群馬大学の自動運転
第8回 地域を限る

では、いまのコンピューターの能力の限界を知った上で完全自動運転車を設計するとどうなるのでしょう?

群馬大学の研究チームが世に問おうとしているのは、

 地域限定

の完全自動運転車です。開発に携わる3人は、

「世界中見渡して、現状のコンピューター技術でできる完全自動運転車はそれしかない」

といいます。
無論、ディープラーニングの研究は続けています。ディープラーニングで認識処理をするのに最適といわれるNVIDIAの最新鋭GPU(グラフィック処理ユニット)も手元にあります。恐らく、世界の自動運転車の開発者たちがみんな使っていると思われる手法、ユニットを研究し尽くしました。その上で出した結論なのです。

地域限定の自動運転車は、自動走行する範囲を限定します。群馬県桐生市にある群馬大学理工学部で開発を続ける3人の当面の目標は、桐生市内専用の完全自動運転車です。この車は、桐生市内ならどこでも自動運転で走ります。しかし、隣のみどり市や伊勢崎市、栃木県足利市には足を踏み込みません。桐生市の外は走ることができない地域なのです。

何故このようなことが起きるのか。それは、この完全自動運転車が持つ三次元地図は桐生市のものだけだからです。

三次元地図をつくるには、車にビデオカメラを搭載し、走りながら周囲の風景を撮影し続け、それをコンピューターでデジタル化します。必要な地図は桐生市のものだけですから、桐生市内を隈無く走れば三次元地図ができます。

前にも書きましたが、自動運転に必要な三次元地図は、たった1回だけのデータ収集では不十分です。
朝と夕方、夜では見え方が変わります。
晴れの日、雨の日、雪の日で車を取り巻く風景は変わってしまいます。霧や台風も周囲の見え方を変えてしまいます。
4月はじめに撮ったビデオでは桜の花が満開でしたが、花びらは間もなく散り、葉桜の季節になります。冬場はすっかり葉が落ち、裸木に変身し、やがて新しい芽が出ます。

なにしろ、完全自動運転車には人のドライバーがいないのです。人に代わるコンピューターが、いま車から見える景色で自分の位置を知り、安全に車を操縦するには、あらゆる景色を「知識」として蓄えておかねばなりません。
完全自動運転車を安全に走らせるには、少なくとも、それだけの三次元地図の蓄積がいります。車が走る範囲を限定しなければ気の遠くなる作業量になります、しかし、地域を限れば難しくないのではありませんか?
だから群馬大学のチームは、完全自動運転車は地域を限定しなければならないと考えているのです。

【注1】
「走行エリアや条件を極限まで絞り込むことで完全自動運転を実現する」という群馬大の考え方は、後に世界的な自動運転の標準規格(SAE分類)における「レベル4(特定条件下での完全自動運転)」の概念そのものとなった。世界中の開発企業も「どこでも走れる車(レベル5)」の難易度の高さに直面し、特定の都市や過疎地の巡回ルートなどに限定した「地域限定自動運転(レベル4)」へと舵を切ることになる。

 繰り返しになりますが、メーカーが出すという完全自動運転車は、世界のあらゆるところを走る能力を持たざるを得ません。しかし、群馬大学のチームは普通の消費者に完全自動運転車を販売することは考えていません。だから、地域限定で構わないのです。
これが、世界中の自動車メーカー、IT企業を向こうに回して、

「世界のトップを切って完全自動運転車をつくる」

という自信を持っている理由なのです。

群馬大学と協定を結んだ私たち沼田屋タクシーは、地図データを集める機器を搭載したタクシーを1年間走らせます。小さな機器ですのでお乗りいただくお客様の邪魔になるようなことはありません。私どものタクシーは1年365日、どんな天候でも、どんな時間でも、桐生市内ならお客様をお送りするためにあらゆる場所を走ります。営業活動をしながら詳しい三次元地図のデータを集めることができます。
もちろん、お客様にもお乗りいただきます。小さな機器ですのでお邪魔になることはないと思いますが、ご協力をお願いします。

【注2】
地元タクシーの営業走行を活用して「四季や時間帯ごとの変化データを集める」ために沼田屋タクシーの協力を仰ぐというのは、極めてユニークで実践的なアプローチだった。私がその仲介をしたのは、すでに書いた通りである。
しかし現実には、実現しなかった。沼田屋タクシーはデータ収集用の器具を搭載する車両3台を準備して待ち受けたが、その器具が大学から届くことはなく、それについての説明、弁明もなかった。
加えて、もし実現していたとしても。街の風景は季節の変化だけでなく「新しい建物の建設」「道路工事」「樹木の伐採や標識の変化」によって時々刻々書き換わっていく。それを3台のタクシーですべてカバーできるだろうか。そして、災害時には風景が一瞬で書き変わる。倒木、がけ崩れ、道路陥没…。そのデータを持っていない自動運転車は安全に走行できるだろうか。
どれほどデータを蓄積しても、リアルタイムで変化し続ける街の全貌をリアルタイムで自動運転車が記憶することは難しい。取材時に、私の考えが及ばなかったところである。
最終的に業界全体としては「車側のカメラで道路の変化を検出・補正する技術」や「専用計測車による定期更新」など、より多層的なデータ維持の手法へと移行している。

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