10.11
2015年10月11日 源氏物語
どういう訳か、源氏物語を読み始めた。そう。あれですよ、日本文学の古典中の古典。紫式部とおっしゃるお姉様が1000年ほども前にお書きになった小説だ。
高校の国語、それも古文の授業で学んだ記憶はあある。だが、同じ日本語とはいえ、1000年もたつと変わりに変わって、いまや外国語と同じである。
「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず」
ねえ、これが書き出しなのだが、まあ、確かに日本語らしいのだが、これを読みこなす力が私にあるとはとても思えない。
やむごとなき際?
すぐれて時めきたまふ?
出て来る言葉、出て来る言葉、古語辞典をひもとかねば意味がちんぷんかんぷんである。「時めく」って、天皇の寵愛を受けるる、つまり天皇がべた惚れしている、ということらしいが、現代の語感ではとてもそんな意味は想像もつかない。
だから、読み始めたのは現代語訳である。何人かの小説家が翻訳に取り組んだが、私が選んだのは敬愛する林望先生の筆になるものだ。「イギリスはおいしい」などという軽妙なエッセイで、私は先生の大ファンなのである。何しろ、英国人の食習慣を、間違いなく客観的に描き出すことで私をボーゼンとさせた筆力は並のものではない。その先生が源氏物語に取り組まれたのだから、これを選ぶしかない。
それにしても、英国の家庭で食事を供されたときのこと。グラグラ煮え立つ湯の中に、そこにあったキャベツ、ニンジン、大根などを放り込む。野菜がしんなりしてきても煮込む。形が緩んできても煮込む。あららあ、もうすぐ溶けちゃうぞ、という直前に火を止め、中の野菜を皿に取って塩、胡椒と一緒に出し、
「好きなだけ塩と胡椒を振って食べて」
ま、何しろずいぶん昔に読んだ本だから、細かな表現は記憶から跳んでしまったが、いずれにしてもそのような事が書いてあった。味音痴といわれる英国人の姿が、等身大で眼前に迫ってくる一幕であった。
で、源氏物語だ。
いや、こんなもの、大学入試はとうの昔に済んだわけだから、いまさら読む必要はないといえばない。恐らく大多数の方々も同じで、日本が世界に誇る古典文学の雄で、主人公は光源氏というプレイボーイである、程度の知識さえあれば困らない、とお考えになっているに違いない。
そこは、私も同じである。それなのに、林望先生の作であるとはいえ、なぜこの本を手にしてしまったのか? 今となっては判然としない。判然としないまま、amazonから取り寄せた中古の第1巻と第2巻が我が本棚に並んだのは数ヶ月前のことだった。
それを、先週から読み始めた。
ま、その、何というか、世界の古典を前にして何だが、これ、究極のいい加減小説ではないのか? そんな気がして仕方がない。
光源氏は天皇の次男として生まれた。いってみれば
「美しすぎる皇族」
で、いまやアイドル以上の人気を誇る佳子ちゃんの男性版だ。
いや、美しさでは佳子ちゃんを遥かに凌ぐ。何しろ、その美しさにボーッとなるのは女性ばかりではない。男性も光源氏を見ると、そのあまりの美しさにボーッとなってしまうのだ。
加えて、極めて頭脳明晰である。古典に通じ、書に明るく、頭の回転が速い。
それに、何しろ天皇の次男なのである。食うに困ることはない。というか、暮らしの心配などする必要は全くなく、必要な物はいくらでも、どこからでも取りそろえることができる。
つまり、欠点というものが全くない、羨ましい男なのだ。
で、その光源氏君、あらゆる面で超ド級の自分の能力の使い方が凄まじい。総ての力を、オンナに注ぎ込むのである。もう、よりどりみどり、というか、手当たり次第、というか、チャンスさえあれば、チャンスがなければ無理矢理にでもオンナの布団に潜り込んで気持ちのよいことをする。
「末摘花」
なんてのは、真っ暗な中で顔も見ないでチョメチョメし、あとになって顔を見たら、まあ、これがとんでもない醜女(しこめ)で、顔ばかりがでかく、体は貧弱。鼻がでか過ぎて先っぽが垂れ下がり、しかもその鼻が赤らんでいるというのだから、時代が時代なら見せ物小屋で見せ物にされかねないオンナなのだ。
光源氏君はそれでもめげない。
で、母親である桐壺が亡くなったあと、天皇は桐壺に生き写しの藤壺を後妻に迎え、今度はこの藤壺が「時めく」オンナになるのだが、我等が光源氏君は、この藤壺にも手を出す。つまり、父ちゃんが後妻に迎えた、つまり義理の母とやっちゃうのだ。やっちゃった挙げ句、藤壺のお腹が膨らんじゃう。
おいおい、そんな……。
そりゃあ困るわな。光源氏君も確かに困っちゃうのだが、この程度でめげるのは普通の人である。光源氏君は普通の人ではない。その後も、あちらこちらとオンナを作りまくるのだ。政治的なライバルの娘もやっちゃうし、多分、まだ10歳にもならない幼女(紫上)にもムラムラして、引き取って自分で育ててしまう。もちろん、
「熟れたら食べちゃお」
という狙いで、それならそれまで我慢すればいいのに、熟れる直前に我慢できなくなっちゃうんだな、これが。で、やっちゃうのだよ、幼児姦。
今でいえば極悪人なのだが、その割に泣く。何なあれば泣く。すぐに泣く。オンナの前でも男の前でも、遠慮なく泣く。
それに、だ。光源氏君、ちっとも仕事をしない。父の元天皇からは、いまの天皇を補佐するように命じられるのだけれど、ちっとも仕事をしている様子がない。持てる時間、あらゆる時間を、女を口説き、口説き落とした女をつなぎ止めるために使い果たしている。
羨ましいぜ、光源氏。
でも。
いったい何なんだ? 光源氏って?
いったい何なんだ? 源氏物語って?
これが日本が世界に誇る古典文学の名作か?
などと考えつつ、時折爆笑しそうになったりして、だけどすでに全10巻のうち2巻まで読み終え、いまは第3巻に挑戦中。4、5巻も今日届いた。さて、6~10巻、どうしよう?
とりあえず5巻まで読んで、あとはしばらく間をおいて読み継ごうかなあ。