2021
04.09

オーディオリスナーのための高性能プリメインアンプ プリアンプ部回路編 2

音らかす

イコライザ(Phono Input)段

まず、イコライザ部ですが、回路設計について詳細に考える前に、ちょっとRIAAについて考えてみる事にします。何故ならば、何でもものを作るのに、その目的がはっきりしていないで、やたら猿真似をしていたのでは、良いものは出来ないからです。

ギターの一番太い絃(E線)を指ではじいたとします。フレットを押さえないではじくと、20mm振動するとして、その時の音(周波数)は約165Hzで、ピアノの中央のドのすぐ左に寄ったミの音が出来る事は誰でも知っている事です。次に同じ絃の第12フレットを押さえて、開放絃の時と同じ強さの音が出るように弾くと、今度は10mmしか振動しないで約330Hzの音、つまりさっきのミの音より1オクタープ上がった音になります。つまり、同じ振動体からいろいろな音程を出すためには、低音になる程その振動幅(振幅)が大きくなる事がわかります。

これをレコードのカッテイングに当てはめてみると、第3図aのようになって、あの狭いLPレコードの溝から低音は大きくはみ出し、中音が丁度良くて、高音は細か過ぎて、針音で消されてしまうのでうまくありません。だから、カッテイングの折に低音を縮め(減衰)、高音は広げ(増幅)てカッテイングします。このように作られたレコードをフラットなアンプで増幅すると、高音ばかりが耳について、ガャーガャー言う音になってしまいますので、とても聴くに耐えないものになってしまいます。従って、録音に使用された周波数特性カーブ、つまりRIAA補正回路(Equalizer)が必要になります。

第3図

そこで考えられるイコライザアンプの目的は、出来るだけノイズを出さないで、しかも歪なく、RIAAのカーブの通りに増幅しなければならないわけで、 この事は管球式も、 ソリッドステートも変りありません。

ここでもう少し寄り道をして、『トランジスタはどうも』とおっしゃる方々のために、ちょっとトランジスタの増幅について考えてみる事にします。御存じの方は時間が勿体ないので、飛ばして読んで下さい。

トランジスタの書物を読むとホールだとか、不純物だとか、むずかしい理論にぶつかります。いろいろな方と話し合ってみると、どうもこのあたりの原理のところで頭が痛くなり、『石はどうも』という事になって、食わず嫌になっておられるような気がします。第一私等はトランジスタそのものを作るわけではありませんので、こんな事はアンプを作るのに大して関係はありませんし、段々とわかって来ますので、とりあえず、アンプを作るのに一番必要な事だけについて考えてみます。

御承知のように、 トランジスタにはPNP(2SA、2SB)とNPN(2SC、2SD)の2種類がありますが、NPNの方が真空管に似ていますのでその方から考えてみます。

第4図が真空管との比較です。プレートがコレクタ、グリッドがベース、カソードがエミッタと思えばよく、それぞれ同じような働きをします。第5図aのようにコレクタにプラス電圧を当てて、エミッタをアースしてみます。この時の電圧がコレクタを破壊する程高い電圧でない限り何事も起りません。つまり電流は流れないのです。そこで、その石のベースに交流電圧(実は石の場合は電流なのですが、わかり易くするために電圧を考えます)つまり、信号電圧、この場合は正弦波(Sine Wave)を当ててみます。今度はコレクタからエミッタに電流が流れますが、この石にバイアスがかかっていませんので、入力信号のプラス側の時だけコレクタに電流が流れ、しかもその分量がベースエミッタ間に流れる電流つまり入力信号電流の100倍にもなりますので増幅するわけですが、図でおわかりのように、出力側では半分だけしか増幅されません。これをプッシュプルにして、二つの半分の波形を合わせたものがB級増幅です。増幅率は大きいのですが、歪が多く、第一プッシュプルでないと半分だけですので使いものになりません。

第4図

そこで工夫されたのがバイアスです。つまり、入力信号より大きな電圧をいつでもベースにかけておけば、第5図bに示すように、完全なサインウェープをコレクタから取り出す事が出来るわけです。だから、Bias(片方に寄せるという意味)をかけると呼ぶわけです。そして、先に述べたように、ベースに流れる電流(Ib)に比べて、コレクタに流れる電流(Ic)の方が100倍もあるために増幅が起るのです。

