これからお読みいただく連載は、公開するかどうか最後まで迷ったものである。群馬大学の自動運転が成功することを前提に書いているのに、現実にはいまだ実用に耐える自動運転車が生まれたという話を聞かないからだ。そして今では、この先もそんな日は来そうにないと思っている。
なぜこんなことになったのか。自信たっぷりに
「2020年に桐生で世界初の自動運転車を走らせる」
という研究者たちの熱気に、私自身がかぶれてしまったのかもしれない。
そして、私の取材の甘さもあった。記者とは取材対象の専門家ではない。初めてのテーマを取材することがほとんどだ。無論、そのために事前に勉強はする。しかし試験前の一夜漬けと同じで、上っ面だけの知識を身につけるのがせいぜいだ。この取材もそうだった。いま読み返すと、浅い知識と論理的思考・追究を欠いたまま書いてしまった原稿だったと反省するからこそ、公開をためらったのである。
しかし見方を変えれば、これは当時の群馬大学の研究現場を記録したリアルなルポでもある。この記事の中に、ひょっとしたら彼らがいまだに自動運転車を生み出せない要因や萌芽が隠されているのかもしれない。そう考えて、恥を忍んで公開することにした。
なお、公開にあたっては、現在の視点から付け加えるべき事実や解説を「注」として挿入する。
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米ラスベガスは砂漠の中に作り上げられた遊興都市です。ギャンブルと様様なショーが売りです。ところが毎年1月、そんな楽しみとは縁が薄そうなビジネスマンスタイルの技術者や会社員が世界中から詰めかけます。この時期、ラスベガスの会場で家庭電気製品の技術見本市(CES=Consumer Electronics Show)が開かれるからです。ビデオテープレコーダー、レーザーディスクプレーヤー、ファミリーコンピューターなど、一時代を画した電気製品はCESを舞台として発表されました。家電にからむ仕事をしている人たちにとっては
「世界の最先端を知る」
ために、必ず見ておかねばならない見本市なのです。
ところが2018年1月のCESは様子が違いました。トヨタ自動車の豊田章男社長をはじめ、ホンダ、日産、メルセデス・ベンツ、フォード、FCA、ヒュンダイ、キアなど、自動車メーカーの幹部が勢揃いしたのです。
トヨタ自動車は自動運転機能を持ったコンセプトカー「e-Palette Concept(eパレット・コンセプト)」を会場に持ち込みました。壇上に登った豊田社長は
「トヨタは車を作る会社から、モビリティーサービスの会社に変わる」
と宣言したのです。
世界最大級の自動車生産台数を誇るトヨタ自動車が、車を作る会社ではなくなる?
豊田社長の宣言は、完全自動運転車が町を走り回る日がすぐそこまで来ていると実感させました。
完全自動運転車が普及すれば、車は必要な時にパソコンやスマホで呼び寄せて使えばいいのです。一人一人が車を持つ必要はありません。車ではなくサービスを売る会社に変身しなければ、トヨタ自動車は世界のトップ企業であり続けることはできないという危機感を持ったからこその宣言でした。
【注1】
この時トヨタが提示した「e-Palette」は2021年、東京オリンピック・パラリンピックの選手村で自動運転バスとして導入されたが、8月、視覚障害のある選手と接触する人身事故を起こして一時運行停止となった。当初描かれたような「街中を縦横無尽に走り回るモビリティサービス」としての社会実装や一般普及には程遠いのが現実である。
トヨタ自動車だけではありません。
米・フォードは2021年までに完全自動運転車を市場に投入すると発表しました。ゼネラル・モーターズ(GM)はドライバーによる操作がいらない試験車両を130台生産し、米国内3つの都市で走らせてデータを集めると公表、
「大量生産ラインで自動運転車を組み立てた最初のメーカーだ」
と胸を張りました。
もっと先を進んでいるのが、電気自動車で一躍名を挙げたベンチャー企業、テスラ・モーターズです。2016年秋、
「これから生産する全ての車に、自動運転機能を持たせる」
と公言し、会社員がハンドルに一切触れずに車で通勤する映像を公開しました。2018年には完全自動運転を実現するといいます。
