05.09
桝谷英哉のよもやま講座 マルチスピーカーの考え方のⅡ その2
マザーコンプレックス
(自分が使うものは自分で選べ)
話が横道にそれて申しわけないが、クリスキットのチャンネルデバイダーの売上げのためには、一月も早くこの項を終らせた方が良いのを承知の上で、最近経験した事をお知らせしておこう。良い音づくりのために非常に大切な事だからである。
最近、クリスキットのMark-8とP-35Ⅲを作り上げて、音の良いのに驚いたという若者からの電話である。
この際にひとつ桝谷先生のご推せんをいただいて、現在の装置をトーンアームからスピーカーまで、そっくり入れ替えようと思うのですが……とんでもない話である。筆者の記事を信用していただくのは有難いが、世の中こんな手合いばかりだから、イカ銀評論家がはびこるのである。
自分で使うものは自分で選ぶ。選び方が判らなければ、勉強をする。少なくともものの理屈を考えるくせをつける。竹村健一みたいな書き方になってしまったが、他にいいようがない。
筆者の書いた『ステレオ装置の合理的なまとめ方」に詳述してあるので、その本を読んで判ると答えると、その本は今一通り読んだところだ、という返事。
自分でものを考えるより、他人にやらせようというマザコン青年のサンプルみたいな男である。良い具合に電話なので相手の顔も名前も判らない。もし判かっていたら実名入りで、この記事に出たと思う。
「未だ独身かね」「もちろんです」「だったら、君が結婚しょうと思う女性が見つかったら、私のところへ連れて来るんだね」もし、それが良い女なら、1週間ばかり預って私がいろいろ試して見て私が良いと思ったら貴方におすすめしよう。
ここで電話が切れた。桝谷先生、こんな事をいわなくなったら、少なく共クリスキットの売上げが50%増えるのに、と後で反省したけれど、そう簡単には持ち前の正義感はなくならないだろう。
自分で選ぶのが億劫なのか、自信がないのか、あるいは何でもひとのせいにしたがるのか判らないが、困った風潮である。
その昔、カメラがほとんどすべて舶来品であった頃、ほんの少し英語の判る人々が、その使い方の解説を雑誌に書いたものだ。当時から英語に馴れていた筆者から見れば、この手のハイカラ野郎の中には、鼻もちならないのがあった。イカ銀評論家のはしりである。
一般の人々が英語が読めなかった頃(国際化社会の現在でも、この手の人々は多いが……)の事である。英語のマニュアルが読めるというだけで、カメラの事はサッパリ駄目な人でも、イ力銀評論家になる事が出来たのである
イカ銀評論家の事をとやかくいうのが本項の目的ではない。第一、筆者は一度だってこの手の評論家を名指しで、あるいは頭(かしら)文字で、詰(なじ)った事はない。
オーディオ評論家
音楽評論家という仕事がある。ちゃんとした音楽教育を受けた人が音楽の解説をするのがその主な役日である。
ひところ、アメリカでレナード・バーンシュタイン(Leonard Bernstein)がテレビのウィークリー番組で、「青少年のためのオーケストラ」のレギュラ一出演をしていたのを見た事がある。
何しろ世界一流の音楽家である。ユーモラスに非常に解り易く、クラシック音楽の聴きどころの解説をしてくれる。時には自分がピアノのところへ歩いて行って、今オーケストラで演奏したある部分を色々な速さで弾いたり、短調の曲を長調に変えて聴かせてくれたりする。ニューョークでの話。
山本直純の世界版だと思えば良い。こうして、音楽をより楽しく観賞する手引きをしてくれる人の事を音楽評論家と呼ぶ。録音状態がこの盤ではクォリティーがリアリティーになって…と訳の判らない事を書くレコード評論家とは違うのである。もっとも、レコードの録音技師が仕事の経験を生かして録音評を書くのは別かも知れないが……。
何時の時代に現われたのか知らないが、オーディオ評論家なる職業が出来た。まことに曖味な存在である。レコード盤に針の降ろし方なんて解説するわけでもあるまい。ラジカセだってスイッチを入れて、選曲ボタンを押すだけで、聞きたい放送が直径10cmのスーパーウーハーとコスト600円位のスーパー‐ツィーターから、4,000ミリワットでガンガン鳴る。オーディオ評論家の手を借りなくても、立派に遊べるのである。
もし、オーディオ評論家がユーザーに代わって、本当の意味で良い品を全国都道府県にあるような生活科学センターとか、消費者センターのようにテストをしてその結果を発表しなければならないとすれば、これは大変な仕事だ。
