06.14
ステレオ装置の合理的なまとめ方 その11 プリアンプのアクセサリー 2
⑤ヘッドホン
時々雑誌に製作記事を書くせいか、クリスキットマークⅥの回路にヘッドフォーンジャックをつけられないか、と言う質問が良く来る。
現在市販されているヘッドフォーンはすべて8Ωのインピーダンスを持っている事は衆知の事である。プリアンプの回路には、この8Ωのインピーダンスのヘッドホンとマッチするところは一カ所もない。だからつなぐ訳には行かない。
したがって、市販品の中に、ホンジャックをそなえているものはすべて、ヘッドホン回路が別に設けてある。殆どが、簡単な回路で石を並べて、とにかくヘッドホンが鳴るように作られている。ひどいのになるとオモチャみたいな、インピーダンスマッチングトランスを使ったのもある。
これはメーカーが悪いのだ、とばかりも言えない。こんなもので喜んでいるマニアにもその罪がある。こんな事だから、良いダイナミック型ヘッドホンが市販されないのだ、と私は思う。
折角パワーアンプが、音質を第一に設計されていて、その出力が8Ωのスピーカにマッチするような仕組みになっているのだから、8Ωのヘッドホンはそちらへつなぐのが、合理的な使い方だと言える。にもかかわらず、先程述べたプリアンプにその回路を組み込もうという考えが、どうしても私には納得出来ない。プリアンプの中に本物のスピーカを鳴らすのと同じようなウエイトを置いた回路を入れるとすれば、パワーアンプが2台必要になる勘定である。それこそ無駄な話で、やっぱリパワーアンプの出力から信号を採るのが一番良い。
これは別に、パワーアンプにホンジャックを組み込まなくしも、第28図のように、スピーカコードの途中で適当な切り換えスイッチボックスを設けて、そのボックスにホンジャックをつける方法もある。
私はこの方法を使うようになって、もう10年近くなるが、非常に具合が良いし、一度もトラブルにぶつかったことがない。
結論から言うと、メーカーがそのカタログに明記しているように、音質をそこねる事を承知の上で取りつけてあるDINコード用ジャックと同じで、このホンジャックも、つけ足しのアクセサリーの一つと考えるべきであろう。
真空管かトランジスタか
今までにずい分大勢の人々が議論してきたテーマである。私は、それがプリアンプである限り、どちらでも良いと考えている。
元来、球の音とか石の音という区別はない筈で、トランジスタがまだやっとオーディオ回路に使われ出した頃ならともかく、最近のように優れた回路が考えられるようになり、真空管では実現不能と思われる優れた回路が生まれて来るようになった今、オーディオの音作りでは、どちらかと言えばトランジスタの方に軍配が上がるのではなかろうか。
マニアの間でよく取り沙汰される事であるが、石の方は測定値ではともかく、その再生音に音楽性がない、と言う説がある。
ウドンとソバとどちらが美味しい、と言って見たところで、ものは好き好き。出来の良いソバとあまりうまくないウドンとを比べる馬鹿はいない筈でたとえそれがどちらも最高の味と折り紙を付けられたものであっても、そこに好みが入って来ると、どちらが美味しいとも決めるわけには行かない。
他日、商工会議所の国際部会に出席した時の話である。入口でテーブル番号を、くじ引きみたいな具合に渡されるので、隣の席に誰が座るかは、席に着いて見なければ解からない仕組みになっている。
その日は、インドネシアの総領事のMr.Djelantik の隣に座る事になった。一つのテーブルに8人づつ座る仕組みになっていて、食事をしながらあれこれお国自慢に花が咲く。
『インドネシアの料理で何が一番美味しいか』
と言う質問が、日本のある商社マンから出た。先程からいろいろ話をしていて、そのインドネシア人はかなり頭の良さそうな男だったので、彼が何と答えるかに大いに興味があった。
『それは難かしい質問ですね』
まことに流暢な英語で答え始めた。元来インドネシアはポルトガルの支配下にあったので、インドネシア人の第一外国語はポルトガル語である。彼はフランス語もしゃべれたので、かなり語学の達人であろう。
『私は, 日本のサシミもスキヤキも非常に好きですが、多分、そのどちらも私が料理したらとしても美味しくないと思いますよ』
なかなか味な事を言う、と私は内心大いに感服した。
その男、相手が自分の答えが理解出来なかった事を見てとって、
『つまりどんなに美味しい料理でも、その料理人の腕によって味が変わりますから、何が一番美味しいか, と尋ねられても即座にはお答え出来ませんね』
おどろいた事に、この事を質問した商社マン、あまリバツの悪そうな顔もしないで、にこにこしていたところを見ると、大して頭の良い男ではなかったのかも知れぬ。
ビフテキの好きな男もあれば、刺身が一番だと言う人もある。そして、その刺身も、醤油とワサビがなければ,あまりいただけないものだ。
結論を言う。オーディオ回路の理論が解らない者に、石がどうのと言う資格はない。
KT-88の音、2A3シングルの味、そういったものは、それ等の球を中心として、それに最も適合した回路があり、その回路から音が出るのであってKT-88なら、どんなに歪んでいても或るいは発振しかかっていても、やはりKT-88の音は、と言える筈はないのである。
面白い話がある。測定器並みの耳の持ち主が,あるオーディオコンポーネントの調整に当たっている時の事である。五、六人居合わせたそのテストでマルチアンプのレベルをあれこれ動かして見たり、スコーカ用のアンプをツィータのと入れ換えてみたりして、やっと出来上がって、音楽でも聴きながら、お茶をいただいて、やはリマランツ♯7の音は良い、とかなんとか、何処にでも見られるオーディオ談義の最中、ひとりの男が立ち上がってスピーカシステムに近づいて、しげしげと眺めていて、8,000Hz以上を受け持っているツィータのコードが片側外れていたのを見つけたという話。笑えぬ事実なのである。
こんな風な評価で、石か球かと論じている人が案外多い。だから電気にはしろうとでも、オーディオにはくろうとだという評論家がペンをとれるのである。 「
だから私は、回路に石が一つ入っていても分かるという意見や、コンデンサを一つも使わないDCアンプでなければ良い低音が出ない, という発言は信用しない事にしている。
だから、プリアンプに関する限り、球でも石でもどちらでも良いと私は思っている。けれどソリッドステート回路が進歩して行くにつれて、クリスキットP-35の製作記事のところでも述べてあるが、パワーアンプのように卜ランジスタの方が、プリアンプにおいても、あらゆる点で良くなるのもそんなに遠い未来の事ではないとも考えている。
- 急な商用で筆者が9月に渡欧しますので、来月号は一回お休みさせていただきますので、悪しからず御了承下さい。
以上、電波技術 1974年10月号