2012
08.09

2012年8月9日 どちらでもいいのです

らかす日誌

つい先日、近くの家電量販店にDVDのホルダーを買いに行った。
エスカレーターで2階の売り場に上がり、何の気なしに左を見た。そのとたん、見てはいけないものが目に入った。まさか。お前がここに存在するはずはない!

怖いもの見たさ、である。私は、つかつかと、ここに存在するはずのないもののところに歩み寄った。

「何で、君がここにいる?」

問いかけた相手は、売り子のお姉ちゃんである。このお姉ちゃんが、ここに存在するはずのないものの正体である。

「君は、転勤したはずだろ?」

彼女は接客中であった。

「あ、お久しぶり。よかった、お話ししたいことがあるんです、あとで」

お断りしておくが、私は彼女の名前も知らない。ましてや、一緒に食事をしたことも、お酒を飲んだことも、手をつないで歩いたことも、××したこともない。単なる、売り子と客の関係である。品定めをするうち何となく会話をするようになったというだけの仲である。残念だが。

彼女が

 「せっかく知り合いになれたのに、私、転勤なんですよ」

と話したのは、春先のことだったと思う。

 「そうか、これから仲良くなれるかも知れないというのに、××もしないまま別れるのは残念だね」

といってバイバイした相手である。
もちろん、そういうだけのことで、まあ、記憶からもほとんど消えていた女性である。

それが、いなくなったはずの店に戻ってきた。何で? 何か不祥事でも起こして新しい店にいられなくなった? でも、話があるって、何だ?

あとで、といわれた以上、あとで、を済まさずに店を去るわけにはいかない。しばらく店内をうろつき、彼女が暇になるのを待った。

「どうしたの。何かやばいことでもあった?」

客がいなくなったのを見計らって彼女のいるカウンターに行き、問いかけた。

「ええ、やばい、といったらやばいんですけど……」

ストーカーであった。
何でも4年前、彼女はストーカー被害にあった。店に来る。彼女を独占しようとする。無視すると、どこで調べたのか彼女の車を割り出し、その車の前に自分の車を止めて彼女の仕事が終わるのを待つ。唖然とする彼女に、その男はいったそうだ。

「さて、これからどこ行こうか?」

彼女ならずとも、背筋がゾッとする。

「いくつぐらいの男なの?」

 「あの頃で、50ちょっとかな」

 「やっぱり、小太りで、ベビーフェイスというか、子どもっぽい顔をした、いかにもそれらしい男?」

 「それが、どう見ても普通の人で、だから驚いたんです」

 「50過ぎて独身だった?」

 「多分」

 「それ、俺じゃなかったよね」

 「アハハハ」

困り果てた彼女は警察に相談した。警察がその男を呼び出して厳重に注意した。同時に、警察の指導で車のナンバーを変えた。それで被害は終わった。

「と思っていたんです。ところが、その男が転勤先の店に現れて」

2ヶ月ほど前のことだという。店頭に来る。店頭に出ていないと、スタッフに彼女を出せと凄む。

「もう、50代後半の男だよね」

 「そうなんです」

彼女を心配した上司が、再び転勤させた。

「というわけで、この店に戻ったんです。出戻りですよ」

彼女は、私の目から見る限り、容姿は10人なみにとどまる。加えて、女を前面に出すタイプではない。どちらかといえば男っぽいといった方がいいタイプである。
その彼女に、妄想をたぎらせる男がいる。4年間もたぎらせ続けた男がいる。それも、還暦までもうすぐという年齢である。

老いて、ますます妄想をたぎらせるエネルギーを羨ましいというべきか。
心を病んだ人がここにもいたというべきか。

彼女は車で通勤しているという。

「車通勤だから大丈夫だとは思うけど、念のために防犯ブザー、買っておきなよ。そんな奴ら、何かをしようとしても音でびっくりしちゃうから、多少の効果はあるぜ」

話しているのは電気屋さんの中である。この店でも売っているに違いない。私が買ってプレゼントしてもいいのだが、何しろ、私は彼女の名前すら知らないのである。そこまでするのは、いくら何でも行きすぎであろう。行きすぎれば、私がストーカーと疑われかねない。

私に話して、彼女は多少心の平安を取り戻せたであろうか。

「じゃあね」

と挨拶して去り際、私は思わずいってしまった。

「そうそう、さて、これからどこ行こうか?」

2人で大笑いした。

私は、いくつになっても女性が好きな男が好きである。
かつて知り合いだった上場企業の会長さんは、80歳を過ぎても、週に1回は夜の銀座に出た。

「会長、いくつになっても元気ですね」

と聞くと、

「週に1回ぐらいは、若い女の乳を揉まないと生きてる気がしないもんでな」

と答えた。私、こんな爺さん、大好きである。

が、相手に迷惑をかけてはいかん。ましてや、恐怖心を抱かせるのは、歴とした犯罪である。

男と女、何が起きても、起きなくてもいい。だが、例え起きる場合も、どこかでケラケラと笑える明るさが欲しい。

そういえば、俺たち、

「そうそう、さて、これからどこ行こうか?」

といって大笑いしたな。ここから何かが起きるだろうか? 何も起きないだろうか?

てなことも、どちらでもいいのである。