2021
06.27

ステレオ装置の合理的なまとめ方 その15 パワーアンプその4-2

音らかす

アマチュアのためのオーディオ測定器

3回にわたって、オーディオアンプの高調波歪率と、その測定器についてかなりくわしく述べてきた。この記事を読んだ人々の中で、慌て者は、そんならアマチュアには測定器なんていらねえじゃあねえか、 と早合点するかも知られない。これは、大間違いの勘五郎である。私が申し上げたのは、測定魔になるな、という事であって、測定器がいらないという事ではないのである。測定器の構造及びその正しい使い方も充分にマスターしていないものが生かじりな知識で、俺の作ったアンプのRIAAがプラマイ零点何デシベルに入っていたとか、マルチアンプ用に自作したチャンネルディバイダの周波数特性が、ドンピシャリであったとか、解ったようなことを言う方々に警告を発したまでである。アマチュアにとって、測定器というものは、メーカーのカタログデーターを作るためのものではない。電気のように、目に見えないもので、しかも、非常に複雑な交流理論をもとにして作られたオーディオアンプのはたらき及びその構造を、これ等の測定器なしに理解するということは、まことに困難であることは改めていうまでもなかろう。交流理論を専門に勉強してきて、実際にメーカーの研究室で試作、研究をしている技術者ですら、 これ等の測定器がなければ、オーディオアンプの中味のはたらきについては、日で見ることはできないものである。

アマチュアが、測定器に、あまりベラボーな金を掛けてみたり、カタログデーターのように、プラマイいくら、というための事柄だけにこだわって、測定そのものをとやかく言い出したら、きりがない程測定器が必要になってくる。元来、測定器なるものは、精度をわずか何割か高めるだけで、値段:は、楽に数倍以上高価になるものである。これは。私の経験した、高調波歪率計の例をみても明らかであろう。

従って、私は、今まで、電気にまったくしろうとであった頃から、今日、オーディオアンプの回路を検討したり製作記事を述べたりするのにたどってきた経験から判断して、一般に、三種の神器と呼ばれる、オーディオジェネレータ、 ミリバル及びオシロスコープだけは、何としても、そろえておきたいものだと思う。

勿論これ等三種類だけでも、プラマイいくらということだけにこだわるとすれば、ジェネレータが数十万円、ミリバルが五万円以上、シンクロスコープでも二十万円ぐらいはすぐにかかってしまう。それでもなお、何がしかの誤差はあるし、これ等の測定器が、オーディオ専用に作られたものでない限り、一度も使わないような回路及び操作ツマミ等が付いているものであり、そのために、かなり割高なものになるのはやむを得ない事である。もしアマチュアの中で、自分が使っているカラーテレビの修繕までやってみたいという事であれば、少なくとも50MHz以上の帯域を持つシンクロスコープが必要になってくるかも知れない。しかしながら、人間の耳に聞こえる周波数というものは、欲ばっても20,000Hzあれば、充分、回路の働きを解明する事が出来るものを、その十倍あまりの費用をかけて、カラーテレビにも使えるようなシンクロスコープを買い込んで、自分のテレビが故障した時に、メーカーのサービスステーションに持ち込むのであれば、初めから、もっと安価で、オーディオ測定用に充分な性能を持ったものを入手することも可能である。そして、たとえそれがプラマイ何%かの誤差があったとしても、メーカーがカタログにその測定データを発表するのと違うので、大局には影響はない。テスター一丁で、 という製作記事のうたい文句はまことに魅力的ではある。とにかく、自分で作り上げたステレオアンプから、音が出るというのは、アマチュアにとってこの上ない喜びに違いないが、 それが、非常にうまく書かれた製作記事をもとにして、その製作記事に従って、忠実に部品を選び、あるいは、クリスキットのようにパーツセットを買い込んで作ったとしたら、勿論一発で成功もするだろうし、予定の音は出て来るものである。従って、あなたがたが、 もしアンプを買うよりは自分で作ったものを聞きたいから、そして、その方が安くて良いものが出来るから、というだけのためにアンプをお作りになるのであれば、測定器なんて、頭から考(「え」が抜けている)る必要はないことになる。しかしながら、作ってみたら鳴った、というだけではまことに芸のない話である。

