2020
02.20

トランプはまだましな方の大統領ではないかと思えてきた。

らかす日誌

バイス」(2018年、アダム・マッケイ監督。アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞)

記者たち 衝撃と畏怖の真実」(2017年、ロブ・ライナー監督)

をたまたま続けて見ることになったのは、どちらも今月、WOWOWで放映されたからに過ぎない。2本の映画がどちらもブッシュ・ジュニア政権に焦点をあてていることは、見るまで知らなかったことである。
なかなか面白い映画で、いつしか引き込まれて見続けるうちに、ふと思った。

「トランプって、ひょっとしたら、まだましな方のアメリカ大統領なのかも知れないぞ」

「バイス(VICE)とは、「悪」という意味もあり、「副」という意味も持つ。実に意味深なタイトルである。主人公はブッシュ・ジュニア政権で副大統領を勤めたディック・チェイニー。ブッシュ・ジュニア大統領といえば、9.11テロを悪用してイラクを悪の帝国に仕立て上げ、ありもしなかった大量破壊兵器をイラクが持っていると因縁をつけて戦争を仕掛けたとんでもないヤツである。ところが、この映画によると、実際に仕掛けたのはチェイニー副大統領で、頭の弱いブッシュは単なる飾り物に過ぎなかった。

若きチェイニーは酒癖の悪い落ちこぼれであった。それが婚約者に尻を叩かれて政治の道に進むと、よほど肌合いがよかったのかトントン拍子で階段を駆け上る。ニクソン政権で首席補佐官、次いで下院議員となり、ついにはブッシュ・ジュニア政権で副大統領に上り詰めるのである。
何でこの落ちこぼれが? と思わぬでもないが、そのあたりについてはこの映画は不親切である。要は手抜きの説明しかしてくれないのでチェイニー出世のいきさつはよく分からないが、それが今日のテーマではない。

このあたりからは、もう一つの映画「記者たち 衝撃と畏怖の真実」と合わせて見よう。

イラクの核開発疑惑、生物・化学兵器製造疑惑、大量破壊兵器疑惑はすべて嘘であったことは、いまや知らぬ者はあるまい。
だが、なのだ。アメリカの大統領府が嘘を突き通してイラクに攻め入り、ついにはフセイン大統領の息の根を止めたのは、アメリカ国民でもイラク国民でもない多くの人にとっては対岸の火事ではなかったか。60万人を超す民間人の死者が出たと聞いても、少なくとも私には、

「あ、そう」

という程度の、遠くに離れた火事であったようなのだ。

それが、この2本の映画を見てずっと切実に感じられ始めた。何しろ、チェイニー一派の嘘のつきかたが徹底しているのである。
記者会見で堂々と嘘を言う。テレビのインタビューで同窓と嘘を言う。記者に突っ込まれても表情1つ変えず嘘を言う。嘘、嘘、嘘、嘘……。

中でも凄まじいのは、パウエル国務長官に国連の場で嘘をつかせたことである。
軍人上がりのパウエル長官は、ブッシュ政権の閣僚の中では最たる良識派で、イラク侵攻には最後まで疑問を持ち続けた。だが、政権内の足並みが揃わなくては大事はできぬ。加えて、イラクに攻め入るには国際的な承認が欲しい。そのためには国連安保理の合意がいる。国連を動かすには、世界的に信頼度の高いパウエルにブッシュ・ジュニア政権の政策を述べされればよい。こうして2003年2月、パウエルは国連安保理で演説した。パウエル報告という。

さすがに、世界の信頼を集めたパウエルである。演説用に、と部下があげてきたデータの80%を

「信憑性がない」

と捨て去り、残り20%について、

「これらのデータは何%信頼できるのか?」

と部下に迫った。部下が

「100%」

と応えたため、やむなくその20%を元に作ったのがパウエル報告なのだそうだ。

このような善意溢れる良識的な閣僚までだまして踊りを踊らせる政権は身震いするほど恐ろしい。

これをトランプ政権と比べると……。
閣僚が盛んに入れ替わった。つまり、天上天下唯我独尊を信条とするようなトランプ政権は、閣僚を手なずける手腕においてチェイニーに劣る。政権内の不統一を表に出さざるを得ないトランプ政権、パンツの中まで見えてしまうトランプ政権は、チェイニーが運営したブッシュ・ジュニア政権に比べれば、恐ろしさの度合いがはるかに低い。

「こんな、ドラえもんのジャイアンみたいなヤツをアメリカ国民は大統領にしちゃうんだろう?」

と、民主主義の先輩であるアメリカが情けなくなる程度である。
それに比べれば、情報操作を徹底して、あるいは存在しない情報をねつ造までして国民ばかりか閣僚までだまして政策を進めたチェイニーは

「人間は権力を握れば、そんなことまでできてしまうのか」

と思わせてはるかに不気味である。

「記者たち 衝撃と畏怖の真実」は、その情報操作と徹底的に闘った新聞、ナイト・リッダーの物語である。
ブッシュ・ジュニア政権と闘うことになったきっかけは、そらく些細なことだろう。相次ぐ政権の情報提供に対して

「ホントかよ」

という小さな疑問を持ったことが総ての始まりだったに違いない。政府当局の発表だからと鵜呑みにすることなく、疑問を持ったら裏付けを取る努力をする。いってみれば、それは記者としてイロハのイなのだが、これがなかなかできない。テレビは言うに及ばず、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムスといった超一流と言われる新聞までがブッシュ・ジュニア政権の情報を垂れ流す広報機関に落ちぶれてしまう中、ナイト・リッダーだけは政府の言葉を徹底的に洗い直し、編集長が現場の記者を支えて、本当の情報を伝える唯一のメディアになったのである。

驚いたのは、ナイト・リッダーの取材をきちんと受け止める政府高官がいることである。
大統領府が嘘を垂れ流してまでイラク侵攻に出ようというとき、官僚として、大統領府と違う情報をメディアに流すのは危険を伴う行為である。ばれれば首が飛びかねない。
それでも、ナイト・リッダーの記者の粘り強い取材に、一人、また一人と口を開いていく。大統領府が進める政策は国を滅ぼす、という危機感、怒りから口を開いた人もいるだろう。記者との長年の信頼関係があってはじめてチラリと漏らす人も会ったろう。いすれにしろ、当時のアメリカには、政府の情報操作に乗らずに真実に迫ろうという少数の記者がいて、真の意味で国を守るため、正しい情報を流すことが自分の使命であると考える少数の官僚たちがいたのである。

翻って、今の日本はどうか。
新聞やテレビに、そんな情熱を感じとれるニュースがどれほどあるか?
内閣の意向に沿って桜を見る会の出席者名簿を破棄したといって恥じる様子のない官僚たちに、国を思う心、使命感はどれほど見て取ることがでるか?

安倍1強内閣が続く。だが、安倍1強が怖いのではない。安倍1強を支える、サラリーマン組織に成り下がった自民党、衰退した官僚組織、そして有効な批判の矢を放てないメディアしか目につかないいまが怖いのである。

怖いといえばコロナウイルス。とうとう中国での死者が2000人を突破した。

中国では、コロナウイルスのピークは2月中旬から下旬にかけて、との指摘もあるという。ということは、そろそろピークアウトしてくれるのか。

桐生でも、桐生厚生病院で感染者を受け入れるのだそうだ。そろそろ他人事ではなくなるのかな?