第5図

PNPについては、本項はトランジスタの講義ではありませんので詳しく述べませんが、 コレクタとエミッタがひっくりかえったものだと思っていただければ、自ずからわかると思います。

トランジスタとは誠に簡単です。というところで、基礎講座はおしまい。いよいよ本題に入ります。

回路図からおわかりのように、 2段直結です。よく3段でなければならないように思っている方がおられるようですが、出来るだけノイズが少く、RIAAのカープに忠実で、歪がなければ、2段でも3段でも実用上あまり変わりはないと思います。2段ではゲインが足りないというのでは、使い物になりませんが測定の項で述べますが、37dB取れていますし、最大許容入力も155mVありますので、問題はないと思います。

真空管の場合でもそうですが、増幅段は少くてすめば、少い方が良いわけで、石や球には必ずそれぞれ固有の歪率があって、重ねて行くとそれが積み重なって行く事になり、ノイズもそれだけ多くなるのは理の当然です。

1枚では無色透明のセロファンでも、何枚も重ねると、だんだんに濁って来て、しまいには不透明になる事からみても、この理屈は成り立ちます。前回の管球式のプリアンプの場合も、オリジナルのマッキントッシュC-22より、クリアーな音が出たのも不要と思われる回路を全部省き、必要なものだけのすこぶる簡単な増幅を行なったためです。

回路を理解するためには、その動作を考えるのが一番手取り早い方法だと思います。

まず、電源が入ります。12kΩ(R-109)、47kΩ(R-105)及び22kΩ(R-104)を通って、Vccのところに入ってくる44Vがそれぞれオームの法則に従って降下し、二つの石のコレクタに当ります。

Q1aのコレクタとQ1bのベースがつないで(直結)ありますので、Q1aのコレクタにかかっている電圧が、そのままQ1bのベースにかかり(バイアスをかける)ますので、Q1bのコレクタからエミッタヘ電流(Idling)が流れ始めます。そして2.7kΩ(R-107)と160kΩ(R-108)とで分割されて、2.7/160だけが左へ行き、再び47kΩ(R-102)で分割されて、残りがQ1aのベースバイアスとしてかかりますから、Q1aでもコレクタ、エミッタにアイドリング電流が流れます。これを直流帰還と呼びます。

直流帰還でないといけないのは、入力信号が入っていない時には良いのですが、信号が入ると、Q1aのエミッタにも信号があらわれ、それがそのまま帰還されると、NFBになってしまって、全体の回路構成がくるってしまいますので、220μF(C-104)で交流分をアースヘフィルタしてやらなければなりません。このコンデンサは、バィパスコンデンサと違って、直接Q1aのベースヘ戻される直流帰還のところに入っているのですから、大きい値ほどよろしい。実験してみますと、100μFと220μFとの差はハッキリと出ます。耳によるテストでも低域に差がつきます。普通100μF位を使うのですが低音が不足気味になるためにトランジスタの音は硬い、という原因の一つになっているのかも知ません。

コンデンサは交流を通すものですが、その値と周波数の関係があり、いずれの場合でも交流に対する抵抗値はゼロにはならないものです。本機では再生音の20Hz以上に影響を与えないように220μFを使いました。

35pF(C-103)は、35,000Hz以上にNFBをかける事により高域安定を計るためのもので、この数値が小さいほど高域の周波数カープが伸びます。35,000Hz等どうせ耳では聴こえないし、レコードにも入っていませんが、35pFがヒアリングテストの結果最適でした。100μF(C-105)のデカップリング・コンデンサは、普通の回路では省略してありますが、ノイズを最少限にするためと、Q1bの出力がQ1aのコレクタにポジティブに戻る事により、発振する事を防ぐ働きがあります。47kΩ(R-114)は、ファンクションスイッチを切り換えた時にクリニックが出るのを防ぐためのものです。

これにより、Q1aとQ1bのバイアス電流は相互関係が結ばれ、始めに設計されたところまで流れると、自然にバランスが取れて、もし何かのはずみで熱がかかって、どれかの電流が余計に流れようとしても、バランスがくずれただけ、どこかにブレーキがかかりますので、またもとのバランスの取れた状態に戻ります。オーソドックスな回路ですが実に巧妙な設計だと思います。オシロスコープで、最大出力時〔155mV×70(37dB)=10.85V〕の波形の上下が同時にクリップするところ、(つまりA級増幅です)に合わせるのですが、 うまい具合に、その時のQ1bのコレクタ電圧がVCCの1/2(22v)になりますので、テスタで、12kΩ(R-109)の両端と、アース間の電圧をそれぞれ計り、44V、22vになっていればOKです。