他日、私のところに、とんでもない質問が舞い込んだ。不思議なことに、今までに十数人の方々からまったく同じような質問を受けている。クリスキットのプリアンプ、マークVIカスタムを作って、そのNFB抵抗につかってあるB20kΩの半固定抵抗を、かなり上等のテスターで、正確に5.6kΩに左右合わしたのに、プリアンプのバランスを午後2時ぐらいのところに回わしておかないと、スピーカから出てくる音がまん中にこない、というのが、その質問の趣旨である。テスター一丁でアンプを作れます、 といううたい文句の弊害が、 ここにこのようなとんでもない疑間を生み出した事になる。もし、正確に5.6kΩにテスターで合わす必要があったとすれば、始めからそこに5.6kΩの固定抵抗を入れれば良いわけで、わざわざ半固定を入れて、それをくるくる回わして5.6kΩに合わすのは、愚の骨頂とでも言うべきであろう。この抵抗は、愛用しているカートリッジの左右の出力、パワーアンプのバラツキ、真空管のバラツキ、スピーカの能率の偏差、いろいろなものを完全に取り去るために、わざわざB20kΩで、それを適当な位置にまわしたときに、左右の増幅率が完全に合うように、という目的のために、わざわざ半固定抵抗を入れてあるわけである。もし、この読者の方が、うんと安物のテスターをお買いになっていたとしたら、おそらくこんな事はしなかったに違いないと思われる。私がいつも述べている、測定魔になるな、 という警告が、この方々の耳には入らなかったのかも知れない。折角良いテスターを買ったのである。5.6kΩならどんびしゃりはかれる、となれば、はかってみたいのも、アマチュアとしては、無理もない話ではあるが、こんなところでつまらん疑問を生じているようなこんな方々が、もし、オーディオジェネレータとミリバルを持っておられたとすれば、プリアンプの入力に適当な入力を入れて、それを、出口からあるいはパワーアンプとつないで、パワーアンプの出口でその増幅率をはかり、左右を交流増幅率的に合わしたとしたら、このB20kΩの抵抗は恐らく左右抵抗値が違っていたに違いない、と私は確信している。

カートリッジなんてものは、左右プラマイ零点何デシベルでどんぴしゃり合っているほうが不思議なくらいで、 スピーカにしても、一つ一つその音量は違うものである。これを左右わせるのがバランスコントロールであり、 クリスキットにおいては、このバランスコントロールを中点においた時にすら、なお、左右これらスピーカ等の偏差を補正して、完全に音が中央から出てくるという配慮のもとに、ここにB20kΩの半固定抵抗を入れているにもかかわらず、テスター一丁しか持たないアマチュアが、りっぱな測定マニアになって、5.6kΩに合わせたとしたら、それこそ笑い話のタネみたいな話である。

従って、もし、この記事の読者の方々がアンプを自作することに興味を持ち、しかもその動作、あるいは原理等について、少しでも興味があるならば私は、先に述べた三種の神器だけは是非そろえて欲しい、といつも考えている。幸いないことに、別にいろいろ製作記事を、ほとんど毎月のように書いているために、次号から、この三種の神器の作り方について、記事をまとめているので、もし、市販品を買うのが馬鹿くさいと考えている方々がおられれば、その記事が出るまでお待ちになれば、自分で納得の行く、それこそオーディオ専用の測定器が、市販の半額以下で作ることが出来るので、暇があれば読んでもらいたいと思っている。私も経験した事であるが、測定器というものは、かなり使いこなしが出来なければうまく使えないものである。以前、私がオーディオ回路についてほとんど何も知らなかった頃、先輩が測定器を作っていろんな波形を描かしているのをそばで見ていながら、何をしているのやらさっぱり解らなかった事をおぼえている。つまり、オーディオ測定器及びその回路理論についてほとんど知識がなかったために、その測定器のはたらき及び目的を何も知らなかったために、こんなふうに感じたのかも知れない。その点、測定器を自分で作ることができたとすれば、勿論その回路構成については、市販品を買っていきなり始めるよりはるかにのみ込み易いものである。従って測定器を自作するということは、オーディオ回路を一つでも勉強したいと考えているものにとっては、非常に有益な一つの手段である、と私は確信している。発振器を例にとってみても、どのようにしてサインウェーブの信号が作り出されるのか、ということも解るであろうし、方形波とはいったいどんなものであるのか、ということも、おのずから簡単に理解できるものである。

一般に、オーディオ測定器が、その外観及び内容に比べてかなり割高である理由は、一台一台完全に調整をして正確に校正をとってから出荷されるために、その校正料が含まれている場合が多い。一台四十万円もする、標準信号発振器などにおいては、ほとんど日がかりで各周波数での校正を克明にとっていきながら、ダイアルに手書きでしるしをつけて行くために、こんな値段になるものである事は、案外アマチュアには知られていない事実である。その点、自作する場合の労働賃金については、そろばんをはじく必要はまったくないために、例えば、 ミリバルにしてみても、非常に克明に校正をとることもできるし、メーカーの商品と比べて、一桁ぐらい正確な電圧測定器を作ることは、そんなに難しいことではないし、そのために、例えば、5時間かかって校正したとしても、何万円もの労働賃金を払う理由はまったくないわけである。

誤解があってもこまる。私は何も、クリスキットの測定器のパーツセットを買いなさい、と言っているのではない。回路に知識のないアマチュアが、ただ、参考書を読んだだけで、回路を設計し、しかもそのために、特殊なパーツ、つまりー般の電気部品店では手‐に入らないようなものを、かけずりまわって捜しまわることは、まことに困難な事だ、と思われたので、パーツセットにしたまでで、もしも、私の製作記事を参考に、自分で部品を調達をしメーターの目盛りその他を手書きで書:くつもりでおられれば、これも一つの方法であるかも知れない。

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以上で、プリアンブ及びパワーアンプの説明を終わり、次回からいよいよスピーカを使って、音を出すことに関する問題点について、読者と共にあれこれ考えてみたいと考えている。

以上、電波技術 1975年4月号