2015
10.22

2015年10月22日 品格

らかす日誌

横浜市で、傾いたマンションがあった。調べると、基礎となるべきクイの工事に手抜きがあった。
このところ、毎日のように報じられるニュースである。

ははあ、そのような事もあるか、と理解できるのは、横浜市の我が家を作るとき、コンクリートの基礎にするか、それともクイを打つかで設計事務所と話し合ったためである。

その話によると、住宅の基礎とは、上に立つ住宅の重量と同じ重量の土砂を掘り出し、そこに鉄筋コンクリートで基礎を築く。

「何で、そんなに大量の土砂を取り去るの?」

私の問いに専門家は答えた。

「地面というのは、いまの状態で安定しているのです。その上に住宅を建てると、これまで安定していた地盤が住宅の重さで沈みます。その場所だけが沈むのなら対応策もとれるが、土地の一部が沈むと、その影響は他の部分にも出るかも知れない。だから、例えばこれから建てる住宅の重さが30トンだとすると、まず30トンの土砂を取り去って、その代わりに30トンの住宅をその上に乗せる。そうすると地面の安定が保てるのです」

いやあ、驚いた。なるほど、そのような計算の上で住宅とは建築されているものであるか。横浜の我が家は、関東大震災が必ず来るという前提で、だからビル建築に使うような重量鉄骨を使い、壁は軽量発泡コンクリートとした。それでも総重量は30トン。その分の土砂を掘り出すため、深さ1.8mの穴を掘り、その穴の中に鉄筋コンクリートで四角形の基礎を作る。重量鉄骨は、その鉄筋コンクリートの基礎にがっちり取り付けられる。

「と計画したんですが」

設計事務所の専門家は言葉を継いだ。

「1.5m掘り下げたところで、予想しなかった伏流水が出ました。あと30㎝掘り下げればもっと水が出ます。中が空洞の鉄筋コンクリートの基礎を作ると、長年のうちに、その基礎の中に水が染み込み、結果として地下から湿気が上がってくる住宅になりかねません」

いや、困る。それは困る。湿気の強い住宅では屋内にカビがはびこるだけでなく、住んでいる人間が病気になりかねない。つまり、私と私の家族が病のデパートになる。関東大震災はしのげたとしても、病気で伏せってしまっては元も子もない。何とかしろ!

「はい、だからクイを打ってはいかがかと」

クイ?

「地面を掘り下げていくと、いつかは固い岩盤にぶつかります。地表にある土と違い、この岩盤ならどんなに重い住宅が乗ってもビクともしない。だから、この岩盤に届くクイを打つのです。それで住宅を支えます」

なるほど。で、何本ぐらい打つの? コストは?

「それが、その……。結構高くつきまして、おおむねこれほどかと……」

ゴメン、そんな金はない。鉄筋コンクリートの基礎でやって。で、地下の湿気が家の中に入らないように十分な対策をしてちょうだい。湿気故の病気? その時考えるわ。


ま、そんな過去があるものだから、マンションのクイの手抜き工事も、けっこう興味を持ちつつ聞いている。うん、聞いているというのはテレビニュースのことで、新聞をこまめに読むまでの関心はないということだ。

それはそれとして。
傾いてしまったマンションにお住まいの方は驚かれたと思う。人間とはかなり正確なセンサーであって、コンマ以下の傾きも、何となくの違和感として感じ取ってしまうものなのだ。しかし、大手不動産が販売したのだから、

「ひょっとしたら、俺の勘違い?」

と自分を抑えていらっしゃった方も多いのではないか。
だから、クイの工事に手抜き、工事データの偽装があって、マンションは傾くべくして傾いたのだと分かったときの驚きと怒りのほどはよくわかる。
人間、まっとうな怒りはまっとうに表現するべきである。

ただ、人間社会は一つ色ではない。中には

「お前、下品だなあ」

と罵倒したくなる方も、傾いたマンションにはお住まいだったようだ。そのような品性のない方がいらっしゃると知ったのは、こんなコメントがあったからだ。

「資産価値が下がるではないか」

おいおい、自分が住むマンションの基礎工事に手抜きがあったと知って、最初に思い浮かんだのが

資産価値

かよ。
マンションとは、まず自分と家族の住居である。安全の場であり、憩いの場であり、明日へのエネルギーを蓄える場である。金銭に換算して、上がった、下がったと一喜一憂するモノではない。
自分の受けた被害を、何の疑いもなく金に換算するその価値観。ひょっとしたら、あんたの頭の中ではすべてのものが金銭価値で振り分けされていて、

