2009
02.16

2009年2月16日 私と暮らした車たち・その30 BMW320iツーリングの2

らかす日誌

迷いは、なかなか晴れなかった。

まず、新しい3シリーズのデザインがしっくり来なかった。
ベンツを見てもフォルクスワーゲンを見ても、ゲルマン民族の作り出す車のデザインは、質実剛健を持って旨とする。そう、車を合理的に練り上げていくと、こんな形になるんだな、という説得力がある無骨さともいえる。感性よりも理性に訴えかける理知的な無骨さといってもいい。

これに対して、イタリアやフランスのラテン民族の作り出すデザインは官能的だ。私が大好きな、でも逆立ちをしても買えないマセラティのデザインはセクシーですらある。見るたびに、工業製品でこれほどまでに人の心を溶かす形が作り出せるのか、と目を奪われる車が多い。いい意味で遊び心に溢れている。

と区分けしてみると、最近のベンツはラテンになりたがっているのではないか? 自らの特質を捨て去って隣の芝生を我が庭に移植しようとする。鵜の真似をするカラスは決して尊敬されないのに。

そのゲルマンデザインの中で、BMWだけは独特の優美さがある。ゲルマン民族が作り出したとはとても思えないデザインがBMWの魅力の一つである。
かつて、たまたま銀座でお目にかかったトヨタ自動車の幹部に

「トヨタの車に乗らなくてもいい立場だったら、何に乗りますか?」

と聞いたことがある。即座に答えが返ってきた。

「そりゃあBMWですよ」

(余談)
私はこういう質問の仕方を好む。本音が聞けるからである。かつて我が家を建てようと思ったとき、ハウスメーカーの知り合いに片っ端から質問した。
「君の会社がなかったら、どこのメーカーの住宅にする?」
戻ってきた答えの8割は、ヘーベルハウスだった。なるほど、ヘーベルハウスとはプロが認める住宅なのか。おおいに心が動き、ヘーベルハウスから見積もりをとった。高かった。それに、当時のヘーベルハウスは広い敷地に建てれば威風堂々として見栄えがするのだが、我が家のように30坪しかない狭い敷地に建てるとさっぱり映えないデザインだった。諦めた。我が家は、街の工務店が建築した重量鉄骨造りの3階建てである。

 トヨタ自動車と仕事の上のつながりがあって、仕方なくマークllに乗っているとぼやいていた知り合いも口癖のように言っていた。

「いまの仕事じゃなければ、BMWにするんだけどねえ」

まさか自分がBMWに乗ることになるとは想像もせずに聞いていたが、BMWは人の心をつかむデザインのツボを知っている自動車メーカーである。

3年前、私がBMW318iツーリングに即決した決めてはバルブトロニックエンジンだったが、もちろん、そのデザインも大いに気に入っていたのはいうまでもない。デザインが、○○社の△△だったら、バルブトロニックエンジンがあっても、果たして買ったかどうか。
それなのに、現行車種のデザインはBMWをBMWたらしめていた優美さをどこかに置き忘れてきた。一番高い7シリーズから始まったデザインコンセプトの変更にギョッとし、次に出た5シリーズにも

「こりゃ何じゃ?」

と首をひねった。やっと見慣れてきたが、いまでも、どう見ても美しいとは思えない。不格好である。
新しいデザインコンセプトで最後に登場したのが3シリーズである。最も穏やかなデザインコンセプトの変更と評されたが、相手をにらみつけるような前照灯に象徴される威嚇的なフロンマスクなど、今ひとついただけない。