炊き立て炊飯器を例にとる。何人かの科学センターの人員が手別けして、街へ出てその品物を買って来る。メーカーから取り寄せたのでは特別にテストしたものを持って来るおそれがある。勿論、街で購入する費用は協会持ちである。市場にあるすべてのメーカーの同じ大きさの品物を入手する必要がある。テストが不公平になってはメーカーにとっても、消費者にとっても都合が悪い。
品物が手に入ったら、炊飯テストである。 お米は何を使うか、コシヒカリだけという訳にも行くまい。
それぞれが手別けして、各機種の取扱い説明書を読む。
使い方が間違っていたために、半煮え飯を作ったのではテストとはいえぬ。めしが炊き上がった。保温スイッチを入れて、何時間おきかに少しずつ食べてみる。私はパン食だから、なんていっていちれない。
最後にテストのリポートを作り、協会の費用で一流新聞にその結果を発表する。
大変な費用と人手がかかる。
もし私がオーディオ評論家で、市販FMチューナーの「コンポ○○作戦」をやる必要が出来たら、えらい事になる。第一チューナーをめぼしい物だけを買い集めるだけでも、大型電気店の特価を交えても大変な金額になる。
¥30,000万円の宝くじが当たって、これ等のチューナーを買い求めたとしても、それを一台一台アンテナにつないで音出しをする。ニュースの時間、クラシック、ジャズ、何しろ相手は放送である。同じ曲ばかりというわけには行かぬ。
1カ月がかりで、自分なりの意見がまとまったとする。(こんな事は不可能だが)これを原稿用紙にリポートとしてまとめ、各機種の写真をまとめる。
これでページ当たり¥5,000~¥20,000の原稿料をもらっていたのでは、何回宝くじが当ってもついては行けぬ。
メーカーから金一封をいただいて提灯記事を書かないと収入にはならないのだ。
お判りになったろうか。今までに、筆者のところへ市販コンポーネントに関する御質問をいただいても、お返事が差上げられなかったわけだが……。
オーディオ誌を読む時にこの事を頭に入れておけば、マニアになって欲求不満になる事は避けられると思う。
ローパスフィルター
これも第10図で判るように、ハイパスと原理は同じである。こちらの方は高音をアースヘ落してしまい、低い周波数の信号のみを採り出すので、CとRが逆になっている事に気がつく。
コンデンサーは周波数が大きく(高く)なる程通しやすくなる性質を持っているので、高音だけがアースヘ落ちてしまい、低い音だけが出て来るのだと考えれば話が判る。
ハィパスフィルターと原理は同じでも、第12図を見れば判るようにZ2がハイパスと違ってCになる事に気がつく。(ハイパスではZ2=RHだった)これを回路図に画くと、第17図のようになる。第12図と比べて見れば判り易い。よく見ると、RLが1kΩにB10kΩがつながっていて、そのB10kΩに並列に43kΩが入っているところがハイパスフィルターと違っている。
図で見られるように、ローパスではZ2に当たる素子がCLである。ハイパスの折はこのZ2が純抵抗つまりRHであった。純抵抗だから周波数の高低にかかわらずそのインピーダンス(交流に対する抵抗値)は不変である。一方ローパスではZ2がCLに当たるので、この素子自身のインピーダンスが変化して、それと並列に入る100kΩ(エミッターフォロアー素子の入カインピーダンス)の合成抵抗値が変化して小さくなる。当然その分だけRLの方もその値を小さくしなければfcが狂ってしまう。
勿論、これは計算上の問題で実際に音の変化として現われるかどうかは別の問題ではあるが、折角精密に計算するのである。合わせて悪いわけはない。
カメラのフィルム感度、シャッタースピード、レンズの絞り、被写体の微妙な明度の変化、それぞれ誤差がある。だからAEカメラが大いばりで自動露出カメラとして販売されているのである。誤差は誤差としてこれ等の写真機材の設計には、精密な計算は不用というわけには行かないものだ。そこに初めて信頼性のある機材が生れるのである。
電子回路に不馴れな人々のために蛇足かも知れないが、少々つけ加えておく。
B10kΩに43kΩを並列に抱か‐せると、そのポリュームの最大値10kΩの折には10×34/(10+34)=7.73(kΩ)、中点の5kΩに対しては5×34/(5+34)=4.36(kΩ)になる事が判る。お気付きのように10kΩの折は7.73/10=77(%)、5kΩだと4.36/5=87(%)といった具合に、値が小さくなる程、抵抗値の減少率が少なくなっている。
だから、この回路では、Z2がRの時でもCの時でもそのカットオフ周波数がピタリと合うのである。
コンピューターを使って精密計算をしたお陰である。何度もいうように便利な世の中になったものだ。
