2020
08.19

コロンブスをぶっ潰せ!

らかす日誌

アメリカでいま、コロンブス像の破壊が相次いでいる。黒人男性が警察官に虐殺された事件が、人種の坩堝であるアメリカで民族意識を呼び起こした。批判の矛先はいまある人種差別からさらに広がり、歴史を遡った。かつてはアメリカ大陸を発見した冒険者、英雄と称され、だから像まで造られたコロンブスの評価が、先住民族を虐殺し、植民地化への道を開いた歴史的犯罪者へと大きく変わったのである。

私が高校生の時に学んだ(学ばされた?)世界史では、コロンブスの評価は英雄一点張りであった。
地球は平らだと信じられていた時代に、地球は丸いと主張して譲らぬ先見の明があった。だから、東に進んでインドに行くより、西回りで向かった方が早く着くと、西に向かって船に帆を上げた。
確かに地球は丸かったが、アメリカ大陸の存在がヨーロッパには知られていなかったため、たどり着いた西インド諸島をインドと思い込み、アメリカ大陸の発見者となった。その間違いがもとで、アメリカの先住民族はインディアン(インドの人)と呼ばれるようになった。
教科書に確か太字で書かれたコロンブスはそのような存在であった。1492年が、彼がアメリカを見つけた年である。

まあ、ヨーロッパ人として最初にアメリカ大陸に至ったのは、実はコロンブスではなかったとか、コロンブスが見つけたのはインドではなく、新大陸であると主張したアメリゴ・ヴェスプッチの名がアメリカの名前のもとであるとか、そのような知識は後で身につけたが、それにしても、である。
コロンブスがアメリカ大陸を発見したと学ばされたとき、私はなぜ

「おかしい」

と疑問を抱かなかったのだろう? だって、もう高校生である。アメリカには、白人が入植する前に「インディアン」と呼ばれる人たちがずっと前から住んでいたことは、西部劇を通じて常識としてわきまえていたはずだ。すでに人が住んでいるところに到着したからといって、それを「発見」というか? 単に遅れてきただけではないか?

私の世代が教えられた世界史は、ヨーロッパ中心、白人中心の史観に塗り固められた世界史であった。当時教科書を書いていた学者さんたちも、日本人、アジア人でありながら、そんなヨーロッパ・ローカルの史観を後生大事に抱いておられ、それを当時の若者である私たちに伝えようと筆を執られたのである。
専門家、学者といえども、その程度のものであるとわきまえておかなければ、我々はいつになっても偏見の虜になる。

アメリカの先住民族は、インディアンと呼び習わされた先住民族であること、新大陸を発見したと浮かれ騒いで先住民を殺し、略奪し尽くしたのは遅れてやってきたヨーロッパの連中であることは、多分、アメリカで少し知識のある人々なら常識であろう。ましてや、圧迫を受ける側であった先住民の子孫たちにとっては忘れようにも忘れられない歴史であろう。その鬱屈が一挙に噴き出した。それがコロンブス像の破壊である。

アメリカでのコロンブス像破壊をそんな思いで眺めていたら、たまたま面白い本を読み始めた。

銀河の時代 宇宙博物誌」(ティモシー・フェリス著、工作舎)

である。人類は宇宙をどのように認識してきたのか、の歴史を書き継いだこの本の中に、クリストファー・コロンブスが登場したのである。
著者はまず、コロンブスの人物像をこう書く。

・海図と航海設備がこれまでになく改良された時代に推測航法で航海する人

・海での暴力が国の専売へとどんどん変わりつつある時代のかつての海賊

・ますます専門家が増えている時代のアマチュア学者のようなもの

つまり、偏見に凝り固まった暴力主義者というところか。これだけでも、コロンブスがいかなる人物かが彷彿としてくる。

コロンブスが東へ行くことに執着したのは富と栄光を追い求めたからだという。まあ、あの時代、探検家と呼ばれた人の動機はそんなものだろう。インドには間違いなく金のなる木が生えていた時代なのだ。
問題は、なぜ東か、である。彼が東に固執したのは、彼が自分の好みにあう事実を書き連ねた本しか読まず、最新の地理学の成果には見向きもしなかった結果、東回りでインドに至る距離を間違ったためである。コロンブスが産出した距離、3550航海マイル(1航海マイル=1852m)。実際の距離の3分の1以下だったと著者はいう。これほど短ければ西回りに比べてはるかに速くインドに着ける。だが、実際の距離はその3倍以上あったのだから、本当にインドにたどり着いていたとしたら、食料も水も耐えていたはずで

「もし(ヨーロッパとインドの)あいだにアメリカ大陸がなかければ、彼はまちがいなく彼ら(乗組員)を死に追いやったことだろう」

著者は容赦判断を下している。

航海後、実際の地球の大きさに関する証拠が集まり、コロンブスの無謀さが明らかになってくると、コロンブスは

(たぶん世界は)いわれているような球ではなく、洋梨のような形をしているのだろう」

と書いたそうだ。つまり、彼が航海した地球の北の部分は小さくなっている、と弁解したのである。恥知らずというか、無知というか。
こんな男がヨーロッパをアメリカと繋いだ歴史を面白いと見るか、とんでもないことだと断罪するか。

著者によると、高齢になると彼の狂気は増した。「アメリカ大陸発見」の旅では、先住民を殺したり、奴隷としてヨーロッパに送ったりしたコロンブスは、殺すことに慣れてしまったのか、船尾の手すりに絞首台を据え付け、彼に抵抗する者を吊したのだそうだ。
そして、一攫千金を夢見たにもかかわらず、貧困のうちに死んだのだそうだ。

たまたま読んでいた本が、時宜にかなった歴史を取り上げていたのでご紹介した次第である。