「これまで乗っていた318iツーリングのデザインの方が遙かに美しかった。新しいデザインは異様だ」

というのが、迷いの最初である。
スペアタイヤをなくし、ランフラットタイヤにしたのも納得できなかった。ランフラットタイヤについては「2008年10月16日 大丈夫?」でも触れたが、要はタイヤの側面を丈夫に作り、パンクをしてもしばらくは交換しないで走ることができるようにしたものだ。だから、スペアタイヤが不要になる。
そちらの方が安全だということはよく分かる。パンクしたタイヤにハンドルを取られることもないし、いつかのように高速道路上で冷や冷やしながらタイヤ交換する必要もなくなる。
だが、タイヤの側面が丈夫だということは、乗り心地に響く。路面からの様々な衝撃を吸収する役目も負わされたタイヤは、ある程度しなやかでなければならないのだ。
決定的なのは、価格の高さだ。ランフラットタイヤはいまでも1本3万円前後する。318iツーリングが装着していたタイヤに比べればざっと2倍である。4本で7万円程度ですんでいたタイヤ交換が、何と12万円もすることになる。これは痛い。

迷いに迷った。迷った末、長女一家に売却したのと同じ318iツーリングにしようかと考えたこともある。武田さんに電話をした。

「ねえ、318iツーリング、まだあるかな? 調べてもらえませんか」

それほど318iツーリングを愛していたともいえる。だが、もう在庫はなかった。生産も終了している。手に入れるとなれば、中古しかない。
新車から乗っていた318iツーリングを売却して、同じ318iツーリングを中古で買う。これは漫画だ。だったら、長女一家に中古車を買わせ、資金援助すればすんだ話である。

が、いつまでも迷っていては、ウインカーレバーにクラクションがあるプジョー306にいつまでも乗っていなければならない。

ほかの車もあたってみた。
ある日、環八沿いでアルファ・ロメオのディーラーが目についた。ふとその気になって立ち寄った。運転席に座ってみたのは156のワゴンだった記憶がある。
ドンガラと表現したくなる室内空間があった。とにかく広い。BMWなんぞ、タイトすぎるとまで思えるほど広い空間である。だが、広すぎる空間にいると、何故か落ち着かない。
ふと、カーステレオに目をやった。ピタッと決まってない。とりあえず用意したカーステレオ用の穴に、とりあえずこれでも入れておけばいいかと、あり合わせのカーステレオを突っ込んだ感じである。触ってみるとグラグラする。 なるほど、イタリアの車とは、こういう思想で作ってあるのか。

「お客様、いかがでしょうか?」

営業マンとおぼしきお兄ちゃんが寄ってきた。

「うーん、惹かれるものはあるんだけど、イタ車は壊れやすいっていうしね。人によっては、走ってるより修理に出している方が多いというヤツもいるからねえ」

半分本気、残りの半分は冗談である。だがお兄ちゃんはおつむが弱かったのか、はたまた営業成績不振で追いつめられてゆとりをなくしていたのか、冗談の部分を受け取ってくれなかったらしい。

「いや、確かに一昔前はそんな話もありましたけど、いまの車種はそんなことありません」

と真顔でいう。仕方がない。乗りかかった船である。

「いや、いまの、この車に乗ってるヤツがいってたんだけど。とにかく壊れやすいって」

これはである。私に親しい知人にアルファ・ロメオに乗ってるヤツはいない。単に、お兄ちゃんを挑発しただけである。
が、このお兄ちゃん、これにも正面から応じてしまった。

「そんなことないですよ。私もずいぶん売りましたけど、壊れるといったって、100台に1台ぐらいですよ」

おいおい、100台に1台も壊れたら充分だって。ということは、あれか? 昔のアルファ・ロメオは10台に1台ぐらい壊れてたのか?

