2021
07.11

最高級管球式プリアンプの製作 Chriskit MARK Ⅵ Castom 回路編の1

音らかす

オーディオ生活17年。思えば永いのりであった。戦前、中学生の頃から音楽が好きで、今のように交通機関が発達していなかった頃、海外一流の音楽家達はめったに来日しなかった頃の事で、手回わし蓄音器から電気蓄音器、78回転のシェラック盤だけが、 フルトベングラー、オイゲンヨッフム、ジャックティポーなどの演奏を耳にする唯一の手段だったのである。

生(なま)の音楽会は、 ほとんどが、その頃まだ未熟だった国内演奏家によるもので、それでも機会を見つけては、大阪の朝日会館までよく出かけたものだ。

コロムビア、 ビクター、 テレフンケンなどからの新譜を時々買って来て、音が悪いとも思わないで、飽きずに聴いたものだ。だから戦争が終って、10年ばかり、ようやく世の中が治まった頃、始めて我が家で鳴ったLPの音。ドボルザークの新世界交響曲の第3楽章のトラィアングルの音。今でもはっきり想い出せる。正直なところ、その時まで、あそこにトラィアングルの音がある事に気がつかなかった位である。それでも、その頃我が家のオーディオ装置には、もうすでに過去のものとなってしまったクリスタルカートリッジがついていたのである。だからプリアンプなんてものは、まだ我が家にはなかった頃の話である。

あれから17年。我ながら呆れて手がつけられない程の凝り性である。妥協と言う言葉に、常に抵抗を感じている私の事である。何かが気になり出したら我慢出来ない性(たち)で、アンプなどでも、何か腑に落ちないところにぶつかると、あれこれ参考文献を調べまわって、その問題に取り組む。良く言えば研究熱心、悪く言えばちと頭がおかしい。

技術的に、何か疑間が起ると、むきになってその問題を究明する。片っぱしから参考文献を調べてまわる。『何故』という事にぶつかると、もうじっとしてはいられない。我ながら困った性格だと思っている。恐らく、死ぬまで治らないだろう、と。今では逆にそれで良いのだと思うようになった。

そんな私が、商品として作られた市販のアンプで満足出来るわけはない。テープデッキなどのように、そのメカニズムを構成する部品、ダイレクトドライブモータ等が、かなり大袈裟な設備を持たなければ、作り上げることが出来ないオーディオコンポーネントと違って、大メーカーと言えども、その生産に、大部分がラジオペンチとハンダごてを使って作り上げられるものである事を思えば、自作したものの方が良いのは当然の事である。問題は、どんな回路を使うかと言う事、適当でしかも優秀な部品をどうして入手するかと言う事、それから、そんな風にして選んだ回路と部品を使ってアンプに仕上げるのに、どんな構造に組み上げ、 その部品配置をどのようにするかと言う事である。

本機のオリジナルになったクリスキットマークVニューモデル(電波技術1970年12月号に発表したもの)はそんな理由から一年ばかり時間をかけて作り上げたもので、現在でも、神戸の或る宝石屋さんで、今でも健在である。

少しでも良い音を、と考えておられるオーディオリスナーの方々にお役に立てば、と言う事で、星電パーツ(株)のお世話で、パーツセットにまとめてもらうようになり、当時、 1カ月平均10台位だったのが、最近はその10倍位に利用者が増えて来た事は、設計者としては、まことに喜ばしい事で、キザな言い方をすれば、お役に立てて何よりと言うわけで、その後、いっその事、キットにしてはと言うおすすめもあったのだが、オーディオは私にとってはあくまでも趣味。趣味が仕事になったのでは、大切な趣味が一つ減る事になる。勿論趣味といっても、私が試作するアンプの材料代は勿論、研究費、測定器などの諸経費がいる上に、原稿資料の整理、質問に対する回答などの出費分として、パーツセットの売上高の3%のローヤルティーを会社で受取っている。社会事業のつもりはないので、公表しておく。

