2009
01.23

2009年1月23日 私と暮らした車たち・その26 BMW318iツーリングの3

らかす日誌

前回お読み頂いたように、私が注文したのは、売れ残りである。買い主が決まらぬまま生産ラインを離れ、はるばる日本まで運ばれてすでに陸揚げされている。次の年式の車が出る前に買い主が決まるはずだったのが、何かの手違いで売れ残ってしまった。
レザーシートが欲しいというのは少数派である。だから、買い主が決まらぬままに生産され輸入された車は、当然布製ののシートである。
なのに、レザーシートがいいという変人が現れた。どうする?

張り直すのである。車からシートを取りはずし、表面から布製の生地をすべて取り去る。ドアの内張もレザーにしなければならないから、ここもビニールの内張を取り去る。その上でレザーを張り込んでいく。取り去られた布製の生地、ビニールの内張は、もう使い道がない。廃棄されるしかない。

地球規模でいえば、資源の無駄遣いである。

個人の規模でいえば、

「そうか、廃棄される生地やビニール内張も、私がお金を払っているんだな」

というモヤモヤとした思いとなる。
いずれにしてももったいない

だが、私はレザーシートを頼んでしまった。その時点から張り替え作業が始まる。だから納車にはずいぶん時間がかかった。その間、代車である白の318iを乗り回した。 リース料が1日いくらか知らないが、保険会社が払うのだ。私が気にすることはない。

そういえばその昔、BMWジャパンの社長に仕事で会ったことがある。車が好きなこともあって話し込んでいたら、

「大道さん、ぜひBMWに乗ってみて下さい。乗って頂かないとBMWの真価は分かって頂けません」

と試乗を強いられたことがある。

「僕なんか、逆立ちしてもBMWなんて乗れませんからいいですよ」

と本気で断り続けたが、彼は諦めない。とうとう根負けして試乗だけは引き受けた。

「じゃあ、まかり間違ったら買えるかも知れない318iにして下さい」

と申し出た。当時は318iが一番安いBMWだった。だから、六本木のカローラと呼ばれたのである。だが、これも拒絶された。

「一番いい車に乗って頂かないと、BMWの本当の良さは分かって頂けません」

とうとう金曜日から月曜日まで740だったか745だったかを押しつけられた。確か1500万円ぐらいする車だった。そんな金があれば、私なら住宅ローンを先に返す、と考えてしまう貧乏湖雲上しか持ち合わせていなかったから、価格に圧倒されて、恐る恐る乗った覚えがある。

BMWに乗るのは、それ以来のことである。試乗を押しつけられたのはBMWの最高級車。我が家に来たBMW318iはBMWの入門車である。
だが、バルブトロニックのエンジンを搭載したBMW318iは、それまでに乗ったどの車より楽しい車だった。

まず、エンジンが素晴らしい。実によく回る。極端な表現をすれば、アクセルを軽く踏んだだけで脱兎の如く走り出す。出足が極端にいい。
交差点の最前列で信号が青に変わるのを待つ。次の瞬間、出足で負けたことは一度もない。信号レースでトップになりたいという若気はすでになかった。だからアクセルを軽く踏むだけだった。なのに、私の車がたちまち先頭に出る。横に並んでいる車に負けたことは一度もない。

なのに、実に静かな車である。車内にいる限り、耳に感じるエンジン音はベンツC200よりはるかに小さい。ベンツC200のように停車時にエンジンの振動が運転席に忍び込んでくることもない。ベンツC200では高速で時速100kmを超すと風切り音が大きくなり、カーオーディオのボリュームを上げなければ音楽が聴き取りにくかった。だが、318iは同じ速度域でもあまり風切り音がない。ボリュームを上げる必要はない。

カーブを曲がると、車はカーブの外側が少し沈み込み、車体が斜めになって曲がっていくのが普通である。だが、318iは外側がほとんど沈まない。体感では水平を保ったまま右に左に曲がる。最初は不思議な感じだった。徐々に快感に変わった。318iは曲がるのも楽しい車なのである。

小物も面白い。エンジンの回転数を伝えるタコメーターの下に、瞬間燃費計がある。ガソリン1リットルあたりの走行距離を表すというこのメーターがどこまで正確かは不明だが、発進時は最低の5に張り付く。5以下の数字がないから張り付くわけで、実際は3ぐらいかも知れない。速度が安定すれば10、12と数字が上がる。高速道路を一定速度で走っていると20を上回るようになる。加速しようとアクセルを踏み込むと10、8と落ちていく。

「なるほど、車は動き出すときにいちばんガソリンを食うんだな」

が目で見える。ついつい省エネ運転をしてみたくなる大人の玩具である。

「BMWって面白い! この車にしてよかった!」

乗るたびに楽しい。馬力がどうだとかトルクがどうだとか、カタログに示された数値で選ぶものではない。乗って喜びを感じられるかどうか、車から離れたときにまた乗りたいと思うかどうか、で選ぶものである。
ま、女性選びとかなり似ている、ともいえる。

「ベンツ以外の車には乗れないかも知れない」

と思いこんでいたのが嘘のようにBMWに惚れ込んだ。 秋の空と同じく変わりやすいのは女心だけではない。

車の評価で私が信頼するのは両角岳彦氏と、それに連なるグループである。「マガジンX」もその系統だし、廃刊されるまでは毎年「本音のクルマ選び」を買い続けた。
そのどれを見ても、私が乗ったベンツC200とBMW318iは東西の正横綱だった。ファミリーカーとしてこれ以上の車はないということである。

たまたまその両方に乗った。私はBMW318iに軍配を上げる。
ベンツが優れているのは、私見に寄れば2点しかない。
シートは、ベンツの方がゆったりして楽だった。
トランクの広さは、ベンツの方が遙かに上である。BMWは優美なデザインを優先して実用性をどこかで切り捨てているのにたいがいない。
この2点を除けば、ほかのあらゆる点でBMWの方が楽しい車である。

てなことを考えながら遊んでいるうちに、保険会社からは

「まだお車は納車されませんでしょうか?」

と何度も泣きが入った。
知ったことではない。私だって一刻も早く自分の車が欲しい。来ないもの、仕方ないじゃないか!
電話にはいつも冷たく答えた。

保険会社の担当員にとっては長い日々だったろう。だが、私には短い日々だった。何しろ、BMW318iが我が家にある。焦る必要は全くない。

やがて、私の車の納車日が来た。
仕事を終えて自宅に戻ると、駐車場に止まっていたのだ、濃紺のBMW318iツーリングが。
この日から、私とBMW318iツーリングの暮らしが始まった。

そして、あと1回だけ。2月で終わるはずだったローンの支払いも、この時から延長された。
ボーナス併用の36回払いであった。あと3年も払い続けなければならない。

(左の写真はネットで拾ったもので、私が乗ったBMW318iツーリングではありません。念のため)