2021
05.11

桝谷英哉のよもやま講座 マルチスピーカーの考え方のⅢ その1

音らかす

フィルターの回路が決まったところで、いよいまアンフに仕上げる。第18図がその基本回路である。

第18図

まず入力信号ゼロの時を考えよう。Vccを30Vとすると、トランジスター2SA1845のベース(B)には、2本の200kΩで半分になった15Vか当たっていて、B—Eへごくわずか流れ込んで、Eから2.4kΩを通って、アース(GND)へ落ちる。そしてそのB―E電流のhfe倍の電流がC—E間に流れて、その分だけEの電圧が上がるので、そこが14.4Vで落ち着く。

ここにサイン波形が入って来ると、その分だけBの電圧か振動する。勿論この振動は、200k Ωを通ってコレクターとGNDの方へも伝わる。これが困るのである。元来エミンターフオロアー(common Collector)の原語名で判るように、この回路では交流的にコレクターとGNDか共通でなければならないのである。

といって直流の分布から考えるとCが30V、GNDが0ボルトだから、この2点を共通(ショートさせる)と、Vccが過電流になって、ヒユーズが飛んでしまう。

賢明な読者は御記憶の事と思うが、コンテンサーは交流は通すが直流は通さない、とこの連載記事で以前に述べた。だからこの回路のVccとGNDをコンテンサーで短絡すれば、コレクターも交流的には0Vになって、CとEが共通になるが、直流は通さないので直流Vccはそのまま30V、GNDはゼロVを保つ。 まことに便利な電子部品である。

ここでも1/ωC=Rの法則は活きているので、コンデンサー(C)の値は充分大きな値のもの(計算値では47μFもあれば良いのだが、僅かな部品代をケチる事もないので100μFを使った)を使用しなければならないのはいうまでもない。

アルミニウム電解コンデンサー

Vccが30Vだとすれば、ここに使われる電解コンデンサーはその電圧に耐えるものでなければならない。だから普通市販品では部品のコストダウンのために、ギリギリの30WV又は35WV(Working Voltage)、正しい英語ではwvdc(working voltage, direct current)つまり直流電圧に対する耐圧電圧のものを使用するのだが、音質上大きい方が有利なので、本機では50Vのものを使ってある。

こんな事を書くと間違いなく、横文字の名のついたべらぼうに高価なコンテンサーで、100WVのものを使ったらなお良いだろうと考えるマニアがいる。

サウンドボーイ誌(ステレオサウンド刊)の58年5月号134頁、マイサウンドフレッシュアップ作戦にこの実例が出ている。千里ニュータウンに住む佐藤光一さんのところへ、アドバイザー長島達夫氏がこの雑誌から出張して、佐藤さんの装置を診断して、改良しようという番組である。

長島達夫さんにはお目にかかった事はないが、かなりのキャリアをお持ちの人と見えて、佐藤さんの低音に対する不満の原因をクリスキットMARK-8のコンデンサーに、自分勝手に選んだWT2A106K(SOSHIN)と診断しておられた。

何処の記事を読んだのか知らないが、本来ここには、 NEC製のタンタルコンテンサー16V、10μFを使ってある事はこの機種を作った事のある人なら御存知の通りだが、どこかのパーツ屋で入手した非常に高価なしかも馬鹿でっかいコンデンサーを次から次へ入れ替えたらしい。

高島氏の診断の結果、元々パーツセットに入っていた元の部品タンタルコンデンサー(10μF16V)に取り替えて、低音がパッチリと良くなったという話。

筆者は自分でこの雑誌を見つけたわけではない。話はこうである。

ここ5年ばかリクリスキットのMARK-8+P-35Ⅲを使っておられる大阪の人から電話が入った。MARK-8の入カコンデンサーに、何とかいう高級コンデンサーを使うと音が良くなると聞いたのだが、その部品の人手方法を教えて欲しいというのである。大阪の日本橋で売っている店があると聞いたのだが、とその人はいう。

そこんところには色々検討した上でタンタルコンデンサーを使用してあるので、他の部品を使うのはあまり感心しない、と説明しても受け付けてもらえない。押し問答をしているうちにその記事の出どころが、上記の雑誌だと解った。