「俺の女房は、結婚した頃は美人でスタイルもよく、だから1億円出しても惜しくないと思った。結婚できて幸せで、だからご褒美に500万円でベンツを買ったし、このマンションだって5000万円も払った。俺の年でベンツとマンション。ちょいとしたもんだろ? 息子は早稲田に進んだから、生涯賃金4億円は固い。娘は年収1000万円を超える一部上場企業のヤツと結婚させてやる。世の中、金で買えないものはないんだよ。ん? 1億円の女房? 歳月人を待たずというが、女房は歳月より遥かに速く走っちゃって、いまやどう見ても単なるばばあだよ。金銭価値? 1000万円出してもいいから、どこかに引き取り手はないかね」

そんなことばっかり考えているんじゃないの?
このような人を、品性下劣な人という。
いや、ひょっとしたらこの人は、他にも色々話したのかも知れない。その中から、品性下劣なNHKの記者が、

「これが庶民の怒りだよ。事件の本質を一番よく表すコメントだよ」

と抜き出したのが、

「資産価値が下がるではないか」

だったのかも知れぬ。
世の中とは、品性下劣な奴らが数多く棲息している場所である。


私がそのマンションの住民だったらどうだったか。
まず考えたのは、

「これからどうすればいいか?」

だったはずだ。
私はこのマンションを買った。買ったあとで手抜き工事が知らされ、ためにマンションが傾いていることを知った。傾いたままでは住居として不適である。とはいえ、すでに傾いたマンションを正常に戻す手立てはあるまい。であれば、起きたことに憤りをぶつけるより、これからどうするかにすべての力を注ぎ込むべきである。

相手は、流石に一流不動産会社であり、有名ゼネコンである。できる手はすべて打って、住民にまっとうな住居を用意するという。マンションの建て替えである。すでに傾いてしまったマンションの地下を掘り進んで長さの足りないクイを先に延ばす工事は不可能であろう。とすれば、立て替えしか手がないのは客観的事実である。

問題は、誰の費用で立て替えるかだ。
これも、原因を作った会社がすべて費用を持つという。しかも、立て替え期間中の住居費用、引っ越し費用まで面倒を見るというのだから、これ以上の条件はない。

そこまで知ったら、私は

「ありがとう」

と頭を下げる。
彼らは、手抜き工事で失った信頼を何とか取り戻さねばこれから先の事業活動ができない。だから、金に糸目をつけず、最上の条件を出して許しを請うているのである。

「いいよ。その条件でやってくれ」

ニッコリ笑って判を押す。
押しながら、

「儲かった!」

とほくそ笑むかも知れない。だって、一度引き渡しを受けて住まい始め、ということは否が応でも「中古」になってしまったマンションが、手抜き工事のおかげでまっさらの新品になって還ってくるのだ。そろばんをはじけば、入居者の得であるという結果が出るのは見えているではないか。

それなのに、

「身動きができない年寄りがいる。引っ越しなど無理だ」

という人がいるらしい。
だったらどうするの? 傾いたマンションに住み続けるってか? いくら動けない年寄りだって、担架に乗せて運ぶことはできるだろ?

「子どもの学区が変わって、新しい小学校に通わせるのは可愛そうだ」

という声もあると聞く。
おいおい、あんたの旦那は転勤したことはないのか? 子どもが転校生になったことはないのか? 甘えるんじゃないよ!

私の目から見ると、不良社員が引き起こした重大事態を受けて、会社側はよくやっている。これ以上はないだろうという手厚い対応だと思う。
とすると、会社が下手に出れば出るほど、住民がつけあがる? 菓子折の底に1万円の束を敷き詰めて挨拶に来いってか?

そうは思いたくない。メディアに巣くう品性下劣な奴らが、品性正しい住民の方々の片言隻句を針小棒大に取り上げて住民のイメージを「品性下劣」に引き下げている、というのが真相ではないか?

最近の私は、何となくメディア不信である。
あ、最近ではない。ずいぶん長い間メディア不信である。そして、メディアは日を追って劣化しているように思う私である。