そればかりではない。キットにすれば、外観を含めた商品価値が良くなり、組立マニュアルをつけたりも出来るかも知れないが、必ずそこに商策が必要になる。それではせっかく自作だから得られた性能が失われかねない。

そればかりではなく、キットにすれば、外から見えるところ、例えばバネル、つまみ、パイロットランプなどに金をかけ、その上、カラー刷りの広告、オーディオ評論家への付届けをすることになる。そしてその分だけが外から見えないパーツで手を抜く。抜かなければ当然の事ながら人を馬鹿にしたような値段をつけて、だから最高級だと広告をする。値段の手前、つい凝ったものになり、回路を複雑にして、さすが最高級品だと、 イカ銀先生に言ってもらう。悪循環である。

従って、多少コマーシャルメセイジみたいに聴こえるが、貴方が、貴方のために、納得の行く音を作り出す事のお手伝いが、この記事の目的である。だから出来るだけ詳細に述べる事にする。まず回路について説明しよう。

イコライザ段:

プリアンプの中で最も重要なコントロールユニット(Control Units)の一つである。キットからアンプを作るのと違って、厳選されたパーツ、といっても、見かけだけを良くするためのものではなく音質向上と言う目的で選んだものを使っての自作である。納得が行かなければ大して意味はない。したがって、製作に当って、その回路の仕組みをのみ込んでから作りたいものである。キットなどの組立て説明書の実体図だけを見て、その通り理屈も考えないで作り上げて、一発で成功したと喜んでいるのは、子供のする事である、と私は思う。何の事はない、電子プラモデルである。

おなじみのマッキントッシュC-22のイコライザから不要なものを全部取り外したものである。良い回路から、余計なものを取り去ったのだから、音が良いのは当り前で、しかも回路部品を一つ一つ、原価計算とは関係なしに選んだわけである。第1図を見れば解るように、原機より正確な特性になる。これは部品の配置を、外観にとらわれずに、音質本位に設計し、精密級の部品を使ったのだから、むしろ当然の事だと言える。(註:第1図aはひと目盛が0.1dBでかなり誇張してあるが、本機が±0.2dB、C-22が+0.9dB—0.6dBに入っている)

第1図

いきなり回路図を見ると、馴れない人には複雑かも知れないので、解り易くするために、音声信号の通るみちだけを抜き出したのが、ブロックダイヤグラム(Block Diagram)第2図である。カートリッジで拾い上げた交流信号が、トーンアーム、シールド線、入力ピンジャックを通って、ファンクションスイッチでV1のグリッドに入って来る。三極管の増幅原理の通り、30倍あまりに増幅されて、その球のプレートに出力信号として現われる。その信号がカップリングコンデンサ(Coupling Capacitor)を通して、V2のグリッドに導かれる。コンデンサには、交流は通すが、直流は流れないと言う性質があって、V1のプレートに与えられた直流電圧はこのコンデンサで遮断されて、交流信号のみがV2のグリッドに入り、V1と同じように増幅されてその球のプレートヘ出て来る。

 

第2図

V2とV3は直結(Direct Coupling)につながっていて、カップリング・コンデンサを省いたままV3のグリッドヘ送り込まれる。その時のV2の出力信号の一部が、 C4(0.22μF)を通ってイコライザ素子と、V1とカソード抵抗の一部、 R-2(1.8kΩ)とで分割されて、V1のカソードにNFBが掛かる。プレート—カソード(P—K)NFBである。

イコライザ素子の代りに或る大きさの抵抗値を持つ純抵抗に置き換えると、可聴周波数全般に、一律にNFBが掛かるので、ごくありきたりのフラットアンプになるのだが、第3図で解るように、このNFBは、周波数選沢性があるので、V3のグリッドに入って来る信号はRIAAのカーブになるわけである。

