12.22
私と朝日新聞 2度目の名古屋経済部の16 採用面接で素敵な青年に出会った
この若者となら、是非一緒に仕事がしてみたい、という受験生が1人だけいた。名古屋大学の男子学生だった。
志望動機、朝日新聞を選ぶ理由、入社後の希望、どんな記者になりたいのか。入社面接ならどこでもあるような質疑があった。笑顔がさわやかな青年で印象はよかった。だが、質問のまずさからかもしれないが、強い印象を受けたわけではない。10点満点で採点すれば7点止まりというところか。
面接がほぼ終わりかけた時、何故か私はこの青年に、1つだけ聞いてみたくなった。
「ねえ、君。ガールフレンドはいるのかな? いや、これは私事だから話したくないのなら話さなくてもいいんだが」
何故そんな質問が口をついて出たのか、いまだに私はわからない。気が付いたら、そんな言葉が口から出ていた。
入社面接でガールフレンドの話。彼は瞬時、戸惑ったような顔をした、やがて、おずおずといった。
「あのう、ここでそんな話をしてもいいんですか?」
「はい、君がいやでなかったら話してみて下さい」
そんなやり取りの後、彼は
「それなら」
といって話し始めた。
高校時代にガールフレンドがいた。卒業して彼は名古屋大学に入り、彼女は短期大学に進んだ。通う学校が違ったためだんだん会う回数が減り、やがて全く会わなくなった。その頃彼には、大学で新しいガールフレンドが出来ていた。
「ところが、何故か新しいガールフレンドといても落ち着かないんです。ここは僕の場所ではないというか、違和感が消えませんでした」
やがて、その彼女とも別れてしまう。
「そんな時です。ああ、僕には高校時代のガールフレンドがピッタリだったんだ、と気が付いたのです」
そこまでなら、どこにでもありそうな話である。
「それでどうしたの?」
私は先を促した。
「もう一度彼女に会いたいと思いました。会って思いを伝えたい、と。しかし、あんな別れ方をしたのです。自宅を訪ねればご両親もいらっしゃいます。娘の、別れたはずののボーイフレンドが突然尋ねてくれば、ご両親だってきっと不安になられるでしょう。だから、この選択肢はないと思いました」
なるほど。
「彼女が短大を出て、東海銀行に勤めていることは知っていました。だから、東海銀行の終業時間に職員出入り口で待っていれば会うことができます。でも、周りには銀行の先輩、同僚がたくさんいるでしょう。だから、そこで声をかければ、彼女の迷惑になりかねない。これもダメだと思いました」
じゃあ、結局会えなかったのかな。
「それで考えたんです。彼女は名鉄で通勤していました。名鉄名古屋駅で降りるんです。これしかないと思いました。私、彼女が出勤する時間に名鉄の駅で待とうと思ったのです。はい、毎朝6時頃起きて6時半か7時には名鉄名古屋駅の改札口で待ち受けました」
それで?
「彼女の姿が見えたのは3日目でした。それで声をかけて、もう一度付き合いたいと頼んだんです」
ふーん、やっと会えたんだ。彼女の反応は?
「嬉しいことに、彼女は受け入れてくれました。だから、今も付き合っています」
これで彼の話は終わりである。私たちに向かって一礼すると部屋を出て行った。
この青年はすごい、と思った。まず、自分の行動が相手に、周りにどんな波紋を及ぼすかをちゃんと考える優しさ、周到さ、聡明さがある。そして、全てを折り込んで誰にも迷惑がかからないプランをたて、そのプランに従って自分の体を動かす行動力がある。
「こんな背年と仕事をすれば楽しいだろうな」
そう思った時、私は面接室の中で声を揚げていた。
「俺、満点をやる! 今の青年に満点をあげる!!」
ほかの2人の面接官に聞かせるためである。彼らもいい印象を持ったに違いないとは思ったが、念押しをして悪いことはないだろう。
彼は無事一次面接にパスし、最終面接に進んだ。幸い、彼が入社試験に合格したことを知ったのはずいぶん後だった。そして、彼と仕事をしたいと思っていたが、とうとうそんな機会は来なかった。それでも、素敵な青年を朝日新聞に迎え入れることが出来たという満足感はある。
いま彼はどうしているのだろう? あの彼女と家庭を持って子供に恵まれただろうか。その子たちはもう成人になっただろうか?
名古屋時代の楽しい、誇らしい想い出である。