ローパスフィルターの回路計算
ここまで回路の働きの理屈が解ったところで、それぞれの素子の数値を求める計算の方法について述べる。C—Rの直列抵抗値はハイパスの折の
と全く同じなのであるが、
Z2がハイパスの時と違ってCとRの並列になっているのでZ2の合成抵抗値は
の計算式を使わなければならないので少々話がややっこしい。
この項は、電気数学の入試勉強のためのものではないので、プログラム電卓、ポケコン又はパソコンによりそれぞれの数値を求める計算式について考える事にする。
まずその減衰量を求める式である。フィルター回路では二つのRと1個のCより成り立っているので、二つのRはローパスフィルター用をRL、次段のインピーダンス(100kΩ)をRで表わしておく。
パソコン(好きな日本語ではないが、慣用語になってしまったので)で計算する場合はその変数にCをC、RLをRL、R→R、fc→FCなどを使って、INPUT文でそれぞれの値を入力した後プログラムを走らせると非常に簡単にしかもきわめて短時間でA(減衰量)が小数で求められる。だからその答を対数に変換してその答を20倍するとデシベル単位で画面又はプリンターで出て来る。ここにFOR—NEXT文を利用すると、CL—RLの値を一定にした折の周波数対減衰量の表が打ち出される。面白い位早く答が出るものだ。
もっともここで減衰量を求めてみても、デバイダー設計に必要なCL、RLを求める事は出来ないので、この式を置き換えて、まずRLを計算する。
R=100kΩ固定だから変数を使うかわりに100E3(=100×103)をプログラムに入れると良い。
少々ややっこしい式だが、一度プログラムしてしまえば、fcの値を色々変えてRLの値を求めるのはわけはない。私共数学に不馴れな者にとっては有難い世の中である。
次はCLを求める計算である。
RL及びCLを求める式は判った、けれど何分一個の素子を求めるのにRは100kΩと一定にしても常に2個の未知数がつきまとうのである。fcとRLにそれぞれ数値を入れるとCLが求められ、逆にCLとfcを与えるとRLが出る。いたちごっこである。勿論(6)式からfc=の式を作り出すのは少し数学に馴れた人々にはそんな困難な事ではない。
ところで、以上のようにRL、CL及びfcを求める計算式を作る事が出来てしかもAを常に−3.01dBと決めるとしても、手計算によって試行錯誤をくりかえしていたのでは、何時まで経ってもチャンネルデバイダーの設計は出来上らない。第一、(6)式一つとっても、8~12桁の電卓ではどんなに無理をしても答は出ないものだ。
今を去る10年余り前、カシオから発売されたプログラム電卓fx-201Pを使って、クリスキットMark7のイコライザー素子の計算に、正月4日間コタツに足をつっ込んだまま、1日8時間ぶっ通しで計算してうんざりした事がある。
イコライザー素子の計算だって、確かに複雑ではある。上記のようにお組末なプログラム電卓だと30時間以上かかるものだ。ところがデバイダーの方はつまみの回転による11ポジションの各位置に合わせての計算である。とてもfx-201Pの手に負える計算ではない。
しかも、cf、CH、RHの二つの素子のうち、二つの駒が揃わないと後の一つの答が出ないところに問題がある。RL及びRHにしても、回路図にある1kΩ+10kΩのうち10kΩを11ポジションに刻んで1kΩ間隔にするという都合の良い計算が初めから出たわけではない。
そこはコンピューター、とり合えずRL又はRHを1kΩ~11kΩを1k刻みに入れて、それに600~6,000Hzの任意の周波数を順次入れて見て、それに対応するCL及びCHの動きから判断した上で、計算の簡単なハイパスフィルターのCHを26,800pFに決めるまではかなりの試行錯誤にもかかわらず、思ったより短時間にハイパスフィルターの素子が決まった。
何度も述べるように、1回の計算がわずか3〜7秒のコンピューターの実力は大いに有難いと思う。
以上の事が理解出来ると、各自の好みで350Hzで切るのにはあるいは12,000Hzにカットオフ周波数を決めるのにCとRの数値計算はせめてポケコンでもあれば比較的簡単だと思う。
コンピューター‐のプログラミングについては近頃の理科系志望の高校生なら多分朝飯前だと思う。
それこそ来るべきコンピューター時代に備えて、プログラミングの練習にもってこいのテーマかも知れない。
フィルター回路の計算が終わったところで、いよいよデバイダーアンプの製作に入るわけだが、ちょうど区切りの良いところへきたのでその詳細については次回に述べる。