第3図

キットではなく、自分が納得して作るためには、その原理を良く頭に入れておかなければならないので、 ここで一つ、何故RIAAのカープになるのかを考えて見る。

コンデンサは、交流は通すが、直流は流れない、と先に述べた。ところでオーディオで扱かう交流には、毎秒何ヘルツと言う低い周波数から、何キロヘルツと言う高いものまで色々な音階があって、一定の大きさの容量を持つコンデンサに交流を通すと、その抵抗値(Impedance or Reactance)が周波数によって変わり、その抵抗値の大きさは、

で決まる。例えば、400pFのコンデンサに1,000Hzの信号を流すと、

つまり400pFは1,000Hz に対して398kΩの抵抗値(Reactance)を持つと言うわけである。

そこで、本機のNFBイコライザ・ネットワーク(Network)に、100Hz、1,000Hz及び10,000Hzの交流信号を流したとき、それぞれのコンデンサのリアクタンスを書き込んだのが第4図である。

第4図

電波技術のクイズでおなじみの、合成抵抗値の計算法にもとづいて、これ等のネットワークの合成抵抗値を計算すれば 100Hzのときには1,189.9kΩ、1,000Hzのときには249.42kΩそして10,000Hzで45.77kΩとはじき出せる。

NFB(負帰還)とは、出力信号の一部を入力側にもどす事で、そのNFB量は、

で計算され、βが1より充分大きいときには、

と考えて差支えないので、それぞれの周波数で違った量のNFBがかかった残りのゲインには、100Hzで55.11dB(661.7倍)、 1,000Hzで42.00dB(139.57倍)、そして10,000Hzでは28.25dB(26.43倍)になる事が解る。

第1表がその様子を解り易く表にしたものである。第3図と比べて見るとその関係が良く解る。グラフの右側には、55.11dB、 42.00dB.及び28.25dBで現わした、NFBを掛けた残りのゲインを目盛ってあり、左側に、1,000Hzでの42dBのゲインを0dBと考えたとき、100Hzでは55.1ldB−42.00dB=13.11dB、1,000Hzで0dB、10,000Hzでは42.000dB−28.25dB=13.75dB(−13.75dB)、と目盛ってある。そしてその各点をつないだのが、 RIAAのカープになることが解る。

第1表

このようにイコライズ(Equalize=音質補償)されて、平均値で42dB(130倍)位に増幅された信号がV3のグリッドに入る。

V3はカソードフオロアー(Cathode follower)であるから、利得(Gain)は殆どゼロで、そのカソード出力が、R-11(330kΩ)とR-12(330kΩ)とで二分割されて、その半分(−6dB)がR-6(820Ω)とR-11で更に分割されて、V2のカソードヘ正帰還(PFB=positive feedback)される仕組みになっている。これはイコライザ素子の高域に対するインピーダンスが低いので、V2のプレート抵抗100kΩ(R-7)とパラレルに入って、アースされ、V2の負荷抵抗値が小さくなり、高域に於ける裸のゲインが落ちたり歪率が増えるのを防ぐためである。したがって本機のイコライザが一般の2段P —KNFBイコライザに比べて、はるかに、その特性がすぐれているゆえんである。しかもカソードフォロアー出力は、非常に回路インピーダンスが低いので、その後につづくファンクションモニタースイッチ、ボリューム、バランス等の附属回路の影響が少ないので、確かに好都合である。

てな事を並べて見ても所詮はマッキントッシュC-22の回路をそのまま頂戴したわけで、 このあたりが、自作の強味で、キットだとそうは行かない。市販品の管球式プリアンプキットがここんとこだけ真似しないで、しかもNFBイコライザ素子の数値を計算しなおしてあるのもそのためで、このNFBネットワークの計算は、時定数(C×Rと考えれば良い)にもとづいているので180kΩ×400pFは36kΩ×2,000pFと全く同じで、90kΩ×800pFその他いろいろの組み合わせをしても、その掛け合わせた数値が同じであれば、その働きは全く同じ事である。