2021
07.03

 「火垂るの墓」が何故か再評価されています。

らかす日誌

この「らかす」で公開している原稿はすでに2000本を超えた。まあ、これだけあればロングテール効果も期待出来ると思うのだが、なぜか「らかす」の人気は低空飛行を続けている。ま、これが私の力量の限界?

とはいうものの、随分昔に書いた原稿が今でも読み継がれているのは心地よい。

「書いてよかった!」

と自己満足に頬が緩む。

昨日、アクセス数の上の方に出て来たページを調べてみた。何と、初めてアップしたのがもう16年以上前の2005年4月8日である「火垂るの墓」であった。第2次大戦末期から戦後にかけての日本を、この無謀な戦争の中を生きざるを得なかった幼い兄と妹の姿を通じて描き出した秀作である。原作、野坂昭如、映画監督、高畑勲。100年後、200年後にも生き延びて沢山の人に鑑賞して欲しい小説と映画である。

余りのアクセス数に、昨夜、改めて私が書いた原稿を読んでみた。驚いたことに、読みながらが出た。いや、決して、この原稿を書いたときの苦労を思い出したからではない。また、読者の感涙を誘う名文を私が書けるはずもない。野坂昭如の小説、高畑勲のアニメから受けて私の中に沈殿していた感動が、自ら書いた原稿で引きずり出されたと解釈するしかない。ん? その程度の力は、私の拙文にもあるということか?

しかし、なぜ今「火垂るの墓」なのだろう? やはり、夏はあの戦争を思い出させる季節なのか? 日本の指導者が進路を誤って全国民を塗炭の苦しみに投げ込んだ象徴である8月6日の広島、9日の長崎、そして14日のポツダム宣言受諾、15日の玉音放送。
毎年巡ってくる夏。この季節になると、

「あの戦争を忘れてはならない」

と考える方々がまだ沢山いらっしゃるのだろう。拙稿「火垂るの墓」へのアクセスが増える理由は、ほかに考えられない。

拙稿をお読みいただいた方々にお願いしたい。野坂昭如の「火垂るの墓」を読んでください。高畑勲の「火垂るの墓」もう一度見て下さい。

このところの中国共産党、習近平政権の振る舞いを見るにつけ、

「戦争をなくしましょう」

一辺倒では対処出来ない時代が迫りつつあるような暗い気持ちになる。だからこそ、もう一度、戦争が産み出した数多くの悲劇の一つにしか過ぎないであろう「火垂るの墓」の清太と節子の兄妹が生き、そして死んだ道を、もう一度辿る必要があるんじゃないかと思う。

中国共産党が出たついでに。
中国製の新型コロナワクチンの効き目に疑問符が灯り始めた。中国製ワクチンの接種が進んでいる国々で感染状況の悪化が報告されているそうだ。これまで中国製ワクチンを接種してきたバーレーンは、ファイザー製のワクチンの「追加接種」することにしたそうである。

「にしては、中国は感染が抑え込まれているよなあ」

という気がしないでもないが、これ、どうなっているんだろう? やっぱり、中国の統計って信用出来ない?

東京都はコロナ感染拡大第5波が現実の問題になってきた。それでも

「オリンピック、やります」

というIOCとわがガースー内閣。世の中から良識が失われた。