早速私共が利用している広告代理店に頼んでバックナンパーを6頁コピーしてもらって、始めて知ったのである。大阪の人からの依頼もあったので注意し二度も読んだ。記事に書いてある事は電話で質問をして来た大阪の人の質問とは正反対で勝手にこの手のコンデンサーと取り替えたのが災いして低音がぼやけていたので、元に戻して良くなったと何度読んでもそう書いてある。

何だかキツネにつままれたような話だ。

心ここに在らざれば見れども見えず、聞けども聞こえず、食らえどもその味を知らずと、ものの本に書いてある。マニア病が昂じてくるとこのように情報を誤って受け取るものらしい。一、二ヵ月前にも書いた。恋は思案の外とは良くいったものだ。

百円の使い捨てライターで用が足せるのに数万円のライターを買う男もいる(筆者の場合いたと書きたい)のだから、1個数千円の部品を(この場合は4個必要だが)売るのは決して悪い事ではない。ただもものの理屈も考えないで付和雷同するのは馬鹿げた事だ、と私はいいたい。

しかも、無駄銭(がね)を使って、かえって音を悪くするのは何とも馬鹿げたという他はない。

結局、ものの理屈を考える以外にこんな被害から免れる方法はない。

だからものの理屈も考えないで、じっくりと比較検討もしないで(といっても音の良し悪しの判らない人は別だけれど)ひとが球の音は……とかMCカートリッジの高音の冴えは……なんて情報を鵜呑みにするのは余り利口なやり方ではない、といっているのだ。

事のついでに説明しておくが、MARK-8にしてもP-35Ⅲにしてもこの10μF(16V)のタンタルコンデンサーを使用する個処はそれぞれの増幅回路中、最もインピーダンスの高いところである。

実験は簡単に出来る。どちらの機種でも同じだが、スピーカーにつないで(比較的大きな音が出るので、トランジスターラジオ等に使用される安物で小型のものが良い)左手でシャーシーを握ったまま、右手の人差指でこのタンタルコンデンサーに一番近いところにある金属部に触ってみる。(左手をシャーシーから離すとかなり音が大きくなるので注意を要する)

スピーカーからブーという音が出るのが判る。ここんところのインピーダンスが高いため、貴方の身体にある誘導交流電圧を拾って、それが雑音になったわけである。

頭の回転の早い人はもうお気づきだと思うが、このタンタルコンデンサーの代わりにSOSHINのコンデンサーのような象のキャラメルみたいに大きな部品を入れるとその図体がアンテナの働きをしてハム雑音を出す。

リスナーの位置で聞きとれる程の雑音の場合はその時点で大騒ぎをして、神戸へ電話を掛ける破目になるのだが、そのハム雑音が比較的小さい場合気がつかないでいる場合がある。クリスキットの残留ノイズ自体、非常に少なく設計してあるからだ。

こんな場合、俗にいうハムっ気のあるアンプになっていて、それが低音に重なるので、低音のしまりのない音になる。これでも気がつかない人は天下泰平。ラジカセの音で充分満足の出来る人である。

こんな人は、筆者の書いた『ステレオ装置の合理的なまとめ方と作り方』にそのテストの方法を詳述してあるのでそちらをお読みいただきたい。

もう一度ことわっておく、SOSHINだか、オレンジドロップだか知らないが、こんな部品を売る商人の悪口をいうつもりは更にない。誤解のないようにここまで書いておかないと、智恵遅れの人々が筆者のところへひとの悪口をいうな、と手紙を寄越す。返事を出そうにも、横浜市、江口としか書いてないので、プラックリストのファイルに綴り込んでおいて、一年経ったら捨てる事にしている。

頼かぶりをして、デモ隊のうしろの方でわあわあいっている学生みたいなもので取締りようがない。

困ったもんだ。

こんな馬鹿げた銭の費いようをして、かえって音を悪くする連中の事もマニアと呼ぶ。

ここまで理解した上で、50WVのオーディオグレードのアルミニウムコンデンサーを使う。オーディオ用コンデンサーといえども、箔をコイル状に巻いて作ったものなので、その事から起こり得る高音に対する影響をなくするためにオーディオ用に作られたポリエステルフィルムコンデンサ−MEUグレードを並列に入れたのは、クリスキットの他の機種と同じ考え方である。(Lは周波数が高くなるとインピーダンスが上かる)

幸いな事にこの様に回路に挿入したコンデンサーが電源から混じって来るノイズを完全に取ってくれるリップルフィルター(Ripple filter)の働きもする。一石二鳥とはこんな事をいう。