群馬大学の自動運転
第10回 社会受容性

繰り返しになりますが、自動運転車の開発に力を入れている自動車メーカーやIT企業は、走る地域を限定する自動運転車は取り得ない選択です。市販しなければならない以上、世界中のあらゆる場所で人と同じように状況を判断し、車を操ることができるAI(人工知能)を開発しなければなりません。いま最も期待を集めいているのが、人の脳をモデルに開発された機械学習ソフト、ディープラーニングですが、群馬大学の開発陣によれば、まだまだ総合力では人の能力に追いついてはいません。それでも、メーカーやIT企業には他の選択肢はないのです。

一方、学術研究を基礎とする群馬大学の開発チームは、コンピューターの能力はまだ人に及ばないと冷静に判断することができました。市販を前提としないからこそ下せる判断です。そうであれば、いま人類が持っている技術で実現できる自動運転車とはどのようなものか。彼らは、

「自動運転車が持つべき能力から、『あらゆる場所で』という条件を削る」

という選択をしたのです。そうした方が完全自動運転車を早く実現できる。逆に言えば、いまのコンピューター技術ではそこまでしかできない、と見切ったのです。
経営、という桎梏から自由な大学だからこそできたことだといえます。

【注1】
企業の開発する自動運転車が「世界中のあらゆる道路を走れること」を目指すのは、世界市場で量産車を販売して開発コストを回収しなければならない経済的合理性(ビジネスモデル)があるからである。どこでも走れる「汎用AI」の開発は究極の目標だが、世界中の無数の道路環境、天候、文化的なローカルルールに対応させる必要があり、技術的ハードルは極めて高い。一方、走行範囲を限定する「ODD(運行設計領域)」を定義して段階的に実装を進める手法は、現在では特定地域での移動サービス(自動運転バス等)を早期実現するためのグローバルな標準的アプローチとなっている。

 しかし、市販されない車に何か意味があるのか? 研究者の単なる自己満足にすぎないのではないか? そんな疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

ご心配は不要です。開発陣は完全自動運転車が実用化されれば社会が一変すると考えています。完全自動運転車が普及した社会とは、車が必要になればスマホやパソコンで車を呼び寄せることができる社会です。目的地に着けば、車は自分で駐車場を探し、次の出番までじっと待ちます。次の利用者はあなたとは限りません。車を必要とする人がすぐ近くにいれば、車は自分の出番だと判断してその人の元に馳せ参じます。

つまり、完全自動運転車が普及した社会とは、車を個々人が所有する必要はなく、必要な時に呼び出して使うのです。社会全体のインフラストラクチャーとしての車なら、販売店で売る必要はありません。なんらかの公共機関が所有して管理するのが最適でしょう。いまでいえば、市町村がそのような公共機関になるかも知れません。あるいはタクシー会社がそういう機能を持つのかも知れません。そして、その車の走行可能範囲を走らせるのです。

【注2】
所有から「シェアリング(利用)」への移行と、それを支えるサービスとしてのモビリティ構想は、現在「MaaS(Mobility as a Service)」と呼ばれる概念の核心である。自家用車は平均して稼働率が数パーセント(大半の時間、駐車場に停められている)と言われるのに対し、自動運転による無人シェアリング基盤が確立されれば、都市や地域の車両総数を大幅に削減しつつ、移動の利便性を飛躍的に高めることが可能となる。

 だから、群馬大学の開発陣は、自動運転車が社会にどのように受け入れられるかの研究にも力を注いでいます。自動運転車はどのように使われるのだろうか。バスを完全自動運転とした時、どのような問題が生まれるだろうか。その解決策は。万が一、ドライバーがいない自動運転車が事故を起こした時の補償は誰がすべきなのか。その際の自動車保険のあり方はどう変わるか。

自動運転車とは、一種のロボットでもあります。これまで生産現場や工事現場ではロボットが導入され、人とロボットはどうすれば共生できるかという知恵が蓄積されてきました。しかし、日常生活の場に、自立して動くロボットが登場するのは人類として初めてのことです。法律を含めて様々なシステムが変わらなければなりません。どう変わればいいのか。未来社会のあるべき姿を群馬大学開発陣は解明しようとしています。

群馬大学の開発陣は、謙虚な人の集まりでもあります。これから来る社会の全体像を自分たちだけで解明できると思い上がったりはしていません。いま私たちが持つあらゆる知恵を、群馬大学を中心に集めるのが彼らの手法です。
中央管制センターとでも呼ぶべきものはNTTデータに、自動車保険のあり方については三井住友海上火災保険と、といった具合に、たくさんの協力関係を築いています。

【注3】
自動運転車が社会に受容されるための課題(法的責任の所在、保険制度、人との共生など)は「社会受容性」と呼ばれ、技術開発と並ぶ重要課題と位置づけられている。日本においても、従来の自賠責保険や任意保険の仕組みを自動運転時代にどう適応させるか、事故原因が車両側(システムや通信等)にある場合の補償ルールをどう設計するかなど、保険会社と研究機関が連携した制度設計の試みが続けられている。

「これは我々が大学にいるからできること。メーカーやIT企業では様々の利害関係が生まれ、また秘密保護の問題なども出てくるので、我々のような広範囲の協力関係を築くのは難しいのではないか」

とチームリーダーの太田直哉教授はいいます。
多くの企業や各種団体と手を結んで、自動運転車が当たり前の社会造りを担う。希有壮大な夢に向かって歩き続けいている群馬大学の開発陣に大きな期待を抱くのはこのためなのです。

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