ヨーロッパ勢も動きは急です。BMWはインテルと提携、フォードと同じ2021年までに自動運転車を売り出すと言っています。メルセデス・ベンツはすでに自動運転のコンセプトカー「F015 Luxury in Motion」を2015年に公開しています。「2030年にはほとんどの車が自動運転車になっている」といい、2020年代初めには市販する計画です。フォルクス・ワーゲンも17年3月、ジュネーブのモーターショーに完全自動運転車のコンセプトカーを出しました。
【注2】
2018年当時、各社が競うように掲げた「2020〜2021年までの完全自動運転(レベル4〜5)市場投入」という目標は、結果として全滅した。技術的なハードル(複雑な交通状況への対処)や法整備、事故時の責任所在の問題が壁となり、多くのメーカーが計画の延期や撤退、あるいは人間が監視する「レベル2(運転支援)」への事実上の下方修正を余儀なくされた。
いや、完全自動運転車の開発を進めているのは自動車メーカーだけではありません。IT業界の覇者、グーグルが自動運転の研究で常にトップを走ってきたことは周知のことです。DARPAのレースに挑み続けたカーネギメロン大学のクリス・アームソン氏をはじめとした優秀な研究者を大量に採用してチームを作り、米国内の公道で走行実験を重ねていました。16年になって撤退が報じられましたが、技術の蓄積は大きいはずです。また、同じIT業界では、コンピューターのアップル社が密かに自動運転車を開発しているといわれ、iMac、iPod、iPad、iPhoneに継ぐ戦略商品「iCar(?)」になるのではないか、といわれています。
【注3】
グーグルの自動運転部門は後に「Waymo(ウェイモ)」として独立し、米国の一部都市で無人タクシー商用化を実現させた数少ない例外となった。一方、巨大な資金力を誇り「iCar」として期待されたアップルの自動運転車開発プロジェクト(プロジェクト・タイタン)は、莫大な投資にもかかわらず難航を極め、2024年に開発を完全断念・撤退した。
大学での研究も進んでいます。金沢大学計測技術研究室は自動運転車の公道実証実験に力を入れ、2015年には石川県珠洲市と提携して日本初の市街地実験を始めています。東京大学生産技術研究所は学内にベンチャー企業、「先進モビリティ株式会社」を立ち上げました。トヨタ自動車で40年働いた技術者を社長に招き、完全自動運転車の開発を進めています。名古屋大学未来社会創造機構や同志社大学モビリティ研究センターは運転支援型の自動運転に力を入れています。
【注4】
金沢大学や東大発ベンチャー(先進モビリティ)なども過疎地での実証実験を進めたが、過疎地の限定路線や低速(時速20km以下)での走行にとどまり、一般道での「完全自動運転」の自立したビジネスモデル確立には至っていない。
ほんの少し調べただけでも、こんな情報がゾロゾロ出てきます。言い方を変えれば、群馬大学理工学部の自動運転開発チームは、これだけのライバルたちと競争しています。
その群馬大学の研究チームは、わずか3人です。世界の並み居る大企業は、おそらく数百人の大部隊が日夜、研究‥開発を続けていることでしょう。それに対して3人。数百人対3人の闘い。
「敵は幾万ありとても」
という精神主義は、かつて日本軍のモットーでした。しかし、科学技術の世界は一つ一つ積み上げられた研究成果、それを貫く論理、そして実験結果が全てです。精神主義が通じる余地はありません。「いずれは神風が吹く」との精神主義でアメリカと戦った軍国日本は、無残な敗北を喫しました。
それなのに、群馬大学のチームは自信満々です。世界の最先端にいると自負しています。世界に先駆けて完全自動運転車を実用化し、桐生市を世界初の自動運転タウンにするといいます。
3人は誇大妄想狂なのでしょうか?
【注5】
当時、研究チームが掲げた
「2020年に桐生で世界初の自動運転車を走らせる」
「桐生市を世界初の自動運転タウンにする」
という大公約は、何一つ実現していない。世界の大企業が数百人態勢・数千億円の資金を投じても突破できなかった壁を、わずか3人のチームが突破できると考えた根拠は何だったのか?
次回から、群馬大学理工学部の自動運転車をご紹介します。

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