一挙に完全自動運転車を創り出そうという群馬大学ですが、群馬大学だけでは越えられない課題があります。コンピューターの能力です。群馬大学の3人は
「いまのコンピューターは、まだ人間を越えていない」
と考えています。コンピューターを完全には信じていないのです。
コンピューターの研究は日々進み、演算能力もプログラミングの技術も幾何級数的に向上しています。チェスや将棋、囲碁でコンピューターと名人級のプロが対戦、コンピューターが勝利をおさめるというのも珍しいニュースではなくなりました。
それでも3人の判断は変わりません。中でも認識能力は人間に追いついていない、と3人は口を揃えます。
認識能力とは、目(自動運転車の場合は、カメラやレーダー、ということになります)で見たものが何なのかを判断する力です。いま車の前に出てきたのは犬なのか猫なのか、それとも人間なのか。向こうから近づいてくるのは乗用車かトラックかバイクか、あるいは風に吹かれたビニール袋か。遠くに見える赤い光は商店の装飾照明なのか、ビルの壁のネオンサインなのか、それとも赤信号なのか。
人間なら、ほとんどの場合、一目で見分けることができます。ところが、コンピューターは迷ってしまうことがあるのです。
車の前に出てきたのが犬であれ猫であれ人間であれ、動いているものならまずブレーキをかけて車速を落とし、いざとなればぶつかる前に止まれば済みます。人をはねるのは論外として、犬や猫なら車ではね飛ばしていいと考える人はまずいないでしょう。車の前に動くものが出てきたら減速していつでも停止できる用意をする。その程度ならコンピューターが人間に代わってやることができます。スバルのアイサイトはそれをかなりの程度まで実現しました。
しかし、夜の東京・銀座を車で走ってみましょう。よくよく見ると、車の周りは灯りのオンパレードです。赤、青、黄色、緑……。様々の色の光が、何とかして道行く人の目を引こうと競い合って輝いています。
センサーから情報を受け取ったコンピューターも、光は感知できます。色も分かります。丸形か角形か、あるいは線状かも見分けることができます。
しかし、70mほど先で光っている、赤くて丸い光は赤信号なのか、ネオンサインの一部なのか、どこかのビルの窓から漏れている光なのか。
人間なら迷いはしないでしょう。ネオンサインの赤い光を赤信号と間違えてブレーキを踏む人なんてほとんどいないはずです。ところがコンピューターは、迷いに迷ってしまいます。ましてや、信号機が街並木の隙間から見えたり見えなかったりしていたら……。
【注1】
この原稿を書いた2018年当時、画像認識AIは過渡期にあったが、その後の「畳み込みニューラルネットワーク(CNN)」の進化や大規模視覚言語モデルの登場により、画像や動画から物体・信号・標識を識別する精度(パターン認識力)は飛躍的に向上した。現在では、夜間の複雑なネオンや街路樹の隙間の信号機程度であれば、人間と同等以上の精度で高速識別できる車載AIカメラが標準化している。
交通の安全を保つため、様々なルールが設けられています。信号に従って走ることも大切なルールです。信号の見落とし、見間違いは重大な事故に繋がりかねません。コンピューターの信号認識能力に十分な信頼が置けないのでは、安全に、それこそ赤信号がともってしまいます。
【注2】
コンピューターの「信号や障害物の認識能力」自体はAIの進化によって劇的に向上したが、今度は「認識した情報をもとにどう判断・予測すべきか」という高次の問題(エッジケース)が立ち塞がった。
例えば、「警察官の手信号」「風でたなびく工事現場の旗」「路上に立つ人間の『車道に飛び出す意思があるかないか』という表情や目線の読み取り」など、人間が経験と文脈で行っている高度な文脈判断をAIに100%委ねることの難しさは残り続けた。「コンピューターを完全には信じない」という群馬大チームの慎重姿勢は正しかったが、AI認識技術の向上をもってしても、人間を完全に超えるレベル5への壁はまだ破れていない。

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