2014
08.18

2014年8月18日 失敗

らかす日誌

横浜の瑛汰が、やや途方に暮れたらしい。

「ねえ、ママ。どうして僕のだけだめなの」

とでも言われたか、次女が今朝、妻女殿に電話をしてきた。

「プチトマトには花も咲かないし、花が咲いたインゲン豆は実を結ばない。ねえ、お母さん、どうしたらいいの?」

といってきたんだけど、どうしたらいい? というのは、妻女殿から私への問いかけである。
何でも、夏休み前、自宅で育てるようにと、この2つの苗が配られた。一生懸命育てたはずなのに、この結果である。友人宅では立派に実を結び、すでに収穫して食卓に並べたところもあるという。

だから心配になるのは分かる。でも、問い合わせ先の選択が分からない。
問い合わせ先となったこの人、自分で考えたり調べたり、という習慣がほとんどない。分からないことは私に聞けばたちどころに解答が得られると信じる脳天気な方である。
そりゃあ、たいていのことには答えられると思うが、私が答えを知らないことだってある。私は生きる百科事典ではないのであるから当然のことだ。
が、その当然のことが、どうやら妻女殿の脳裏に浮かぶことはないらしい。

「お父さん、エアコンから水が漏れてきたんだけど」

「お父さん、浴室の電気がひとつつかないんだけど」

「お父さん、………」

信じ込むのは勝手だが、信じられる身にもなって欲しい。一通り常識はわきまえた上で日々勉強は重ねているつもりだが、人が一生かかって身につけられる知識なんて、たいしたことはないのである。だから、自分の知らないことを

「あいつなら知ってるはずだ」

と頼りにできる知人を持つのが重要なのだ。それを人的ネットワークという。必要なのはネットワークであって、生きる百科事典ではない。生きる百科事典なんて何処にも存在しないのである。

で、今朝の問いかけにも、私は答えを持ち合わせていなかった。持ち合わせていない知識は、ネットワークで引っ張り出すしかない。幸い、畑仕事が大好きな知人が、ここ桐生にはいる。

「はあ、そうなんですか。普通は放っておいても実をつける紋ですけどねえ。ええ、どちらも自家受粉だから、受精しなかったということはないだろうし、特にトマトは花も咲かないわけだから受粉は関係ないし、ね」

室外に出して日光にも当ててるっていうし、水もやってるそうなんです。何が疑わしいですかね?

「よくわかりませんが、肥料しかないんじゃないかなあ。ええ、リン酸系の肥料を与えてみてください。多分、それでうまくいくと思うんですが」

という知識は夕刻、次女に伝えた。
伝えたが、さて、瑛汰の成長にそれだけでいいのか? 入浴し、食卓に着くころになって妙に気になり始めた。気になったら行動を起こすにしくはない。

「瑛汰!」

「ボス!」

というのは、Facetimeで動画付き会話をするときの最初の挨拶である。

「ボース!」

と璃子も加わった。

「ね、ね、これ見てぇ」

璃子は何かを見せたいらしいが、本日の会話の相手は瑛汰である。

「瑛汰。失敗は成功の母、っての、知ってるか?」

「えっ、何それ? 知らないよ」

「あのね、瑛汰。トマトとインゲン豆がうまく育たなかったって?」

「うん、そうなんだよ。友だちのところでは実がついて食べちゃったんだって」

「つまり、瑛汰は失敗したわけだ」

「うん」

「失敗したら、瑛汰、どうする?」

「うーん。……。考える。どうして失敗したのかなって」

「そうだろ。失敗すれば失敗の原因を考える。考えるだけじゃなくて、調べたり、人に聞いたりする。そうだよな?」

「そうだね」

「でも、成功して、瑛汰もトマトやインゲン豆を食べちゃったらどうだったかな。先生に言われたとおりにしたら、ちゃんと実がなって食べた。これだと、考えることもないよな」

「……」

「つまり、失敗した人は、何故失敗したのかを知りたくて沢山勉強する。でも、成功しちゃうとあまり考えない。そうすると、失敗した人はどんどん頭がよくなって、成功した人はあまり賢くならないよな」

「うん」

「だからな、本当に大きな成功をする人は、その成功をするまでに沢山失敗する。沢山失敗するところから、みんながびっくりするような成功が生まれる、っていうのが、失敗は成功の母、てことの意味なんだ。成功とは沢山の失敗から生まれるものだ、ってことだ。だから、トマトやインゲンがうまく育たなかったからってがっかりすることはない。おかげで瑛汰はもっと賢くなるんだから」

「分かった」

ほんとに分かったのかどうかは分からないが、少なくとも、自分だけうまくいかなかったというコンプレックスからは逃れることができたのではないか?
そのためのFacetimeであった。


それはともかくとして、暑かった。
昨日までは

「夏も終わったのか?」

というような気候が続いていたのに、

「何をおっしゃる、旦那さん」

といわんばかりに、盛夏が戻ってきた。
私、昨日まで夏休み。今日が休み明けの初日であった。

休み中の過ごしやすさから一転しての酷暑。まるで、熱さ嫌いの私への嫌がらせである。
俺、そんなに人の恨みを買う記憶はないが……。
ん? よくよく考えれば、あいつと、あいつと、あいつと、あいつは、ひょっとしたら俺を恨んでる? かもしれないなあ。ま、この暑さもしょうがないか。