もし配線のどれかがはずれたら、全部止まってしまって、Q1aQ1bのコレクタに44Vがかかるだけで電流は全然流れなくなります。この石のVcbo(コレクタベース間最大電圧)が30Vですので、石をこわさないかという心配される方があるかも知れませんが、電流は全然流れていないのですから、トランジスタの内部接点の耐電圧はこれより大分高いので、全然心配はありません。

そのかわり、ショートしたら過電流が流れますので、石はいっぺんに飛んでしまいまます。安い石なので、一度実験して見ると経験になるかも知れません。だから、電圧を計る時にはトランジスタの3本の足にテスタのリードを当てないで、すぐその隣の抵抗のリードのところで計るようにします。

ここで問題になったのは、トランジスタのバラツキです。驚いた事に、Hfeが80%近くバラついているのが大分あります。抵抗は例によってMR-12、G級(±2%)を使ったために、石はバラついても、 トータルゲインは左右チンンネルで0.2dBの誤差で問題はないのですが、Q1bのコレクタ電圧がVccの1/2にならない時、またはなっていても石のバラツキが大きい時には、最大許容入力が20%以上落ちる事です。155 mVと大分大きくとってあるので、実用上大した問題ではないと思いますが、キットなどとは違って最良の回路を使用し、最高の部品により、アマチュアリズムに徹して作り上げるアンプですので、何とかしたいと思ったら、星電パーツが協力してくれまして、 4個づつの揃ったペアをとってくれましたので、左右がピッタリ合いました。精神衛生上大いによろしい。

RIAAのイコライザ用ネットワークは、前回の成功に気を良くして、 もう一度マッキントッシュC-22から拝借しました。といっても、第6図でおわかりのように、 C-22の場合は初段のカソード抵抗の内NFB用が1.8k Ωですので、原回路をそっくり使えば良いのですが、右側の石の場合はエミッタ抵抗に1.8kΩも使ったのでは、 この石にセルフ帰還がかかってしまって、ゲインがグンと落ちてしまいます。RIAA用のNFBには1,000Hzは22dB以上、30Hzは(22dB—18.61dB)3.39dBかからなくなりますし、 もしかかったとしてもそれだけのNFBの後30dB以上のゲインがとれなくなって、お粗末、 という事になります。(第7図参照)

第6図

第7図

これを解決する方法は、フィルタネットワークの時定数を変えないで、相対インピーダンスを下げれば良い事になります。紙に書くと実に簡単ですが、時定数を変えないでインピーダンスを下げるためには、いろいろなCR計算を行なわなければならない上に、計算上求められた数値の抵抗やコンデンサが規格品になりません。実のところ、本機を(の?)仕上げに当って、 ここんところで1週間余りかかってしまいました。ヒースキットの抵抗コンデンサ、ボックス、 ディケードがなければ、 カットアンドェラーで途中で嫌になっていたかも知れません。82%Ω(この「%」は、私が持っているコピーでは桝谷さんが✖️印で消しておられます)(R-110)が右の方についているのは、15,000Hzより上の周波数が高くなる程NFBがかかり(っ?)ぱなしになるのを防ぐためで、5μsの時定数に合わせたものです。こうしておけば、どんな場合でも発振は絶対に起しませんので、安心して作れます。

2SC458LGCは実にノイズの少い石で、完成後メインボリュームを中点、つまり普段聴いているところに置き、これまたノイズの少いパワーアンプを通して、30cmのウーハ(コーラル12L-1)のサランネットに、耳をぴったりくっつけてもほとんど何も聴えて来ません、 トランジスタ独特のヒスノイズも、 スコーカ(YL350F)から全然出て来ません。音楽の聴き過ぎで、耳が悪くなったのかと思って、子供の耳を借りて確かめた位です。

実は、 この平凡な2段直結アンプから、ちょっとトランジスタとは思えない線の太い音が出るのは回路図に見られるように、その電源電圧です。普通、プリアンプには15~20V位の電圧がかけられるものですが、本機では、イコライザ段とコントロールアンプには44V、出力段には62 Vと、『真空管と間違ったのでは』と友人にからかわれた程です。マランツ、マッキントッシュ、 JBL等海外著名アンプは全部電圧が高くとってあり、中には70Vというのもあります。