2024
04.14

私と朝日新聞 朝日ホール総支配人の18 研修で、Eric Claptonのコンサートを最前列で楽しんだ

らかす日誌

2006年秋、かのEric Claptonの来日公演があった。そのころ、彼はほぼ1年おきに来日し、すばらしい音楽を聴かせていた。

「来るか。コンサートに行こうかなあ」

とボンヤリ考えていた。そんなとき、

「ねえ、ホールのみんなでEric Claptonのコンサートを見に行かないか?」

と最初に声を出したのは誰だったか。
私かも知れない。Wa君かも知れない。あるいは、副支配人だったかも知れない。

その提案を、Wa君が理論補強した。

「来年から浜離宮朝日ホールはポップスの公演を始めます。僕は最高のコンサートにしたい。最高のコンサートをつくるには、最高のコンサートを体験しなければならない。Eric Claptonのコンサートは最高のコンサートです。ここのみんなが行けるのなら、行くに越したことはありません」

財政面から補強したのは副支配人である。

「朝日新聞には研修費というものがあります。ねえ、ポップスのコンサートを運営する私たちが、Eric Claptonのコンサートを見学するのは研修じゃないですか。私が掛け合って研修費をぶんどってきますよ」

私は全般にわたる諸注意を試みた。

「ポップスのコンサートを運営するのは、朝日新聞の社員だけではありません。この事務所で働いてくれている朝日建物管理のみんなも、運営する大切な事務所スタッフです。Eric Claptonのコンサートに行きたい人は全員連れて行きたい。その分の金も会社からふんだくってください」

この頃、雇用形態が4層だった事務所の人員構成は3層になっていた。アルバイトの雇用を止め、朝日建物管理の社員をひとり増やしたのである。
それでも、私の頭からはこの奇妙に歪んだ職場構成が離れなかった。同じ仕事をするのに、給与を含めた待遇が違う。会社が違うために、何となく上下関係があるような空気が流れる。こんな構造に私の神経はいつもピリピリしていた。
だから、ここで差をつけてはならない。朝日新聞社員が社費で研修に行くのなら、朝日建物管理のホール担当員も研修に行かねばならない。

「分かりました。任せてください。何とかします」

副支配人はそう請け負ってくれた。
全員から参加希望を募った。ほぼ全員が参加したいといった。

「取れました」

といいながら副支配人が事務室に入ってきたのは数日後のことだ。

「こんな金があるって知ってるのは、社内はあまりいないんですよ。だから研修費の予算はいつも使い残しがあるんです。楽勝でした」

さあ、財政的な裏付けが出来た。次はコンサート当日に向けての準備である。

浜離宮朝日ホールのチケット販売を通じて友好関係を続けているチケット販売会社に連絡した。

「Eric Claptonの来日コンサートを、ホール職員の研修に使います。それで、チケットをお願いします。研修なので、一番いい席が欲しい。アリーナ席の最前列を取ってもらえませんか?」

「えっ、10数枚も最前列ですか? それは……。できれば2日に分けてください。それに、2列目の席も混じるかも知れませんが、それでいいですか?」

それでよい。最前列も2列目も、たいした違いはない。私費で何度も行ったClaptonのコンサートは、ほとんどが階段席である。ひどいときは、演奏中のクラプトンの後ろ姿しか見えない席であった。最前列でなくても、2列目なら充分に「研修」になる。

私はもう1つ準備を進めた。
世界公演中だったClaptonのプレイリストをネットで探した。見つかると、手持ちのクラプトンのCDから、プレイリスト通りに曲を抜き出し、CD-Rに焼いた。参加する全員分である。
何しろ、これは「研修」なのだ。であれば、事前の予習は是非ものである。みなクラシック音楽には私以上に詳しいようだが、クラプトンに関しては薄い知識しかないかも知れない。演奏曲に馴染んでおくのは何よりの予習ではないか。

私たちは2日に別れて日本武道館に向かった。私が1日目だったか2日目だったかは記憶にない。
武道館に到着する。チケットを出し、中に入る。一路アリーナ席に向かう。そして、目指すは最前列である。

「おっ、ここだ、ここだ!」

私のチケットは最前列、舞台に向かってやや左であった。最高の席だ。これ以上を望めばバチが当たろうというものである。

待つうちにClaptonが大きな拍手に迎えられて登場した。マイクは私の右2mほどの舞台の上に立っている。

さて、当日のプレイリストは記憶にない。ネットでググってみたら、1曲目はTell The Truthだったらしいが、確信がないのでこれ以上は触れない。
記憶にあるのは、私の目の前でEric Claptonがギターを弾き、渋い声で歌っている姿である。私との距離は直線で5mもあったろうか。彼の唾や汗が飛んできてもおかしくない距離だった。酔い痴れたのいうまでもない。

酔い痴れながら、おかしなことは覚えている。
私の隣に座ったのは、朝日建物管理のS・T嬢であった。彼女も酔い痴れいていると思っていた午後8時頃、つまり演奏が始まって1時間ほどたった頃、彼女が突然いった。

「あのー、ごめんなさい。ちょっとトイレに行ってきます」

?! これほど盛り上がっているときにトイレ?
とは思ったが、ことは生理現象である。いくら私が支配人であるとはいえ、

「こんな時に、ダメだよ」

とはいえない。いって、そこでお漏らしされたら、誰が後始末をするのか?

午後9時過ぎ、コンサートは終わった。有志を募り、確か有楽町の中華料理店で腹を膨らませて三々五々帰宅の途についた私たちであった。

あの研修、役にたったのかな?
結果を見れば、浜離宮ホールで始めたPremium meets Premiumは大成功で、いまだに続いているのだから役にたったのだろう。会社の金を無駄に使ったのではないと私は信じている。
ねえ、会社員って楽しいでしょ?

そうそう、1つだけ付け加えておかねばならない。

「大道さん、浜離宮の人たちはEric Claptonのコンサートに行ったんですって?」

と厳しい目を向けたのは、有楽町ホールで働いている女性職員であった。

「私も行きたかったなあ」

あっ、忘れてた。浜離宮でポップスのコンサートを始めるから、Eric Claptonのコンサートで研修する。その図式しか頭になかった私は、有楽町で働く仲間をすっかり忘れていたのである。

「行きたかった!」

ごめん。私のような迂闊な支配人を持ってしまった不幸と思って諦めてちょうだい!
それからしばらく、有楽町ホールが遠い私であった。