子妃に駆け寄る人はいない。一定の距離を保ちながら、でも、ほとんどの人が手を振っている。
そして美智子さんも、にこやかに手を振り替えしていた。浜離宮ホールのロビーは、皇室と国民の交歓の場となった。

これが1回目の皇室経験である。こんな経験、1回やれば十分である。二度とあんな思いをしたくはない。

「大道さん」

しばらくすると、また担当員が話しかけてきた。

「申し訳ないんですが、今度は天皇、皇后両陛下がおみえになるそうです」

!!!

「何で?」

「実は、1ヶ月ほど先に貸しホールとして浜離宮ホールを使う音楽事務所がルイ王朝時代のフランス宮廷音楽を再現するんですが、ダメ元で宮内庁に招待状を出したのだそうです。まさか採用されるとは思ってもみなかったというのですが、それが昨日になって宮内庁から返事が届き、喜んで招待を受けるといってきたんだそうです」

「あ、そう。貸しホールだから、朝日新聞主催の公演じゃないから、俺は関係ないよね?」

その時私は、きっとすがるような目をしていたはずである。あんな思いは2度としたくない! だが、のぞみは瞬断された。

「いや、うちのホールでやるんだから、御先導役は支配人に決まってますよ。宮内庁にしてみれば、朝日新聞主催かどうかなんてどうでもいいことですから」

おい、そんなとんでもない音楽事務所にホールを貸し出したのは一体誰だ!
と怒鳴りつけたいが、貸しホール営業にも力を入れてホールの稼働率を上げるというのも私が指示したことである。怒りはぐるりと回って私に戻ってくるしかない。
トホホ……。

当日は日曜日だった。本来なら休日のこの日、仕方なく私は出勤した。両陛下となると、お出迎えも私だけではない。当時の秋山・朝日新聞社長と肩を並べてのお出迎えである。
この日も、スケジュール表と10秒と違わず。2人は到着した。前回と同じく、私は御先導役を粛々と務めた。

違ったのは、演奏会終了後である。
この日使われた楽器は、ルイ王朝時代の楽器を復元したものである。珍しい楽器ばかりだ。

「というので、演奏会終了後、両殿下は楽屋をお訪ねになります。珍しい楽器を手にとって見たいというのがお2人のご希望なのです」

ホールから楽屋へ。事前に私は一般客をしばらくホール内に留め置き、ロビーを通って楽屋にいたるルートを提案した。ところが宮内庁が首を縦に振らない。

「両陛下は国民に不快な思いをさせてしまうことをお嫌いになります。他のルートはありませんか?」

こうして、普段は照明さんや舞台装置屋さんが通る、屋根裏の抜け道のようなルートが採用された。横幅は1m少々だろうか。そして、暗い。私も通ったことがなかったルートである(もちろん、当日までには通ってみた。ひょっとしたらネズミの2,3匹は出てきそうなルートだった)。

演奏会が終わり、私は2人を、このルートに導いた。今回は確かに、私の1.5mほど後ろに2人の姿がある。2人の会話は私に筒抜けである。

「あなた」

とは美智子さんのお言葉だった。

「今日の演奏会、いかがでございました?」

ほほう、皇族とはこのような言葉遣いで日常会話をされるものなのか。

「うん、なかなかよかったんじゃない?」

私、結婚してあと数年で50年。夫婦で、こんな会話をした記憶はない。

楽屋での滞在時間は20分の予定だった。が、予定時間が過ぎても楽屋の中の喧噪は収まらず、2人は姿を現さない。待ち受けた私が再び御先導役を務め始めるまでに30分か40分はかかったような記憶がある。

2人をエレベーターまで案内する。乗り込んで地下行きのボタンを押す。私は2人に背を向け、エレベーターボーイに徹する構えである。今回は、向こうは2人だ。私が雑談のネタを探す必要はない。
と考えていたときだった。突然、私にお声がかかった。

「あなたも何か楽器をおやりになるの?」

声の節は美智子さんだった。
えっ、俺が、楽器!
正直、焦った。おそらく、音楽ホールの支配人なのだから、クラシックおたくとまではいかなくても、クラシック音楽に造詣は深いのだろう、ピアノかバイオリン、ことによったらチェロやコントラバスを自ら楽しむ人物であるはずだ。それが美智子さんのご下問の前提であろう。
前任のO君はチェロを弾いていた。私の部下である担当員にはピアノの名手もいれば、バイオリンを楽しむ者もいる。朝日建物管理のS・Tさんは、確かピアノを教えたこともあったはずだ。
でも、私? ない。何も、ない。ギターは好きだが、あれは弾けるという代物ではない。フォークの伴奏にかき鳴らす程度の腕しかない。楽器をおやりになる、というレベルにはとても達していない。
では、何を?
おそらく、その時の私の脳内では、シナプスがこれ以上ないというほど異常興奮し、神経伝達物質が目まぐるしく飛び交っていたはずだ。私の、楽器……。
そして、答えた。

「はい、ハーモニカを少々」

思いついたのである。
私は小学生のころ、ハーモニカが得意だった。軍艦マーチも吹けた。窓辺でハーモニカを吹くと、愛犬ポチ(雑種だった)が寄ってきて、

ウォーン

と、吹き終わるまで声をあげた。あれは、私が奏でるハーモニカのみごとさに心を奪われて、何とかヴォーカルで音楽に加わろうという努力の表れであったはずだ。
私の楽器、ハーモニカ

なぜだか分からない。そう答えた瞬間に、エレベーターの小さな箱の中の空気が凍り付いたような気がした。再質問はなかったのである。

ハーモニカは楽器じゃないのかなあ……。

その後、秋篠宮もお迎えした。
さきの天皇・皇后、そして秋篠宮。テレビで良く顔を見る方々と小さなエレベーターボックスの中で過ごした時間を持つ人はそれほど多くはあるまい。

ホール支配人とは、そのような仕事なのである。