どう考えても、ほかに選択肢はなかった。新しいBMWを買うことに決めた。要は、消去法である。これは駄目だという車をはずしていったら、BMWしか残らなかった。何しろ、足が強くない妻を抱えた我が家では、車なしの暮らしは考えられないのである。
そこまでは決まった。それでも迷いは残った。セダンにするか、ツーリングにするか。
318iツーリングにしたときは、愛犬「リン」を荷室に乗せるのが目的だった。なのに「リン」は、

「私を荷物扱いにするとは!」

と、頑として荷室に乗るのを拒んだ。ツーリングにした意味はなかった。新しい車をツーリングにする意味もない。
いや、それでもツーリングは役に立ったことは事実である。ウッドデッキを作った(「事件らかす #5  年賀のご挨拶」をご参照下さい)とき、買い付けた大量の2×4材、1×4材を運んだのはこの車である。セダンではとても運べなかった。
四日市の長女宅に行くとき、車の天井まで着きそうなほどの大量の荷物を運んだこともある。これもセダンだったらとても運べなかった。
BMWは遊び心を大事にする。大量の荷物を運ぶなどの実用性は、遊びに徹した車の敵である。実用性が大事なら、ほかの車にしたら? とでもいわんばかりに、車体の後部を絞り込む。荷室は狭くなるが、車は綺麗に見える。そんな、ひょっとしたらどうでもいい知識の持ち合わせはある。だが、知識があっても、BMWのセダンの荷室が広がるわけではない。実用性の幅が広がるわけでもない。
でも、である。大量の荷物を運ぶことが年に何回あるだろう? 運ぶことがあったとして、代替手段はないのか? これからの暮らしに、本当にツーリングが必要か?
いいか、セダンの方が20万円ほど安いんだぞ!

私は、あれこれ思い悩むタイプではない。割り切りをもって旨とするタイプである。男の中の男を気取っているのかも知れないが。なのに、こればかりはどうしても割り切れないのである。どう考えても、決断できないのである。
困った。

セダンに1年遅れて、新型のツーリングが登場した。2006年6月のことである。数ヶ月前、武田さんを訪ねてカタログを手に入れた。私は迷いのさなかにいた。
会社の同期に、最近スバル・レガシーを買ったヤツがいる。茶飲み話をしていたら、

「BMWにしようと思ったんだけどね、どうしてもワゴンが必要で、で、BMWの3って、セダンは格好いいんだけど、ワゴンってどうしようもなくださいじゃん。ワゴンじゃなかったらBMWにしたんだけどね」

といった。なるほど、人間の感じ方とはこんなに違いがあるものなのか。
私には、どうしても納得できなかった新型BMW3シリーズなのに、ツーリングは極めて好ましく思えたのだ。セダンよりツーリングの方がまだましだ! こちらの方が美しい!!
いま私が、BMW320iツーリングに乗っているのは、以上の理由による。

あ、忘れていた。
色についても悩んだ。ベンツC200も318iツーリングも紺だった。当たり障りのない色、紺色はもう飽きた。さて、新しい色は何にする?

私が始めて買った背広は、ピエール・カルダンのデザインによる、ストライプの入ったモスグリーンだった。
私が初めて美しいと思った国産車は、ホンダの初代アコード・インスパイアだった。中でも、ダークグリーンのインスパイアを見るたびに見とれた。光線の加減では黒に見えることもある濃いグリーンである。
いま、この原稿を書きながら身につけているのは、たぶんユニクロで妻が買ってきたフリースのグリーンのベストである。
そういえば、アメリカ・ナパバレーのアウトレットで買ったトレンチコートもグリーンだった。価格は確か、59ドル。
いまでも、我が家のワードローブにはグリーンの背広がぶら下がっている。

と見てくると、私にとってグリーンは特別の色のようだ。そう言えば、グリーンのボクサータイプのブリーフもあるし。

新しいBMW320iツーリングには、ディープ・グリーンを選んだ。下取り価格は白やグレーの方がいいらしいが、何しろ15年乗るつもりの車である。下取り価格なんて気にする必要は全くない。好きな色を選べばいいのである。

グリーンの車に乗るのはゴルフワゴン以来である。発注したのは、2006年の4月だった。320iの日本での売り出しは、2006年6月だった。
私は、クラクションがウインカーレバーの先っぽについたプジョー306に乗りながら、私が注文した車が日本に上陸するのを待った。